StudyMed医師国家試験

「食べれば戻る」わけではない―癌悪液質の正体は腫瘍が仕掛ける代謝異常

第113回医師国家試験 F問題 第14問

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第113回 F問題 第14問

癌悪液質について誤っているのはどれか。

  1. a.慢性炎症が関連する。
  2. b.抗癌化学療法によって惹起される。
  3. c.がん細胞のエネルギー代謝が関連する。
  4. d.3大症候は倦怠感,食欲不振,体重減少である。
  5. e.前悪液質,悪液質,不可逆的悪液質の3段階がある。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は癌悪液質の定義、病態、症候、病期分類を問う問題で、「誤っているもの」を選ぶ形式だ。ポイントは、悪液質が何によって引き起こされるのか、つまり原因をどこに置くかを正しく理解しているかどうか。まず、癌悪液質と聞いてどんなイメージをもつかな。
医学生医学生
進行がんの患者さんがどんどん痩せていく状態、というイメージです。食べられなくなるから痩せる、ということでしょうか。
ドクタードクター
多くの人がそう考えるけれど、実はそこが一番大事な誤解なんだ。国際的な合意では、癌悪液質は「通常の栄養サポートでは十分に回復させることができず、進行性の機能障害をもたらす、骨格筋量の持続的な減少を特徴とする多因子性の症候群」と定義されている。単なる食事不足による飢餓とは違うんだよ。
医学生医学生
栄養を足しても戻らない、というのが飢餓との違いなんですね。
ドクタードクター
その通り。飢餓ではまず脂肪が使われて筋肉は比較的保たれるけれど、悪液質では早い段階から骨格筋が失われる。その本態は、腫瘍そのものと、腫瘍に対する宿主の反応が引き起こす代謝異常なんだ。では、慢性炎症が関連するという記述はどうだろう。
医学生医学生
免疫学の講義でIL-6やTNF-αが悪液質に関わると習ったので、正しいと思います。
ドクタードクター
正しい記述だね。腫瘍に対する宿主の反応として全身性の慢性炎症が続き、IL-6、TNF-α、IL-1などの炎症性サイトカインが過剰に産生される。これらは視床下部に作用して食欲を落とし、骨格筋ではユビキチン‐プロテアソーム系などを介した蛋白分解を、脂肪組織では脂肪分解を進める。肝臓ではCRPが上がってアルブミンが下がり、CRP上昇は予後不良の指標にもなるよ。
医学生医学生
がん細胞のエネルギー代謝というのは、Warburg効果のことでしょうか。生化学で出てきました。
ドクタードクター
よく結びつけたね。がん細胞は酸素が十分あっても効率の悪い嫌気的解糖に頼り、大量の乳酸を出す。その乳酸を肝臓がCori回路でグルコースに作り直すときにエネルギーを消費するので、宿主のエネルギー消費が増えてしまう。さらに蛋白分解誘導因子や脂肪動員因子といった腫瘍由来の因子も筋肉や脂肪の分解を促す。だからこの記述も正しい。
医学生医学生
3大症候が倦怠感、食欲不振、体重減少というのも、腫瘍内科の実習で見た患者さんの様子そのままです。
ドクタードクター
これも正しい記述だ。体重減少は骨格筋量の減少が主体で、脂肪の減少も伴うことが多い。筋力が落ちてPS、つまり全身状態が悪化し、QOLの低下、化学療法の毒性増強や効果減弱、生存期間の短縮につながる。貧血や浮腫、低アルブミン血症を伴うこともあるよ。
医学生医学生
3段階の病期分類もありましたよね。前悪液質、悪液質、不可逆的悪液質だったと思います。
ドクタードクター
正しい。前悪液質は体重減少が5%以下で、食欲不振や代謝異常がみられる段階。悪液質は過去6か月で5%を超える体重減少、あるいはBMI 20未満やサルコペニアがあって2%を超える体重減少がある段階。不可逆的悪液質は抗癌治療に反応せず、PSが低下して予測生存期間が3か月未満となった段階で、栄養療法による改善はもう期待できない。
医学生医学生
ということは、残る抗癌化学療法によって惹起される、が誤りですね。でも、抗がん剤で吐き気が出て食べられなくなり、痩せる患者さんも多い気がするのですが……。
ドクタードクター
その疑問はもっともだ。確かに化学療法の悪心・嘔吐、味覚障害、口内炎、下痢などで食事量が減って、体重や筋肉量が落ちることはある。ただ、それは治療に伴う栄養障害であって、悪液質の本態である腫瘍由来の複合的な代謝異常とは区別される。悪液質を引き起こすのはあくまで腫瘍の存在なんだ。むしろ化学療法が効いて腫瘍量が減れば、悪液質の進行が抑えられることもある。
医学生医学生
化学療法は原因ではないけれど、既にある悪液質を悪化させることはありうる、という理解でいいですか。
ドクタードクター
その理解で十分だ。だから臨床では、化学療法中の栄養状態にも気を配る必要がある。ここで発展知識をまとめよう。前悪液質から悪液質の段階では、栄養療法、運動療法、薬物療法、原疾患の治療を組み合わせた集学的介入を早期から行うことが推奨されている。日本では2021年から、グレリン受容体作動薬のアナモレリンが非小細胞肺癌、胃癌、膵癌、大腸癌の癌悪液質に使えるようになった。
医学生医学生
不可逆的悪液質になったら、栄養はたくさん入れたほうがいいのでしょうか。
ドクタードクター
そこは注意が必要だ。この段階で高カロリー輸液などの積極的な栄養補給を続けると、浮腫や胸腹水、気道分泌物の増加がかえって苦痛になることがある。症状緩和とQOLの維持を優先して、輸液量を控えることも考える。緩和ケアの現場では、病期に応じて栄養の目標を切り替える判断が求められるんだ。
医学生医学生
悪液質はがん以外でも起こるんですか。
ドクタードクター
起こるよ。慢性心不全、COPD、慢性腎臓病、関節リウマチなど、慢性炎症を伴う疾患でもみられる。共通しているのは、炎症と代謝異常が筋肉を削っていくという構図だ。「痩せたら食べさせればいい」ではなく、原因と病期を見極めて介入する、と覚えておこう。

