2cmの肝細胞癌、決め手は「がん」より「肝臓の体力」―治療方針を左右する因子と左右しない因子
第113回医師国家試験 A問題 第1問
国試問題にチャレンジ
肝硬変を母地として発生した最大径2cm,単発の肝細胞癌に対する治療方針を決定する上で重要でないのはどれか。
- a.腹水の有無
- b.ビリルビン値
- c.肝硬変の成因
- d.肝性脳症の有無
- e.プロトロンビン時間
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
肝細胞癌の治療方針は、肝外転移・脈管侵襲・腫瘍数・腫瘍径という腫瘍因子と、背景肝の肝予備能の両面から決定します。肝予備能はChild-Pugh分類(肝性脳症・腹水・ビリルビン・アルブミン・プロトロンビン時間)で評価し、肝切除を検討する際には肝性脳症の代わりにICG15分停滞率を含む肝障害度や幕内基準も用います。肝硬変の成因はこれらの評価項目に含まれず、腫瘍に対する治療法の選択には直接関わりませんが、抗ウイルス療法や禁酒など背景疾患への対応は肝機能維持と再発抑制のために並行して行います。単発・3cm以下で肝予備能が保たれていれば肝切除やラジオ波焼灼療法が候補となり、Child-Pugh Cでは肝移植や緩和ケアが検討されます。「腫瘍を治せるか」だけでなく「肝臓が治療に耐えられるか」を考える視点は、肝癌診療の基本です。
解答・解説
正解はcです
問われていること
肝細胞癌(HCC)の多くは慢性肝炎や肝硬変を背景に発生する。そのため治療方針は「腫瘍側の因子」だけでなく、「背景肝がどれだけ治療に耐えられるか(肝予備能)」の両面から決める必要がある。手術で肝臓を切り取ったり、ラジオ波で焼いたり、カテーテルで血流を止めたりすると、正常な肝組織もある程度失われるため、肝予備能が乏しい患者では治療自体が肝不全を引き起こしかねないからである。
日本の治療アルゴリズムで用いる因子
日本肝臓学会の「肝癌診療ガイドライン」の治療アルゴリズムでは、次の5因子で治療法を選択する。 1. 肝予備能(Child-Pugh分類で評価) 2. 肝外転移の有無 3. 脈管侵襲(門脈・肝静脈などへの浸潤)の有無 4. 腫瘍数 5. 腫瘍径 本問のように腫瘍が単発で最大径2cmと小さい場合、腫瘍側の条件は良好であり、肝切除またはラジオ波焼灼療法(RFA)などの穿刺局所療法が候補となる。どちらを選べるか、あるいはそもそも積極的治療が可能かは、肝予備能によって決まる。
肝予備能の評価法
・Child-Pugh分類:肝性脳症、腹水、血清ビリルビン、血清アルブミン、プロトロンビン時間(活性値またはINR)の5項目を点数化する。治療アルゴリズムの入り口で用いる。 ・肝障害度(日本肝癌研究会の原発性肝癌取扱い規約):腹水、血清ビリルビン、血清アルブミン、ICG15分停滞率(ICG R15)、プロトロンビン活性値の5項目で評価する。肝切除を検討する際に用いられる。 したがって、これらの評価項目に含まれるものは治療方針の決定に直結する。一方、肝硬変がウイルス性かアルコール性かといった「成因」は、どちらの評価項目にも含まれず、治療法選択のアルゴリズムにも組み込まれていない。
選択肢考察
- ×a. 腹水の有無
重要である。腹水は門脈圧亢進と低アルブミン血症などによる肝代償不全の徴候であり、Child-Pugh分類と肝障害度の両方の評価項目に含まれる。腹水がコントロールできない患者では、肝切除後に肝不全を起こす危険が高く、また腹水があるとRFAなどの穿刺治療も出血や腹膜播種の面で行いにくくなる。
- ×b. ビリルビン値
重要である。血清ビリルビンは肝細胞の排泄能を反映し、Child-Pugh分類と肝障害度の両方に含まれる。肝切除の可否と切除範囲を決める基準(いわゆる幕内基準)でも、腹水の有無・ビリルビン値・ICG R15を組み合わせて判断し、ビリルビンが高い(2.0mg/dL以上)場合は肝切除の適応外とされる。
- ○c. 肝硬変の成因
