腫瘍を測るか、肝臓の余力を測るか―肝切除前の肝予備能評価
第115回医師国家試験 A問題 第8問
国試問題にチャレンジ
肝細胞癌のため肝切除術が予定された患者で,肝予備能を判断する際に重要でないのはどれか。
- a.血清アルブミン値
- b.ICG試験(15分値)
- c.血清総ビリルビン値
- d.プロトロンビン時間
- e.α-フェトプロテイン〈AFP〉値
対話形式の解説
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ドクターまとめ
肝細胞癌の多くは慢性肝炎や肝硬変を背景に発生するため、肝切除前には腫瘍の進展だけでなく、残る肝臓が機能を保てるかという肝予備能を評価し、術後肝不全を防ぐ必要があります。合成能を示す血清アルブミン値とプロトロンビン時間、排泄能を示す血清総ビリルビン値とICG 15分停滞率が主な指標で、Child-Pugh分類やLiver damage、腹水・総ビリルビン・ICG R15で切除範囲を決める幕内基準に組み込まれています。一方、AFPやPIVKA-Ⅱ、AFP-L3分画は腫瘍の存在や活動性を反映する腫瘍マーカーであり、肝予備能の指標ではありません。「腫瘍を測る検査」と「肝臓の余力を測る検査」を区別して理解することが、肝切除の適応判断や術式選択を考える土台になります。
解答・解説
正解はeです
問われていること
肝切除前に評価する「肝予備能」(手術で肝臓の一部を失っても、残った肝臓が生命維持に必要な機能を保てるかどうかの余力)の指標を問う問題である。「重要でないもの」を選ぶ形式であることに注意する。
なぜ肝予備能評価が重要か
肝細胞癌の多くは、B型・C型慢性肝炎、アルコール性肝障害、代謝機能障害関連脂肪性肝疾患などによる慢性肝炎や肝硬変を背景に発生する。背景肝の機能が低下している患者で切除範囲を大きく取りすぎると、術後肝不全を起こし致命的になる。そのため、腫瘍の進展度だけでなく、背景肝の機能を評価して「切除できるか」「どこまで切除できるか」を決める。
肝予備能の評価に使う項目
肝臓の機能を「合成能」「代謝・排泄能」「門脈圧亢進の程度」などの面から評価する。 ・合成能:血清アルブミン値、プロトロンビン時間(凝固因子の合成を反映) ・排泄能:血清総ビリルビン値、ICG試験(インドシアニングリーン負荷試験) ・臨床所見:腹水、肝性脳症 これらを組み合わせたのがChild-Pugh分類や、日本肝癌研究会のLiver damage(肝障害度)である。わが国ではさらに、腹水の有無・血清総ビリルビン値・ICG 15分停滞率から切除範囲を決める幕内基準が広く用いられている。 一方、α-フェトプロテイン(AFP)は腫瘍マーカーであり、腫瘍の存在や量・悪性度を反映するが、背景肝の機能(余力)を示すものではない。したがって肝予備能の判断に重要でないのはAFPである。
選択肢考察
- ×a. 血清アルブミン値
アルブミンは肝細胞でのみ合成される蛋白であり、血清アルブミン値は肝臓の蛋白合成能を反映する。肝硬変が進むと低下する。Child-Pugh分類の評価項目の一つ(3.5 g/dL超、2.8〜3.5 g/dL、2.8 g/dL未満で1〜3点)であり、Liver damageの項目にも含まれる。ただし血中半減期が約3週間と長いため、短期間の変化は反映しにくく、栄養状態や蛋白漏出(ネフローゼ症候群など)の影響も受ける点に注意する。肝予備能評価に重要な項目である。
- ×b. ICG試験(15分値)
ICG(インドシアニングリーン)は静注すると血中で蛋白と結合し、肝細胞にほぼ特異的に取り込まれ、抱合を受けずにそのまま胆汁中へ排泄される色素である。静注15分後に血中に残っている割合(ICG 15分停滞率、ICG R15)を測定し、正常は10%未満である。肝血流量と肝細胞の取り込み・排泄能を反映し、値が大きいほど肝予備能は低い。わが国では肝切除の可否と切除範囲を決める最も重要な検査の一つであり、幕内基準やLiver damageに組み込まれている。なお体質性ICG排泄異常症や高度の黄疸では正しく評価できない。
- ×c. 血清総ビリルビン値
