前縦隔の影に何を測る?―胸腺腫・胚細胞腫瘍・リンパ腫と結びつく検査の見分け方
第112回医師国家試験 D問題 第48問
国試問題にチャレンジ
28歳の女性。健診で胸部の異常陰影を指摘されたため来院した。胸部エックス線写真(A)と胸部CT(B)とを別に示す。 診断のために必要性が低い検査項目はどれか。

- a.hCG
- b.β-D-グルカン
- c.可溶性IL-2受容体
- d.α-フェトプロテイン〈AFP〉
- e.抗アセチルコリン受容体抗体
対話形式の解説
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ドクターまとめ
胸骨の背側、心大血管の前方に境界明瞭な腫瘤があれば前縦隔腫瘍であり、若年者では胸腺腫、胚細胞腫瘍、悪性リンパ腫が主な鑑別になります。胸腺腫は重症筋無力症の合併が多いため抗アセチルコリン受容体抗体を、胚細胞腫瘍では絨毛癌成分を反映するhCGと卵黄嚢腫瘍成分を反映するAFPを、悪性リンパ腫では可溶性IL-2受容体やLDHを測定し、鑑別や周術期管理に役立てます。一方、β-D-グルカンは深在性真菌症の補助診断に用いる検査で、免疫不全の背景も感染を疑う画像所見もない縦隔腫瘤の鑑別には必要性が低いといえます。縦隔腫瘍は「前は胸腺、中は気管・心膜・リンパ節、後ろは神経」と臓器に結びつけて整理し、さらに腫瘍ごとの関連検査を対応させておくと、画像から検査計画まで一貫して考えられるようになります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・28歳の若年女性で、自覚症状はなく、健診の胸部エックス線写真で異常陰影を指摘された。 ・胸部エックス線写真(A)では、上縦隔の陰影が大動脈弓の高さで外側へわずかに張り出しており、縦隔由来の腫瘤が疑われる。肺野には明らかな浸潤影や結節影はない。 ・胸部CT(B)では、大動脈弓の前方、胸骨の背側に、境界明瞭で辺縁平滑、内部がほぼ均一な軟部組織濃度の腫瘤を認める。周囲の肺野に炎症を示唆する所見はない。
診断へのプロセス
腫瘤は胸骨と心大血管の間、すなわち前縦隔(上縦隔の前方部分を含む)に位置する。縦隔腫瘍は、その部位にもともと存在する臓器と結びつけて考えると整理しやすい。前縦隔には胸腺があり、胸腺腫・胸腺癌・胸腺嚢胞などの胸腺腫瘍、胚細胞腫瘍(奇形腫、セミノーマ、非セミノーマ性胚細胞腫瘍)、悪性リンパ腫、甲状腺腫(胸骨下甲状腺腫)が好発する。中縦隔では気管支原性嚢胞・心膜嚢胞やリンパ節病変、後縦隔では神経鞘腫などの神経原性腫瘍が多い。 若年者の無症状の前縦隔腫瘤であることから、胸腺腫、胚細胞腫瘍、悪性リンパ腫が主な鑑別となる。
設問の考え方
各鑑別疾患に関連する血液検査を思い浮かべ、それに当てはまらないものを選ぶ。 ・胚細胞腫瘍:hCG(絨毛癌成分、一部のセミノーマ)、AFP(卵黄嚢腫瘍成分) ・悪性リンパ腫:可溶性IL-2受容体、LDH ・胸腺腫:抗アセチルコリン受容体抗体(重症筋無力症の合併) これらに対し、真菌感染症の補助診断に用いるβ-D-グルカンは、境界明瞭で均一な縦隔腫瘤という本例の画像とも臨床経過とも関連が乏しく、診断上の必要性は低い。
選択肢考察
- ×a. hCG
hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)は胎盤の絨毛細胞(栄養膜細胞)が産生するホルモンで、胚細胞腫瘍のうち絨毛癌成分を含むもので著明に上昇し、セミノーマでも合胞体栄養膜細胞を含む場合に軽度上昇することがある。縦隔は性腺外胚細胞腫瘍の好発部位であり、その大部分は前縦隔に生じる。前縦隔腫瘤の鑑別では胚細胞腫瘍を見落とさないために測定すべき腫瘍マーカーである。なお、女性では妊娠でも上昇するため、解釈の際には妊娠の有無を確認しておく。
- ○b. β-D-グルカン
β-D-グルカンは多くの真菌の細胞壁を構成する多糖で、血中濃度の上昇はカンジダ症、アスペルギルス症、ニューモシスチス肺炎などの深在性真菌症を示唆する(クリプトコックスやムーコル症では上昇しにくい)。本例は無症状の若年者で免疫不全の背景がなく、画像も前縦隔の境界明瞭・内部均一な腫瘤であって、肺野の浸潤影や空洞など真菌感染を疑わせる所見はない。前縦隔腫瘍の鑑別に役立つ情報は得られないため、必要性が低い検査である。
