母乳をやめるならドパミンを足す―プロラクチン調節で解く乳汁分泌抑制薬
第113回医師国家試験 F問題 第50問
国試問題にチャレンジ
28歳の初産婦(1妊0産)。妊娠38週4日に自然陣痛発来後,順調に経過し,経腟分娩となった。分娩経過に異常は認めず,分娩後の出血量も少量で子宮収縮は良好である。児は3,240gの男児で新生児経過に異常はない。既往歴に統合失調症があり,24歳から複数の抗精神病薬を内服している。そのため,児への母乳栄養は希望していない。 乳汁分泌抑制のために投与する薬剤として正しいのはどれか。
- a.スルピリド
- b.ニフェジピン
- c.ブロモクリプチン
- d.メトクロプラミド
- e.メチルエルゴメトリン
対話形式の解説
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ドクターまとめ
プロラクチンは視床下部からのドパミンによって持続的に抑制されているため、産褥期の乳汁分泌を抑えるにはブロモクリプチンやカベルゴリンなどのドパミン作動薬を用います。一方、スルピリドやメトクロプラミド、多くの抗精神病薬はD2受容体遮断によりプロラクチンを上昇させ、乳汁分泌を促進するため不適切です。メチルエルゴメトリンは同じ麦角アルカロイドでも子宮収縮薬であり、ニフェジピンは降圧薬でプロラクチン抑制作用はありません。抗精神病薬内服中の女性にドパミン作動薬を使う場合は作用が拮抗し精神症状が悪化しうるため精神科との連携が欠かせず、産褥期の血圧上昇などの副作用にも注意が必要です。「ドパミンはプロラクチンのブレーキ」という一つの原理を押さえれば、薬剤性高プロラクチン血症からプロラクチノーマの治療まで、幅広い場面に応用できます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・28歳、初産婦。妊娠38週4日に自然陣痛で経腟分娩。分娩経過・産後出血・子宮収縮のいずれも良好で、児にも異常はない。 ・統合失調症の既往があり、24歳から複数の抗精神病薬を内服している。そのため母乳栄養は希望していない。
考え方
分娩後、胎盤の娩出によってエストロゲンとプロゲステロンが急速に低下すると、それまで抑えられていたプロラクチンの乳汁産生作用が発揮され、乳汁分泌が始まる。母乳を与えない場合、乳房の緊満・疼痛や乳腺炎の原因となるため、必要に応じて薬物で乳汁分泌を抑制する。 プロラクチンの分泌は、視床下部から下垂体前葉に届くドパミンによって常に抑制されている(ドパミンはプロラクチン抑制因子として働く)。したがって、乳汁分泌を抑えるにはドパミン受容体(D2受容体)を刺激する薬、すなわちドパミン作動薬を用いる。逆に、ドパミン受容体を遮断する薬はプロラクチンを上昇させ、乳汁分泌を促進する方向に働く。 本問では選択肢の中からドパミン作動薬を選べばよい。なお、本例が内服している抗精神病薬の多くはD2受容体遮断作用をもち、それ自体がプロラクチンを上昇させるうえ、ドパミン作動薬とは作用が拮抗する(互いの効果を弱め、ドパミン作動薬が精神症状を悪化させる可能性もある)。投与に際しては精神科医と連携し、精神症状の変化に注意する必要がある。
選択肢考察
- ×a. スルピリド
ベンズアミド系のD2受容体遮断薬で、統合失調症、うつ病、胃・十二指腸潰瘍などに用いられる。下垂体のD2受容体を遮断してプロラクチン分泌を強く促進するため、薬剤性高プロラクチン血症(乳汁漏出、無月経)の代表的な原因薬である。乳汁分泌を抑えるどころか増やしてしまう。
- ×b. ニフェジピン
ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬で、降圧薬として用いられ、妊娠高血圧症候群の降圧にも使用される。プロラクチン分泌を抑える作用はなく、乳汁分泌抑制には用いない。なお、まれな副作用として女性化乳房の報告がある。
