裂けた大動脈が引き起こすもの、引き起こさないもの―解剖で読み解く急性大動脈解離の合併症
第113回医師国家試験 D問題 第9問
国試問題にチャレンジ
急性大動脈解離の合併症として出現し得る徴候に含まれないのはどれか。
- a.視野障害
- b.Barré徴候陽性
- c.後脛骨動脈の触知不良
- d.心音のⅠ音とⅡ音の減弱
- e.心尖部を最強点とする全収縮期雑音
対話形式の解説
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ドクターまとめ
急性大動脈解離の合併症は、分枝動脈の灌流障害、大動脈弁輪への波及、心膜腔・胸腔への破綻の3系統で整理すると理解しやすくなります。頸動脈系の虚血では脳梗塞による片麻痺(Barré徴候陽性)や視野障害、腸骨動脈の障害では後脛骨動脈などの下肢の脈拍触知不良、心膜腔への出血では心音減弱を伴う心タンポナーデが生じえます。解離に伴う弁膜症は大動脈弁閉鎖不全症で拡張期雑音を呈し、心尖部を最強点とする全収縮期雑音(僧帽弁閉鎖不全症)は解離の典型的な合併症とはいえません。解離は脳卒中や下肢虚血として発症することもあるため、解剖に基づいて合併症を予測できることは、救急の現場での見逃し防止に直結します。
解答・解説
正解はeです
本問は、急性大動脈解離でどのような合併症(およびその徴候)が生じうるかを、解剖に基づいて考える問題である。「含まれないもの」を選ぶ点に注意する。 大動脈解離は、大動脈の内膜に生じた亀裂(エントリー)から血液が中膜に流れ込み、大動脈壁が二層に裂けて本来の血管腔(真腔)とは別の腔(偽腔)ができる病態である。合併症は大きく次の3つの機序で整理すると理解しやすい。
1. 分枝動脈の灌流障害(malperfusion)
解離が分枝の起始部に及んだり、拡大した偽腔が真腔や分枝の入口を圧迫したりすると、その動脈の支配領域が虚血に陥る。 ・弓部分枝(腕頭動脈、左総頸動脈、左鎖骨下動脈)→脳梗塞(片麻痺、Barré徴候陽性、意識障害)、視野障害・視力障害、上肢の脈拍の左右差・血圧差 ・肋間動脈・腰動脈(脊髄への血流)→脊髄虚血による対麻痺 ・腹部分枝(腹腔動脈、上腸間膜動脈、腎動脈)→腸管虚血、肝障害、腎不全 ・腸骨動脈→下肢虚血(大腿・膝窩・足背・後脛骨動脈の触知不良、冷感、疼痛) ・冠動脈(とくに右冠動脈)→急性心筋梗塞
2. 大動脈基部・大動脈弁への波及
上行大動脈の解離(Stanford A型)が大動脈弁輪部に及ぶと、弁尖の支持が失われて急性の大動脈弁閉鎖不全症(AR)を生じる。このとき聴かれるのは拡張期の逆流性雑音である。
3. 破裂・心嚢内への出血
上行大動脈の解離が心膜腔内に破綻したり血液が滲み出したりすると、心嚢液が貯留して心タンポナーデをきたす。心音の減弱、頸静脈怒張、低血圧(Beckの三徴)、奇脈などが出現する。胸腔内に破裂すれば血胸となる。 一方、心尖部を最強点とする全収縮期雑音は僧帽弁閉鎖不全症(MR)に典型的な所見であり、大動脈解離が直接僧帽弁を障害することは通常ない。解離に伴う弁膜症の雑音として想起すべきはARの拡張期雑音である。したがって正解はeである。
選択肢考察
- ×a. 視野障害
出現し得る徴候である。解離が腕頭動脈や左総頸動脈に及ぶと、内頸動脈から分かれる眼動脈(網膜を栄養する網膜中心動脈の起始血管)の血流が低下して視力・視野障害(一過性黒内障など)をきたしうる。また、内頸動脈系や椎骨動脈系の血流障害で視覚伝導路や後頭葉の視覚野が虚血に陥れば、同名半盲などの視野障害が生じる。椎骨動脈は鎖骨下動脈から分岐するため、鎖骨下動脈への解離の波及も原因となる。
- ×b. Barré徴候陽性
