食事を始めたら胸水が白くなった―肺癌術後の乳び胸、止めるのは「腸」か「管」か
第113回医師国家試験 C問題 第49問
国試問題にチャレンジ
70歳の男性。肺癌の治療で入院中である。肺癌にて右肺下葉切除術,縦隔リンパ節郭清術が施行された。術後1日目に食事を開始し,術後2日目に約1,000mLの白色混濁した胸水が胸腔ドレーンから排出された。胸水中トリグリセリド150mg/dL。 対応として適切なのはどれか。2つ選べ。
- a.高脂肪食
- b.胃管挿入
- c.胸管結紮術
- d.完全静脈栄養
- e.胸腔ドレーン追加挿入
対話形式の解説
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ドクターまとめ
肺癌や食道癌の縦隔リンパ節郭清後、経口摂取の開始とともに乳白色の胸水が出現した場合は、胸管損傷による乳び胸を考え、胸水トリグリセリド110mg/dL超で強く疑います。乳びは長鎖脂肪酸由来のカイロミクロンを含むため、治療の基本は絶食と完全静脈栄養(または中鎖脂肪酸中心の低脂肪食)でリンパ流量を減らし、損傷部の自然閉鎖を待つことです。1日1,000mL程度以上の大量漏出が続く場合や保存的治療で改善しない場合は、低栄養や免疫能低下を避けるため胸管結紮術などで漏出部を閉鎖します。高脂肪食はリンパ流量を増やして逆効果であり、ドレーン追加や胃管挿入では漏出は止まりません。胸管の走行という解剖と脂肪吸収の生理を結びつけて理解することで、術後合併症の診断と治療を論理的に組み立てられるようになります。
解答・解説
正解はc, dです
所見の整理
・70歳男性。肺癌に対し右肺下葉切除術と縦隔リンパ節郭清術を受けた。 ・術後1日目に経口摂取を開始し、その翌日(術後2日目)に胸腔ドレーンから白色に混濁した胸水が約1,000mL排出された。 ・胸水中トリグリセリド150mg/dL。
診断へのプロセス
乳白色の胸水をみたら、乳び胸(胸管から漏れたリンパ液=乳びが胸腔にたまった状態)を考える。乳びは腸管で吸収された脂肪をカイロミクロン(脂質を運ぶリポ蛋白粒子)として含むため白く濁る。胸水中トリグリセリドが110mg/dLを超えれば乳び胸の可能性が高く(50mg/dL未満ならほぼ否定でき、中間値ではリポ蛋白電気泳動でカイロミクロンを確認する)、本例の150mg/dLは乳び胸に合致する。 胸管は腹部の乳び槽から始まり、後縦隔を食道の右後方に沿って上行し、第5胸椎付近で左へ移って左静脈角に注ぐ。右側の縦隔リンパ節郭清(特に気管分岐下リンパ節の郭清)ではこの胸管やその分枝を損傷しやすい。経口摂取の開始で腸管からの脂肪吸収が増え、リンパ流量が増加したことで、損傷部から乳びが大量に漏れ出したと考えられる。したがって、診断は肺癌手術(縦隔リンパ節郭清)に伴う胸管損傷による術後乳び胸である。
設問の考え方
治療の基本は、乳びの産生(リンパ流量)を減らして損傷部の自然閉鎖を待つ保存的治療と、それで止まらない場合の外科的な胸管閉鎖である。 ・保存的治療:絶食とし、栄養は完全静脈栄養で補う。漏出量が少なければ脂肪制限食(中鎖脂肪酸を用いた食事)も選択肢となる。オクトレオチド(ソマトスタチンアナログ)でリンパ流量の減少を図ることもある。 ・外科的治療:保存的治療で改善しない場合や、排液量が多い場合(目安として1日1,000mL程度以上が続く場合)には、胸管結紮術などで漏出を止める。 本例は1日約1,000mLと大量の漏出であり、まず絶食・完全静脈栄養を行い、改善しなければ早期に胸管結紮術を検討する。
選択肢考察
- ×a. 高脂肪食