- ○c. ブロモクリプチン
麦角アルカロイド由来のドパミン作動薬で、下垂体前葉のD2受容体を刺激してプロラクチン分泌を抑制する。これにより産褥期の乳汁分泌を抑えることができる。高プロラクチン血症による無月経・乳汁漏出、プロラクチン産生下垂体腺腫(プロラクチノーマ)、先端巨大症、Parkinson病などにも用いられる。副作用に悪心・嘔吐、起立性低血圧がある。また産褥期の投与では、まれに血圧上昇、脳血管障害、痙攣などが報告されており、妊娠高血圧症候群や産褥期高血圧のある女性には用いない。本例では抗精神病薬と作用が拮抗するため、精神症状の悪化にも注意して投与する。
- ×d. メトクロプラミド
D2受容体遮断作用をもつ制吐薬・消化管運動促進薬である。下垂体のD2受容体も遮断するためプロラクチンが上昇し、乳汁分泌を促進する。かつては母乳分泌を増やす目的で用いられたこともある。また錐体外路症状(急性ジストニアなど)を起こしうる点でも抗精神病薬と共通する。
- ×e. メチルエルゴメトリン
麦角アルカロイド系の子宮収縮薬で、分娩後の子宮収縮不良(弛緩出血)や子宮復古不全に用いる。プロラクチン分泌を抑える目的では使用しない。本例は子宮収縮良好で出血も少なく、投与の必要はない。高血圧などでは血管収縮作用による血圧上昇に注意が必要である。
プロラクチンの分泌調節
・プロラクチンは下垂体前葉のプロラクチン産生細胞から分泌され、乳腺での乳汁産生を促す。 ・分泌は主に視床下部からのドパミンによる持続的な抑制で調節される。そのため、下垂体茎の障害でドパミンが届かなくなると、プロラクチンは上昇する。 ・促進因子:TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン。原発性甲状腺機能低下症で高プロラクチン血症を起こす理由)、エストロゲン、吸啜刺激、ストレスなど。
妊娠・産褥期の乳汁分泌
妊娠中はプロラクチンが上昇しているが、胎盤由来の高濃度のエストロゲン・プロゲステロンが乳腺でのプロラクチン作用を抑えるため、乳汁はほとんど分泌されない。分娩で胎盤が娩出されると、この抑制が外れて乳汁分泌が始まる。乳汁の産生にはプロラクチン、乳管からの射出(射乳)にはオキシトシンが働く。
薬剤とプロラクチン
・プロラクチンを下げる薬(ドパミン作動薬):ブロモクリプチン、カベルゴリン、テルグリドなど。カベルゴリンは作用時間が長く、乳汁分泌抑制では単回投与で済むため、現在の臨床でもよく用いられる。プロラクチノーマの薬物治療ではカベルゴリンが第一選択である。 ・プロラクチンを上げる薬(ドパミン受容体遮断作用など):スルピリド、ハロペリドール、リスペリドンなどの抗精神病薬、メトクロプラミド・ドンペリドンなどの制吐薬、三環系抗うつ薬、レセルピン、エストロゲン製剤、H2受容体拮抗薬(シメチジン)など。これらは薬剤性高プロラクチン血症(乳汁漏出・無月経・不妊)の原因となる。
母乳栄養と内服薬
母親が内服中であることが直ちに授乳禁止の理由になるわけではなく、多くの薬剤は授乳と両立できる。授乳の可否は薬剤ごとの母乳移行性や児への影響を評価したうえで、本人の希望も踏まえて決める。本例では、本人が母乳栄養を希望していないことから乳汁分泌抑制を行う。
POINT
・プロラクチンはドパミンにより抑制されている。 ・乳汁分泌抑制にはドパミン作動薬(ブロモクリプチン、カベルゴリン)を用いる。 ・D2受容体遮断薬(スルピリド、メトクロプラミド、多くの抗精神病薬)はプロラクチンを上げ、乳汁分泌を促進する。 ・メチルエルゴメトリンは同じ麦角アルカロイドだが子宮収縮薬であり、乳汁分泌抑制には用いない。 ・抗精神病薬内服中の女性にドパミン作動薬を使う場合、作用が拮抗し精神症状が悪化しうる点に注意する。