出現し得る徴候である。Barré徴候は軽度の錐体路障害(上位運動ニューロン障害)を検出する手技で、上肢では手掌を上にして両腕を前方に水平挙上させたまま閉眼させると、麻痺側の上肢が回内しながら下降してくる(下肢では腹臥位で膝を屈曲させた肢位を保持させ、麻痺側の下腿が下降する)。急性大動脈解離では頸動脈への解離の波及や偽腔による起始部の圧迫により脳梗塞を合併することがあり、片麻痺の所見としてBarré徴候が陽性となりうる。
- ×c. 後脛骨動脈の触知不良
出現し得る徴候である。解離は腹部大動脈やその先の腸骨動脈まで進展することがまれではない。総腸骨動脈から外腸骨動脈が解離や偽腔の圧迫で狭窄・閉塞すると下肢の血流が低下し、大腿動脈、膝窩動脈、さらに末梢の足背動脈や後脛骨動脈(内果の後方で触れる)の拍動が弱くなったり触れなくなったりする。下肢の冷感、蒼白、疼痛を伴う急性下肢虚血として発症することもあり、四肢の脈拍の左右差の確認は診断の手がかりとなる。
- ×d. 心音のⅠ音とⅡ音の減弱
出現し得る徴候である。上行大動脈の解離では、心膜腔内への出血(血性心嚢液)や反応性の心嚢液貯留がしばしば起こる。心臓と胸壁の間に液体がたまると心音が伝わりにくくなり、Ⅰ音・Ⅱ音ともに減弱する。大量または急速に貯留すると心臓の拡張が妨げられて心タンポナーデとなり、低血圧、頸静脈怒張、心音減弱(Beckの三徴)や奇脈を呈する。大動脈解離の主要な死因の一つであり、緊急手術の適応となる。
- ○e. 心尖部を最強点とする全収縮期雑音
急性大動脈解離の合併症として想定される徴候ではなく、これが正解である。心尖部を最強点とする全収縮期雑音は、収縮期に左室から左房へ血液が逆流する僧帽弁閉鎖不全症に典型的な所見である。大動脈解離が波及して起こる弁膜症は大動脈弁閉鎖不全症であり、その雑音は胸骨左縁第3肋間(Erb領域)や胸骨右縁第2肋間付近で聴かれる高調な灌水様の拡張期雑音である(大動脈基部の拡大を伴う場合は胸骨右縁で強く聴取されることがある)。解離そのものが僧帽弁の逆流を生じることは考えにくい。
急性大動脈解離の分類
・Stanford分類: 上行大動脈に解離があるものをA型、上行大動脈に解離がないものをB型とする。A型は心タンポナーデ、大動脈弁閉鎖不全症、冠動脈閉塞、脳虚血などの致死的合併症が多く、原則として緊急手術の適応となる。B型は合併症(破裂、灌流障害、疼痛や高血圧のコントロール不良など)がなければ降圧・安静を中心とした内科治療が基本となる。 ・DeBakey分類: Ⅰ型(上行大動脈にエントリーがあり弓部より末梢まで解離が及ぶ)、Ⅱ型(解離が上行大動脈に限局)、Ⅲ型(下行大動脈にエントリーがあり、Ⅲaは胸部に限局、Ⅲbは腹部まで及ぶ)。
臨床像
・突然発症の激烈な胸背部痛で、痛みが背部から腰部へ移動することがある。 ・危険因子は高血圧が最も重要で、ほかにMarfan症候群などの結合組織疾患、二尖大動脈弁、妊娠などがある。 ・診断には造影CTが第一選択であり、真腔と偽腔を隔てる内膜フラップ(隔壁)が確認される。経胸壁心エコーは心嚢液や大動脈弁逆流、上行大動脈の拡大の評価に有用である。 ・胸部X線写真で上縦隔の拡大がみられることがある。
心雑音の部位と時相の整理
・心尖部の全収縮期雑音: 僧帽弁閉鎖不全症 ・胸骨左縁第3〜4肋間の全収縮期雑音: 心室中隔欠損症 ・胸骨右縁第2肋間の収縮期駆出性雑音: 大動脈弁狭窄症 ・胸骨左縁第3肋間(Erb領域)の拡張期灌水様雑音: 大動脈弁閉鎖不全症 ・心尖部の拡張期ランブル: 僧帽弁狭窄症
POINT
・大動脈解離の合併症は「分枝の灌流障害」「大動脈弁輪への波及」「心膜腔内・胸腔内への破綻」の3系統で考える ・頸動脈系→脳梗塞(片麻痺、Barré徴候)、視野障害/脊髄動脈→対麻痺/腸骨動脈→下肢の脈拍触知不良 ・心膜腔への出血→心タンポナーデ(心音減弱、頸静脈怒張、低血圧) ・弁膜症として起こるのは大動脈弁閉鎖不全症(拡張期雑音)であり、心尖部の全収縮期雑音(僧帽弁閉鎖不全症)ではない
