上を向くとぐるぐる回る―迷い込んだ耳石が起こすめまいの正体
第113回医師国家試験 E問題 第35問
国試問題にチャレンジ
62歳の女性。めまいを主訴に来院した。今朝,起床時に突然ぐるぐる回るめまいを自覚した。しばらく横になっていると約2分でめまいは落ち着いた。難聴や耳鳴の自覚はなかった。午後,洗濯物を干そうとして上を向いたところ,再び同様のめまいが出現した。軽度の悪心を伴ったが,安静により約1分で症状は消失した。既往歴と家族歴とに特記すべきことはない。来院時,意識は清明。バイタルサインに異常を認めない。神経診察に異常を認めない。血液所見に異常を認めない。 病変部位はどれか。
- a.蝸牛
- b.半規管
- c.内耳道
- d.内リンパ嚢
- e.前庭皮質野
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
頭位変換で誘発され、1〜2分程度で治まる回転性めまいで、難聴・耳鳴などの蝸牛症状や神経症状を伴わない場合は、良性発作性頭位めまい症(BPPV)を考えます。BPPVは卵形嚢の平衡斑から脱落した耳石が半規管に迷入し、頭を動かすたびに異常な内リンパ流やクプラの偏位を生じることで起こるため、病変部位は半規管で、後半規管型が最多です。蝸牛の障害は難聴・耳鳴を、内リンパ嚢と関連する内リンパ水腫は長時間の発作と蝸牛症状を伴うメニエール病を、内耳道の病変は聴神経腫瘍を想起させ、いずれも本例とは合いません。診断にはDix-Hallpike法やsupine roll testで誘発される眼振を確認し、治療はEpley法などの頭位治療が中心です。めまいを「中枢か末梢か」「持続時間」「蝸牛症状の有無」で整理する考え方は、日常診療で頻度の高いめまいを安全に診る土台になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・62歳の女性。起床時(寝た姿勢から起き上がる・寝返るなど頭の位置が変わる場面)に突然、回転性めまいが起こり、約2分で治まった。 ・午後、上を向いたとき(頭を後ろに反らす動作)に同じめまいが再発し、約1分で消えた。軽い悪心を伴った。 ・難聴・耳鳴といった蝸牛症状(聴覚の症状)はない。 ・意識清明で、神経診察にも異常がない。
診断へのプロセス
①中枢性か末梢性か: めまいを診るとき最初に考えるべきは、脳幹・小脳の梗塞や出血など命に関わる中枢性めまいの除外である。本例は意識清明で、構音障害・複視・四肢の運動失調・感覚障害など神経学的異常がなく、中枢性めまいは考えにくい。 ②めまいの性状: 特定の頭位の変化(起床、上を向く)が引き金となって起こる回転性めまいで、持続は1〜2分程度と短く、じっとしていると自然に治まる。 ③随伴症状: 蝸牛症状を伴わない。 これらの特徴、すなわち「頭位変換で誘発される」「数十秒〜数分で治まる」「難聴・耳鳴を伴わない」「神経症状がない」がそろえば、良性発作性頭位めまい症(BPPV)と診断できる。中高年の女性に多く、起床時や寝返り、洗濯物を干す・棚の上の物を取るといった上を向く動作で起こるのが典型である。
病変部位の考え方
BPPVは、内耳の卵形嚢の平衡斑(耳石器)にある耳石(炭酸カルシウムの結晶)がはがれ落ち、半規管に入り込むことで起こる。頭を動かすと半規管内の耳石が重力で移動して内リンパの流れを生じさせ(あるいは膨大部のクプラに付着した耳石がクプラを傾け)、本来は頭部の回転だけを感知するはずの半規管の感覚細胞が異常に刺激されて回転性めまいと眼振が生じる。したがって病変部位は半規管である。
選択肢考察
- ×a. 蝸牛
蝸牛は音を感知する聴覚の受容器であり、平衡感覚の受容には関わらない。蝸牛が障害されれば難聴や耳鳴が生じるが、本例にはこれらの蝸牛症状がない。めまいに蝸牛症状を伴う疾患としては、メニエール病(めまい発作に難聴・耳鳴・耳閉感を伴い反復する)や突発性難聴(めまいを伴う例がある)、外リンパ瘻などがあり、BPPVとは区別される。
- ○b. 半規管
半規管は頭部の回転(角加速度)を感知する器官で、前・後・外側の3本がある。BPPVでは卵形嚢から脱落した耳石が半規管に迷入し、頭位を変えると耳石が移動して内リンパ流を生じさせる(半規管結石症)か、クプラに付着した耳石がクプラを重力方向に偏位させる(クプラ結石症)。その結果、頭位変換に伴って短時間の回転性めまいと眼振が誘発される。半規管の中では後半規管型が最も多く、次いで外側(水平)半規管型が多い。本例の上を向く動作や起床時に誘発される短時間のめまいは、この病態に一致する。