ビリルビンは主に老化赤血球のヘモグロビンに由来するヘムの分解産物である。脾臓などで生じた間接ビリルビンは肝細胞に取り込まれ、グルクロン酸抱合を受けて直接ビリルビンとなり胆汁中に排泄される。肝細胞の機能が落ちるとこの処理が滞り、血清総ビリルビン値が上昇する。Child-Pugh分類(2.0 mg/dL未満、2.0〜3.0 mg/dL、3.0 mg/dL超)やLiver damage、幕内基準の評価項目であり、幕内基準では総ビリルビン2.0 mg/dL以上は原則として肝切除の適応外とされる。胆道閉塞や溶血でも上昇するため、それらを除外して解釈する。
- ×d. プロトロンビン時間
フィブリノゲン(第Ⅰ因子)、プロトロンビン(第Ⅱ因子)、第Ⅴ・Ⅶ・Ⅹ因子など、多くの凝固因子は肝臓で合成される。プロトロンビン時間(PT)はこれら外因系・共通系の凝固因子活性を反映し、とくに半減期の短い第Ⅶ因子(約4〜6時間)の影響を受けるため、肝合成能の低下を比較的早く鋭敏に示す。Child-Pugh分類ではPT活性(またはPT-INR)、Liver damageではPT活性値が評価項目である。ビタミンK欠乏やワルファリン内服でも延長する点に注意する。
- ○e. α-フェトプロテイン〈AFP〉値
AFPは胎児期の肝細胞や卵黄嚢でつくられる糖蛋白で、成人では肝細胞癌の腫瘍マーカーとして用いられる。腫瘍の診断補助、治療効果判定、再発の監視には有用だが、残った肝臓の機能を示す指標ではない。慢性肝炎や肝硬変の肝再生時にも軽度上昇することがあるが、その値が肝予備能の良否を表すわけではない。Child-Pugh分類、Liver damage、幕内基準のいずれにも含まれず、肝予備能の判断に重要でない。
Child-Pugh分類
以下5項目をそれぞれ1〜3点で採点し、合計5〜6点をA、7〜9点をB、10〜15点をCとする。 ・肝性脳症:なし/軽度/ときどき昏睡 ・腹水:なし/少量/中等量以上 ・血清総ビリルビン:2.0 mg/dL未満/2.0〜3.0 mg/dL/3.0 mg/dL超 ・血清アルブミン:3.5 g/dL超/2.8〜3.5 g/dL/2.8 g/dL未満 ・プロトロンビン活性:70%超/40〜70%/40%未満
Liver damage(肝障害度、日本肝癌研究会)
腹水、血清総ビリルビン、血清アルブミン、ICG R15、プロトロンビン活性の5項目で評価し、A〜Cに分類する。Child-Pugh分類との違いは、肝性脳症の代わりにICG R15が入っている点であり、より切除の判断を意識した分類である。
幕内基準(肝切除範囲の目安)
腹水がない(またはコントロール可能)で、総ビリルビン値が正常の場合、ICG R15に応じて切除範囲を決める。 ・10%未満:葉切除やそれ以上の大きな切除が可能 ・10〜19%:左葉切除や区域切除(肝の約3分の1)まで ・20〜29%:亜区域切除(肝の約6分の1)まで ・30%以上:部分切除(限局的切除)や核出術にとどめる 総ビリルビンが軽度上昇している場合は切除範囲をさらに制限し、2.0 mg/dL以上では原則切除しない。
その他の評価法
アルブミンとビリルビンから算出するALBIグレード、99mTc-GSAシンチグラフィ(アシアロ糖蛋白受容体を介して肝細胞の機能量を評価)、CTボリュメトリー(切除後に残る肝臓の体積を算出)も併用される。
肝細胞癌の腫瘍マーカー
AFP、AFP-L3分画(AFPのうち、がん由来の割合が高い分画)、PIVKA-Ⅱ(ビタミンK欠乏や拮抗薬投与時に出現する異常プロトロンビン。des-γ-carboxy prothrombin〈DCP〉とも呼ぶ)がある。いずれも腫瘍の評価に使うもので、肝予備能の指標ではない。
POINT
・肝予備能の指標:血清アルブミン、血清総ビリルビン、プロトロンビン時間、ICG R15、腹水、肝性脳症。 ・Child-Pugh分類:脳症・腹水・ビリルビン・アルブミン・PTの5項目。 ・わが国の肝切除ではICG R15が特に重視される(正常10%未満)。幕内基準は腹水・ビリルビン・ICG R15で切除範囲を決める。 ・AFP、AFP-L3分画、PIVKA-Ⅱは腫瘍マーカーであり、肝予備能の指標ではない。
