液晶パネル工場で働く若者の咳―職業歴が解き明かすインジウム肺
第112回医師国家試験 C問題 第43問
国試問題にチャレンジ
27歳の男性。1か月前に乾性咳嗽と呼吸困難が出現し,軽快しないため受診した。4年前から液晶パネル製造工場に勤務している。胸部エックス線写真で両肺野にすりガラス陰影を認める。胸腔鏡下肺生検で直径1μm前後の微細粒子を認める。 この患者が曝露した物質として考えられるのはどれか。
- a.鉛
- b.ヒ素
- c.水銀
- d.クロム
- e.インジウム
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
若年者に原因のはっきりしない間質性肺疾患を見たときは、職業歴・粉じん曝露歴の聴取が診断の鍵になります。液晶パネルやタッチパネルの透明電極に使われるインジウム・スズ酸化物(ITO)の微細粒子を吸入すると、肺胞に沈着して間質性肺炎や肺気腫、肺胞蛋白症を起こすインジウム肺となり、職業歴・両側すりガラス陰影・肺内の微細粒子という組み合わせが典型像です。鉛は貧血・腹痛・下垂手、ヒ素は皮膚病変と皮膚癌・肺癌、有機水銀はHunter-Russell症候群、六価クロムは鼻中隔穿孔と肺癌というように、金属ごとの曝露職場と標的臓器を整理しておくと鑑別が容易になります。インジウムは肺から排出されにくく曝露中止後も進行しうるため、作業環境管理と特殊健康診断による予防が重要です。職業性肺疾患の理解は、問診の大切さと産業保健の意義を実感させてくれるテーマです。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・27歳の若年男性。1か月前から乾性咳嗽(痰を伴わない咳)と呼吸困難が続いている。発熱など感染症を示す記載はない。 ・4年前から液晶パネル製造工場で働いている。若年者で原因の見当たらない呼吸器症状をみたら、職業歴・粉じん曝露歴を必ず確認する。 ・胸部エックス線写真で両肺野にすりガラス陰影がある。すりガラス陰影は、肺胞壁(間質)の肥厚や肺胞内の部分的な充填を反映し、間質性肺疾患を示唆する所見である。 ・胸腔鏡下肺生検で直径1μm前後の微細粒子が見つかっている。肺組織内に外来性の不溶性粒子が沈着していることを意味し、粉じん吸入による肺障害(じん肺の一型)を強く示唆する。
診断へのプロセス
粒径が数μm以下の粒子は気道の防御機構をすり抜けて肺胞まで到達し、肺胞マクロファージに取り込まれて沈着し、慢性の炎症や線維化を引き起こす。そこで「液晶パネル製造工場で吸入しうる微細な金属粒子」を考えると、液晶パネルの透明電極に使われるインジウム・スズ酸化物(ITO:indium tin oxide)が思い浮かぶ。ITOの製造・研削・研磨工程では微細なインジウム粒子が飛散し、これを吸入した労働者に間質性肺炎、肺気腫、肺胞蛋白症などを生じることが知られており、インジウム肺と呼ばれる。 本例は、職業歴(液晶パネル製造)、画像所見(両側すりガラス陰影=間質性病変)、病理所見(肺内の1μm前後の微細粒子)の三つがそろっており、インジウム曝露による間質性肺炎(インジウム肺)と考えられる。他の選択肢の金属は、いずれも典型的な曝露職場や主な障害臓器が本例と合わない。
選択肢考察
- ×a. 鉛
鉛は蓄電池製造、はんだ付け、鉛精錬、古い塗料の除去作業などで曝露される。無機鉛中毒ではヘム合成酵素(δ-アミノレブリン酸脱水酵素など)が阻害され、貧血(赤血球の好塩基性斑点を伴う)、尿中δ-アミノレブリン酸やコプロポルフィリンの増加をきたす。ほかに腹部疝痛(鉛疝痛)、橈骨神経麻痺による下垂手などの末梢神経障害、腎障害がみられる。四エチル鉛などの有機鉛では精神神経症状が主体となる。間質性肺炎を起こす代表的な物質ではなく、液晶パネル製造との関連も乏しい。