治療方針の決定に重要でない(正解)。B型・C型肝炎ウイルス、アルコール、代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH、旧称NASH)など、肝硬変の成因が何であっても、HCCの治療法は肝予備能と腫瘍因子(肝外転移・脈管侵襲・腫瘍数・腫瘍径)によって選択される。成因はChild-Pugh分類にも肝障害度にも含まれない。なお成因は、治療後の再発予防や長期予後の改善を目的とした抗ウイルス療法(B型には核酸アナログ、C型には直接作用型抗ウイルス薬)や禁酒指導などの併用には関わるが、腫瘍そのものに対する治療法の選択を左右する因子ではない。
- ×d. 肝性脳症の有無
重要である。肝性脳症は、肝臓でのアンモニアなどの解毒が不十分になり意識障害や羽ばたき振戦を生じる状態で、肝予備能低下の重要な指標である。Child-Pugh分類の評価項目に含まれる(肝障害度には含まれない)。
- ×e. プロトロンビン時間
重要である。プロトロンビン時間は肝臓で合成される凝固因子の量を反映し、肝の蛋白合成能の指標となる。Child-Pugh分類と肝障害度の両方に含まれる(活性値%やINRで評価する)。延長していれば治療に伴う出血リスクの評価にも関わる。
Child-Pugh分類
各項目を1~3点で評価し、合計点で分類する。 ・肝性脳症:なし1点/軽度2点/ときどき昏睡3点 ・腹水:なし1点/少量(コントロール可能)2点/中等量以上3点 ・血清ビリルビン(mg/dL):2.0未満1点/2.0~3.0 2点/3.0超3点 ・血清アルブミン(g/dL):3.5超1点/2.8~3.5 2点/2.8未満3点 ・プロトロンビン活性値(%):70超1点/40~70 2点/40未満3点 合計5~6点:A、7~9点:B、10~15点:C
肝障害度(原発性肝癌取扱い規約)
腹水、血清ビリルビン、血清アルブミン、ICG R15、プロトロンビン活性値の5項目をそれぞれA・B・Cの3段階で評価し、2項目以上が該当する最も重い段階をその患者の肝障害度とする。Child-Pugh分類との違いは、肝性脳症の代わりにICG R15が入っている点である。ICG(インドシアニングリーン)は肝臓に取り込まれて胆汁に排泄される色素で、静注15分後の血中残存率が高いほど肝の処理能力が低いことを示す。
肝切除の範囲の目安(幕内基準)
腹水がない(またはコントロール可能)、ビリルビン正常という条件で、ICG R15によって切除可能な範囲を判断する。ICG R15が10%未満なら葉切除などの大きな切除も可能、値が上がるにつれて区域切除、亜区域切除、部分切除へと許容範囲が狭まり、40%以上では核出術程度にとどめる。
小型・単発HCCの治療選択の概略
・Child-Pugh A~B、肝外転移・脈管侵襲なし、腫瘍数1~3個、腫瘍径3cm以内:肝切除または穿刺局所療法(RFAなど) ・腫瘍数が多い・腫瘍径が大きい場合:肝切除、肝動脈化学塞栓療法(TACE)、薬物療法など ・Child-Pugh C:ミラノ基準(単発5cm以下、または3個以内でいずれも3cm以下で、脈管侵襲・肝外転移なし)などを満たし年齢などの条件に合えば肝移植、それ以外は緩和ケアが中心
成因が関わる場面
HCCの治療法選択には用いないが、背景疾患の治療(B型肝炎の核酸アナログ、C型肝炎の直接作用型抗ウイルス薬によるウイルス排除、アルコール性では禁酒)は肝機能の維持や発癌・再発の抑制に寄与するため、治療と並行して行う。
POINT
・肝細胞癌の治療方針は「肝予備能」と腫瘍因子(肝外転移・脈管侵襲・腫瘍数・腫瘍径)で決まる。 ・Child-Pugh分類:脳症、腹水、ビリルビン、アルブミン、プロトロンビン時間。 ・肝障害度:腹水、ビリルビン、アルブミン、ICG R15、プロトロンビン活性値(脳症の代わりにICG)。 ・肝硬変の成因はどちらの分類にも含まれず、治療法の選択には直接関わらない。 ・単発・3cm以下で肝予備能が保たれていれば、肝切除またはRFAが候補となる。