誤り。食事中の長鎖脂肪酸は腸管でカイロミクロンとなってリンパ管(胸管)を通って運ばれるため、高脂肪食はリンパ流量を増やし、乳びの漏出をかえって増加させる。漏出量が少ない場合に経口摂取を続けるなら、長鎖脂肪酸を制限し、リンパ管を経由せず門脈から直接吸収される中鎖脂肪酸(MCT)を中心とした低脂肪食とする。
- ×b. 胃管挿入
誤り。胃管は消化管の減圧(腸閉塞など)、経管栄養、胃内容の吸引などに用いるもので、乳び胸の治療とは関係しない。本例に嘔吐や消化管閉塞を示す所見はなく、絶食にするだけなら胃管は不要である。
- ○c. 胸管結紮術
正しい。損傷した胸管からの漏出を直接止める根本的な治療である。保存的治療を行っても排液が減らない場合や、本例のように1日1,000mL程度の大量の漏出が続く場合には、長期の乳び喪失による低栄養・リンパ球減少(免疫能低下)・脱水を避けるため、早めに胸管結紮術(胸腔鏡下または開胸で損傷部や横隔膜直上の胸管を結紮する)を考慮する。近年はリンパ管造影下の胸管塞栓術が行われることもある。
- ○d. 完全静脈栄養
正しい。乳び胸の保存的治療の基本は、絶食によって腸管からの脂肪吸収をなくし、胸管を流れるリンパ量を減らして損傷部の自然閉鎖を促すことである。その間の栄養は中心静脈からの完全静脈栄養(高カロリー輸液)で補い、乳びとともに失われる蛋白・脂質・水分・電解質を補充する。
- ×e. 胸腔ドレーン追加挿入
誤り。術後の胸腔ドレーンがすでに留置されており、乳びは十分に排出されている。ドレーンを追加しても排液量が増えるだけで、乳びの漏出そのものは止まらない。必要なのは乳びの産生を減らすこと(絶食・完全静脈栄養)と、漏出部を閉鎖すること(胸管結紮術)である。
乳び胸の原因
・外傷性:手術による胸管損傷(肺癌・食道癌手術の縦隔リンパ節郭清、心臓・大血管手術など)が多い。胸部外傷によることもある。 ・非外傷性:悪性腫瘍(悪性リンパ腫が代表的)による胸管の圧迫・浸潤、リンパ脈管筋腫症(LAM)、結核、先天性(新生児乳び胸)など。
胸管の走行と乳び胸の左右
胸管は乳び槽(第1〜2腰椎付近)から始まり、大動脈裂孔を通って胸腔に入り、下部では脊柱の右前方を上行する。第4〜6胸椎付近で正中を越えて左に移り、左鎖骨下静脈と左内頸静脈の合流部(左静脈角)に注ぐ。そのため、下部での損傷では右側、上部での損傷では左側に乳び胸が生じやすい。
乳びの性状
・乳白色で、静置するとクリーム状の層ができることがある。無臭で、遠心分離しても白濁が残る(膿胸の上清は透明化する点が鑑別になる)。 ・トリグリセリド高値(110mg/dL超)、カイロミクロンの存在、リンパ球優位の細胞成分。 ・絶食中は脂肪を含まず、漿液性に見えることがあるため、術後の経口摂取開始を契機に白濁して気づかれることが多い。
乳び漏出の影響
乳びには脂肪、蛋白、脂溶性ビタミン、電解質、リンパ球が含まれる。大量の喪失が続くと、低栄養、低蛋白血症、脱水・電解質異常、リンパ球減少による易感染性をきたす。
治療のまとめ
①胸腔ドレナージ(肺の再膨張と排液量の評価) ②食事療法:絶食+完全静脈栄養、または中鎖脂肪酸(MCT)を中心とした低脂肪食 ③薬物療法:オクトレオチドなど ④保存的治療で改善しない、または排液量が多い場合:胸管結紮術、胸管塞栓術、胸膜癒着術など
POINT
・肺癌・食道癌手術の縦隔リンパ節郭清後、経口摂取開始とともに乳白色の胸水→胸管損傷による乳び胸。 ・胸水トリグリセリド>110mg/dLで乳び胸を強く疑う。 ・治療はまず絶食+完全静脈栄養(またはMCT中心の低脂肪食)でリンパ流量を減らす。 ・保存的治療で改善しない・排液が大量(1日1,000mL程度以上)なら胸管結紮術。 ・高脂肪食はリンパ流量を増やし禁忌。