まとめ

癌悪液質は、通常の栄養サポートでは十分に回復しない骨格筋量の持続的減少を特徴とする多因子性の症候群で、単なる飢餓とは区別されます。原因は腫瘍そのものと宿主の反応であり、IL-6・TNF-αなどによる慢性炎症や、Warburg効果に代表されるがん細胞の特異なエネルギー代謝が関わります。抗癌化学療法は副作用による栄養障害を通じて体重減少を悪化させうるものの、悪液質の原因ではありません。主要症候は倦怠感・食欲不振・体重減少で、前悪液質・悪液質・不可逆的悪液質の3段階に分類され、早期からの栄養・運動・薬物(アナモレリンなど)の集学的介入が推奨される一方、不可逆的悪液質では症状緩和とQOLが優先されます。病態と病期を理解することは、がん診療や緩和ケアで適切な栄養管理を判断するための基盤になります。

解答・解説

正解はbです

癌悪液質(がん悪液質、cancer cachexia)の定義・病態・症候・病期分類を問う一般問題で、「誤っているもの」を選ぶ形式である。 癌悪液質は、通常の栄養サポートでは十分に回復させることができず、進行性の機能障害をもたらす、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量の減少の有無は問わない)を特徴とする多因子性の症候群と定義される(2011年の欧州緩和ケア共同研究による国際的な合意)。単なる食事摂取量の不足による飢餓とは異なり、その本態は腫瘍そのものと、腫瘍に対する宿主の反応によって生じる代謝異常にある。具体的には、腫瘍細胞や宿主の免疫細胞から放出される炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α、IL-1など)による全身性の慢性炎症、腫瘍由来の蛋白分解誘導因子・脂肪動員因子、がん細胞自身の特異なエネルギー代謝(嫌気的解糖への依存など)が組み合わさり、食欲低下と筋蛋白・脂肪の分解亢進(異化亢進)が同時に進行する。 したがって、「慢性炎症」「がん細胞のエネルギー代謝」「倦怠感・食欲不振・体重減少」「前悪液質→悪液質→不可逆的悪液質の3段階」はいずれも癌悪液質に関する正しい記述である。一方、抗癌化学療法は悪心・嘔吐や食欲低下を通じて体重減少を悪化させることはあっても、悪液質そのものを引き起こす原因ではない。癌悪液質は腫瘍の存在によって惹起される病態であり、これが誤りの選択肢となる。

選択肢考察

  1. ×a.  慢性炎症が関連する。

    正しい記述であり、本問の正解(誤っているもの)ではない。腫瘍の存在に対する宿主の免疫反応として全身性の慢性炎症が持続し、IL-6、TNF-α、IL-1などの炎症性サイトカインが過剰に産生される。これらは視床下部に作用して食欲を低下させるとともに、骨格筋ではユビキチン‐プロテアソーム系などを介した蛋白分解を、脂肪組織では脂肪分解を促進する。肝臓ではCRPなどの急性期蛋白の産生が増え、アルブミンは低下する。CRP上昇は悪液質の進行や予後不良と関連する指標として用いられる。

  2. ○b.  抗癌化学療法によって惹起される。

    誤った記述であり、これが正解である。癌悪液質は腫瘍そのものと、腫瘍に対する宿主の反応(炎症・代謝異常)によって生じる症候群であり、抗癌化学療法が原因で起こるものではない。化学療法の有害事象(悪心・嘔吐、味覚障害、口内炎、下痢など)によって食事摂取量が減り、体重や筋肉量が減少することはあるが、これは治療に伴う栄養障害であって、悪液質の本態である腫瘍由来の複合的な代謝異常とは区別される。むしろ化学療法が奏効して腫瘍量が減れば、悪液質の進行が抑えられる場合もある。ただし、化学療法による栄養障害が既存の悪液質を増悪させうる点には臨床上注意が必要である。