- ×c. 内耳道
内耳道は側頭骨内を走る管で、顔面神経、蝸牛神経、上・下前庭神経と迷路動脈が通る。ここに生じる代表的な病変は前庭神経から発生する神経鞘腫(聴神経腫瘍)で、一側性の徐々に進行する感音難聴や耳鳴で発症することが多く、増大すると顔面神経・三叉神経の症状や小脳症状を伴う。腫瘍は緩徐に増大するため中枢で代償されやすく、頭位変換で毎回短時間の回転性めまいが誘発されるという経過はとらない。本例は蝸牛症状も伴わず、内耳道病変は考えにくい。
- ×d. 内リンパ嚢
内リンパ嚢は内リンパ管の先端にある袋状の構造で、内リンパの吸収や免疫に関わると考えられている。その機能障害などにより内リンパが過剰に貯留した状態(内リンパ水腫)がメニエール病の病態とされ、内リンパ嚢開放術が手術治療の一つとして行われる。メニエール病のめまいは頭位とは無関係に起こり、10分程度から数時間続き、難聴・耳鳴・耳閉感を伴って反復する。本例の、頭位変換で誘発され1〜2分で治まり蝸牛症状を伴わないめまいとは合わない。
- ×e. 前庭皮質野
前庭皮質野は、前庭器からの情報を受けて自分の身体や頭の位置・運動を認識する大脳皮質の領域であり、頭頂葉から島後部周辺(頭頂島前庭皮質など)に分布するとされる。ここは感覚の認知に関わる部位であり、末梢の前庭器で起きた異常を「めまい」として自覚する場所ではあっても、BPPVの病変そのものではない。大脳皮質の病変で頭位変換により繰り返し誘発される短時間の回転性めまいが起こることはなく、本例は神経診察も正常である。
内耳の構造と働き
・蝸牛: 聴覚の受容器(コルチ器)。 ・前庭(卵形嚢・球形嚢): 耳石器。平衡斑の上に耳石が乗り、直線加速度と重力(頭の傾き)を感知する。 ・半規管(前・後・外側): 互いにほぼ直交する3本の管。膨大部のクプラが内リンパ流で傾くことで頭部の回転を感知する。 ・内リンパ管・内リンパ嚢: 内リンパの吸収などに関わる。
良性発作性頭位めまい症(BPPV)
・末梢性めまいの中で最も頻度が高い。中高年女性に多い。原因不明の特発性が多いが、頭部外傷、長期臥床、内耳疾患後などに続発することもある。 ・病型: 後半規管型が最多、次いで外側半規管型。病態として半規管結石症とクプラ結石症がある。 ・症状: 頭位変換で誘発される回転性めまい。持続は通常1分以内〜数分と短い。蝸牛症状・神経症状を伴わない。 ・眼振の特徴(後半規管型の半規管結石症): Dix-Hallpike法(座位から頭を45度ひねって懸垂頭位へ倒す)で、数秒の潜時の後に回旋性(上眼瞼向き成分を伴う)眼振が出現し、数十秒で減弱・消失する。頭位変換を繰り返すと減弱する(疲労現象)。外側半規管型は仰臥位での左右の頭位変換(supine roll test)で方向交代性の水平性眼振が出る。 ・治療: 耳石を半規管から卵形嚢に戻す頭位治療(後半規管型ではEpley法など)。自然軽快も多い。
めまいの鑑別の要点
・持続時間: 数秒〜数分ならBPPV、数十分〜数時間ならメニエール病、数日続くなら前庭神経炎(蝸牛症状なし)や突発性難聴(難聴あり)。 ・蝸牛症状の有無: 伴えばメニエール病・突発性難聴・外リンパ瘻・聴神経腫瘍など。 ・神経症状(構音障害、複視、運動失調、感覚障害など)があれば、小脳・脳幹の脳血管障害などの中枢性めまいを疑い、早急に画像検査を行う。
POINT
・頭位変換で誘発され、1〜2分以内に治まる回転性めまいで、蝸牛症状・神経症状を欠く場合は良性発作性頭位めまい症(BPPV)を考える。 ・BPPVは卵形嚢から脱落した耳石が半規管に迷入して起こり、病変部位は半規管である(後半規管型が最多)。 ・診断にはDix-Hallpike法(後半規管型)やsupine roll test(外側半規管型)で誘発される眼振を確認し、治療は頭位治療(Epley法など)。 ・メニエール病は内リンパ水腫で、めまいは数十分〜数時間持続し、難聴・耳鳴・耳閉感を伴って反復する。 ・内耳道には顔面神経・蝸牛神経・前庭神経が通り、聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)が発生する。