- ×c. 可溶性IL-2受容体
可溶性IL-2受容体(sIL-2R)は、活性化したT細胞やリンパ腫細胞の表面にあるIL-2受容体α鎖が血中に遊離したもので、悪性リンパ腫で高値となり、病勢の把握にも用いられる。前縦隔は悪性リンパ腫(特に若年女性に多い縦隔原発大細胞型B細胞リンパ腫や、結節硬化型Hodgkinリンパ腫)の好発部位であり、鑑別のために測定する意義がある。ただし、炎症性疾患や他の悪性腫瘍、腎機能障害でも上昇するため、特異度は高くない。
- ×d. α-フェトプロテイン〈AFP〉
AFPは胎生期に卵黄嚢や胎児肝で産生される糖蛋白で、胚細胞腫瘍のうち卵黄嚢腫瘍(yolk sac tumor)成分を含むもので上昇する。純粋なセミノーマではAFPは上昇しないため、AFP高値は非セミノーマ性胚細胞腫瘍を示唆し、治療方針の決定にも影響する。前縦隔腫瘤の鑑別においてhCGとあわせて測定すべき検査である。
- ×e. 抗アセチルコリン受容体抗体
胸腺腫は前縦隔腫瘍の中で最も頻度が高く、さまざまな自己免疫疾患を合併しやすい。特に重症筋無力症の合併が多く、胸腺腫患者の約30〜50%に重症筋無力症がみられ、逆に重症筋無力症患者の一部に胸腺腫が見つかる。重症筋無力症の多くでは抗アセチルコリン受容体抗体が陽性となり、筋力低下が目立たない段階でも陽性となることがある。陽性であれば胸腺腫の可能性が高まり、手術時の筋無力症クリーゼへの備えなど周術期管理にも重要であるため、測定する必要性は高い。
縦隔の区分と好発腫瘍
・前縦隔(胸骨の背側〜心大血管の前方):胸腺腫・胸腺癌、胸腺嚢胞、胚細胞腫瘍(成熟奇形腫、セミノーマ、非セミノーマ性胚細胞腫瘍)、悪性リンパ腫、胸骨下甲状腺腫。 ・中縦隔(心大血管・気管の領域):気管支原性嚢胞、心膜嚢胞、リンパ節腫大(悪性リンパ腫、サルコイドーシス、転移)。 ・後縦隔(椎体の周囲):神経原性腫瘍(神経鞘腫、神経線維腫、神経節細胞腫など)、食道嚢胞。 悪性リンパ腫はリンパ組織が各所に存在するため、前縦隔を含めどの区域にも発生しうる。
前縦隔腫瘍と関連する検査
・胸腺腫:抗アセチルコリン受容体抗体(重症筋無力症)。そのほか赤芽球癆、低γグロブリン血症(Good症候群)などの合併がある。 ・胚細胞腫瘍:hCG(絨毛癌、一部のセミノーマ)、AFP(卵黄嚢腫瘍)、LDH。若年男性に多いが女性にも生じる。成熟奇形腫ではCTで脂肪・石灰化・歯牙などを含む不均一な腫瘤となりやすい。 ・悪性リンパ腫:可溶性IL-2受容体、LDH。B症状(発熱、体重減少、盗汗)の有無を確認する。 ・胸骨下甲状腺腫:甲状腺機能検査、CTで頸部の甲状腺との連続性を確認する。
胸部エックス線写真での縦隔腫瘤の見方
シルエットサイン(境界消失徴候)は、同じX線吸収度の構造が接するとその境界が見えなくなる現象である。腫瘤と心陰影・大動脈の輪郭との関係から、腫瘤の前後方向の位置を推定できる。また、肺門部に重なる腫瘤でも肺門の血管影が透見できれば、腫瘤は肺門より前方か後方にあると判断できる(肺門重畳徴候)。最終的な局在診断はCTやMRIで行う。
β-D-グルカン
深在性真菌症の補助診断に用いる血清マーカーである。ニューモシスチス肺炎、カンジダ症、アスペルギルス症で上昇し、クリプトコックス症やムーコル症では上昇しにくい。血液透析(セルロース膜)、アルブミン・グロブリン製剤の投与、ガーゼの使用などで偽陽性となることがある。
POINT
・前縦隔腫瘍の主な鑑別:胸腺腫、胚細胞腫瘍、悪性リンパ腫(+胸骨下甲状腺腫)。 ・胸腺腫 → 抗アセチルコリン受容体抗体(重症筋無力症を約30〜50%に合併)。 ・胚細胞腫瘍 → hCG(絨毛癌)、AFP(卵黄嚢腫瘍)。純粋なセミノーマはAFPが上昇しない。 ・悪性リンパ腫 → 可溶性IL-2受容体、LDH。 ・β-D-グルカンは深在性真菌症の検査であり、縦隔腫瘍の鑑別には用いない。 ・縦隔腫瘍は「前:胸腺、中:気管・心膜・リンパ節、後:神経」と臓器に結びつけて覚える。
