空気が描き出す一本の道―胸部エックス線で「見えるもの」と「見えないもの」
第113回医師国家試験 F問題 第9問
国試問題にチャレンジ
健常成人の胸部エックス線写真正面像で同定できるのはどれか。
- a.胸腺
- b.大動脈弁
- c.心室中隔
- d.気管分岐部
- e.肺門リンパ節
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
単純エックス線写真は組織によるエックス線吸収の差を濃淡として描くため、構造物の輪郭が見えるのは吸収率の異なるもの同士が接している場合に限られます。気管と主気管支は内腔の空気が周囲の縦隔軟部組織とコントラストをつくるため、健常成人でも気管分岐部をおおむね第4〜6胸椎の高さで同定できます。一方、大動脈弁や心室中隔は心筋・血液と同じ濃度で心陰影に埋もれ、成人の胸腺は退縮して脂肪化し、正常大の肺門リンパ節は肺血管の陰影と区別できません。分岐角の開大は左房拡大や分岐部リンパ節腫大のサインとなり、境界消失の原理はシルエットサインにも応用されます。「なぜ見えるか」を原理から理解することは、正常像の把握と異常所見の読影の両方の土台になります。
解答・解説
正解はdです
単純エックス線写真は、組織によるエックス線の吸収(減衰)の程度の差を濃淡として写し出す検査である。吸収の大きさは大まかに「骨(カルシウム)>軟部組織・水(血液を含む)>脂肪>空気」の順で、写真上は骨が最も白く、空気が最も黒く写る。重要なのは、心筋・血液・リンパ節・胸腺などの軟部組織や液体は互いに吸収率がほぼ等しく、隣り合っても境界が写らないことである。ある構造物の輪郭が見えるのは、吸収率の異なるもの(典型的には空気を含む肺や気道)と接している場合に限られる。 この原理から選択肢を考えると、心臓の内部構造(弁や中隔)は周囲の心筋や血液と同じ濃度であるため心陰影に埋もれて見えない。成人の胸腺は退縮して脂肪に置き換わっており、正常な大きさの肺門リンパ節も肺血管などの陰影と重なって区別できない。一方、気管と左右の主気管支は内部に空気を含み、周囲の縦隔軟部組織とのコントラストによって縦隔陰影の中に黒い帯状の透亮像として見える。したがって、気管が左右に分かれる気管分岐部は健常成人の正面像で同定できる。
選択肢考察
- ×a. 胸腺
胸腺は前縦隔にあるT細胞の分化・成熟に関わるリンパ器官で、乳幼児期には相対的に大きく、胸部エックス線写真で縦隔陰影の拡大として見えることがある(右側の胸腺が帆のような三角形に張り出して見える sail sign が知られる)。思春期以降は退縮が進み、成人では大部分が脂肪組織に置き換わるため、健常成人の単純写真で胸腺を同定することはできない。成人で前縦隔に陰影がみられる場合は胸腺腫などの腫瘍性病変を考える。
- ×b. 大動脈弁
大動脈弁は左心室と上行大動脈の間にある弁で、心陰影の内部に位置する。弁自体も周囲の心筋・血液もエックス線の吸収率がほぼ同じであるため、健常者の単純写真では区別して写らない。高度の石灰化を伴う大動脈弁狭窄症や人工弁置換後などでは、石灰化や弁の金属部分が見えることがあるが、それは病的・人工的な場合であり健常成人では同定できない。
- ×c. 心室中隔
心室中隔は左右の心室を隔てる心臓内部の筋性・膜性の壁であり、両側を血液で満たされた心室に挟まれている。中隔と血液の吸収率に差がないため、単純写真では心陰影の中に埋没して識別できない。心室中隔の厚さや欠損の評価には心エコー、CT、MRIなどが用いられる。
- ○d. 気管分岐部
気管は内腔に空気を含むため、正面像では頸部から胸部の正中に、椎体と重なる縦長の黒い帯(透亮像)として見える。これをたどると、おおむね第4〜6胸椎の高さで左右の主気管支に分かれる部位が確認でき、ここが気管分岐部である。空気が周囲の縦隔軟部組織との間に十分なコントラストを生むため、健常成人でも同定できる。分岐角(左右主気管支のなす角)は正常で概ね60〜75°程度とされ、左房拡大や分岐部リンパ節腫大で開大することがある。
- ×e. 肺門リンパ節
肺門の陰影は主に肺動脈・肺静脈によって形成され、これに気管支や結合組織、リンパ節が加わる。正常大の肺門リンパ節は小さく、周囲の血管と吸収率も同じであるため、健常者の単純写真で単独に同定することはできない。サルコイドーシスによる両側肺門リンパ節腫脹〈BHL〉や肺癌のリンパ節転移などで腫大したり、陳旧性結核などで石灰化(卵殻状石灰化を含む)を来したりした場合に、初めて陰影として認識される。
単純エックス線写真の濃度
・空気(黒)<脂肪<軟部組織・水<骨・石灰化・金属(白) ・同じ濃度のものが接すると境界は消え、異なる濃度のものが接すると境界が見える。この原理を利用したのがシルエットサインで、心臓や横隔膜に接する肺に浸潤影などの水濃度病変が生じると、その部分の輪郭が消失する。 ・造影剤の分類では、エックス線を強く吸収するもの(ヨード、バリウムなど)を陽性造影剤、吸収が小さく黒く写るもの(空気、炭酸ガスなど)を陰性造影剤という。気道内の空気は、いわば生体内の陰性造影剤として気管・気管支を浮かび上がらせる。
健常成人の胸部エックス線正面像で確認できる主な構造
・中央陰影(縦隔・心大血管): 右縁は上から右第1弓(上大静脈・上行大動脈)、右第2弓(右房)。左縁は上から左第1弓(大動脈弓)、左第2弓(肺動脈)、左第3弓(左心耳)、左第4弓(左室)。 ・気管・気管分岐部・主気管支(透亮像) ・肺門陰影(主に肺動静脈) ・肺野: 肺血管の分枝による肺紋理、葉間裂(右の小葉間裂が見えることがある) ・横隔膜、肋骨横隔膜角、肋骨・鎖骨・肩甲骨・胸椎などの骨格
見えないもの
心臓の内部構造(弁、中隔、心腔の境界)、成人の胸腺、正常大のリンパ節、食道(空気や造影剤がなければ見えない)など。
POINT
・単純写真で輪郭が見えるのは、吸収率の異なるもの同士が接するとき ・気管・気管分岐部は内腔の空気による透亮像として健常成人でも同定できる(おおむね第4〜6胸椎の高さ) ・心臓の弁・中隔は心陰影に埋もれて見えない ・胸腺は小児では見えることがある(sail sign)が、成人では退縮して見えない ・肺門リンパ節は腫大や石灰化があって初めて認識される ・心陰影の右2弓・左4弓の構成を押さえる