  3. ×c.  がん細胞のエネルギー代謝が関連する。

    正しい記述であり、本問の正解ではない。がん細胞は酸素が十分にある環境でも、効率の悪い嫌気的解糖によってグルコースから乳酸を大量に産生する性質をもつ(Warburg効果)。生じた乳酸は肝臓でグルコースに再合成される(Cori回路)が、この過程でエネルギーが消費されるため、宿主のエネルギー消費が増大する。また腫瘍由来の因子(蛋白分解誘導因子:PIF、脂肪動員因子:LMFなど)も筋蛋白や脂肪の分解を促す。こうした代謝異常により、摂取したエネルギーや栄養素が宿主の体組織の維持に有効に使われず、蛋白・エネルギーの喪失状態に陥る。

  4. ×d.  3大症候は倦怠感,食欲不振,体重減少である。

    正しい記述であり、本問の正解ではない。癌悪液質の代表的な症候は倦怠感(全身倦怠感・易疲労感)、食欲不振、体重減少である。体重減少は骨格筋量の減少(サルコペニア)を主体とし、脂肪量の減少を伴うことも多い。筋力低下や活動性の低下からPS(performance status、全身状態の指標)が悪化し、QOL(生活の質)の低下、化学療法の毒性増強や効果減弱、生存期間の短縮につながる。このほか貧血、浮腫、低アルブミン血症などを伴う。

  5. ×e.  前悪液質,悪液質,不可逆的悪液質の3段階がある。

    正しい記述であり、本問の正解ではない。国際的な合意に基づく病期分類では、前悪液質(pre-cachexia)、悪液質(cachexia)、不可逆的悪液質(refractory cachexia)の3段階に分けられる。前悪液質は体重減少が5%以下で、食欲不振や代謝異常がみられる段階である。悪液質は過去6か月間で5%を超える体重減少、またはBMI 20未満で2%を超える体重減少、またはサルコペニアがあり2%を超える体重減少のいずれかを満たす段階である。不可逆的悪液質は、がんが進行して抗癌治療に反応せず、異化が著しく亢進してPSが低下し、予測生存期間が3か月未満となった段階で、栄養療法による改善はもはや期待できない。

癌悪液質の病態のまとめ

・腫瘍と宿主の相互作用により、炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α、IL-1、IFN-γなど)と腫瘍由来因子(PIF、LMF)が産生される。 ・中枢(視床下部)への作用で食欲が低下し、末梢では骨格筋の蛋白分解と脂肪分解が亢進、蛋白合成は低下する。インスリン抵抗性も生じる。 ・食事摂取量の不足のみによる飢餓では主に脂肪が先に消費され筋肉は比較的保たれるが、悪液質では早期から骨格筋が失われ、栄養を補給しても回復しにくい点が異なる。

病期ごとの対応

・前悪液質〜悪液質:栄養療法(エネルギー・蛋白質の補給)、運動療法、薬物療法、原疾患の治療を組み合わせた集学的介入が推奨される。早期からの介入が重要である。 ・不可逆的悪液質:積極的な栄養補給(高カロリー輸液など)はかえって浮腫や胸腹水、気道分泌物の増加などの負担となることがあり、症状緩和とQOLの維持を優先し、輸液量を控えることも考慮する。

薬物療法

・グレリン受容体作動薬のアナモレリンが、日本では2021年から非小細胞肺癌、胃癌、膵癌、大腸癌の癌悪液質に対して使用可能となった。食欲を改善し、体重や除脂肪体重を増加させる。 ・副腎皮質ステロイドやプロゲステロン製剤(酢酸メゲストロールなど、日本では悪液質への適応はない)は食欲改善を目的に用いられることがあるが、効果は一時的で副作用に注意が必要である。

関連用語

・サルコペニア:加齢や疾患による骨格筋量の減少と筋力・身体機能の低下。癌悪液質の重要な構成要素である。 ・悪液質はがん以外にも、慢性心不全、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎臓病、関節リウマチなどの慢性炎症性疾患でもみられる。

POINT

・癌悪液質=栄養サポートで十分回復しない骨格筋量減少を特徴とする多因子性症候群 ・原因は腫瘍そのものと宿主の反応(慢性炎症・炎症性サイトカイン・がん細胞の代謝異常)であり、化学療法が原因ではない ・主要症候:倦怠感、食欲不振、体重減少 ・病期:前悪液質→悪液質(6か月で5%超の体重減少など)→不可逆的悪液質(予測生存期間3か月未満) ・治療は早期からの栄養・運動・薬物(アナモレリンなど)の集学的介入

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。