- ×b. ヒ素
ヒ素は鉱山・金属精錬、農薬、半導体材料(ヒ化ガリウム)などで曝露しうる。急性中毒では嘔吐・下痢などの激しい消化器症状や循環不全をきたす。慢性中毒では皮膚の色素沈着・脱色素斑や角化症、Bowen病などの皮膚癌、多発性神経炎、鼻中隔穿孔、肺癌などが問題となる。微細粒子の沈着による間質性肺炎の原因としては典型的でなく、本例の経過とは合わない。
- ×c. 水銀
水銀は形態によって障害の現れ方が異なる。金属水銀の蒸気を高濃度で吸入すると急性の化学性肺炎(間質性肺炎)を起こすことがあるが、加熱などによる大量曝露の場合に限られる。慢性の水銀蒸気曝露では振戦、精神症状(易刺激性など)、歯肉炎がみられる。無機水銀は消化管障害や腎尿細管障害を、メチル水銀などの有機水銀はHunter-Russell症候群(求心性視野狭窄、小脳性運動失調、構音障害、感覚障害など)を起こし、水俣病の原因となった。本例のような慢性経過で肺組織に微細粒子が沈着する病像とは合わず、液晶パネル製造とも結びつかない。
- ×d. クロム
六価クロム(クロム酸塩・重クロム酸塩)は強い酸化力をもち、クロムめっき、顔料、クロム酸塩製造などの職場で曝露される。皮膚に触れると接触皮膚炎や痛みの少ない深い潰瘍(クロム潰瘍)を生じ、ミストや粉じんを吸入すると鼻粘膜の潰瘍や鼻中隔穿孔、気管支炎を起こす。晩発障害としては肺癌や鼻腔・副鼻腔癌が重要である。間質性肺炎の原因としては典型的でなく、液晶パネル製造の作業とも合わない。
- ○e. インジウム
インジウムはITO(インジウム・スズ酸化物)として液晶パネルやタッチパネルの透明電極に広く使われる。ITOターゲットの製造・研削・研磨作業などで生じる微細なインジウム粒子を吸入すると、粒子が肺胞に沈着して間質性肺炎や肺気腫、肺胞蛋白症を起こす(インジウム肺)。かつては毒性の低い金属と考えられていたが、日本で2000年代初めに作業者の間質性肺炎が報告されて有害性が明らかになった。液晶パネル製造工場での4年間の勤務、両側のすりガラス陰影、肺生検での1μm前後の微細粒子という本例の特徴はインジウム肺に合致する。
インジウム肺の概要
・原因:インジウム・スズ酸化物(ITO)などのインジウム化合物の粉じん吸入。ITOは液晶・有機ELディスプレイ、タッチパネル、太陽電池などの透明電極材料である。 ・病態:吸入された微細粒子が肺胞や間質に沈着し、マクロファージを介した慢性炎症と線維化を起こす。病理ではコレステリン結晶を伴う肉芽腫や、肺胞蛋白症様の所見を呈することがある。 ・臨床像:乾性咳嗽、労作時呼吸困難。画像では両側のすりガラス陰影、網状影、小葉中心性の粒状影、気腫性変化などを示す。 ・検査:血清インジウム濃度(体内への蓄積の指標)や、間質性肺炎のマーカーであるKL-6・SP-Dの上昇が参考になり、作業者の健康診断でも用いられる。 ・経過:インジウムは肺から排出されにくく、曝露を止めた後も病変が進行することがある。予防(曝露防止)が最も重要である。 ・規制:2012年の特定化学物質障害予防規則の改正(2013年施行)により、インジウム化合物は特定化学物質として作業環境管理や特殊健康診断の対象となった。
職業性の金属曝露と主な健康障害
・鉛:貧血、腹部疝痛、下垂手(橈骨神経麻痺)、腎障害 ・ヒ素:皮膚の色素異常・角化症、Bowen病・皮膚癌、肺癌、末梢神経障害 ・水銀:金属水銀蒸気→振戦・精神症状・歯肉炎(大量で化学性肺炎)、無機水銀→腎障害、有機水銀→Hunter-Russell症候群(水俣病) ・六価クロム:皮膚潰瘍、鼻中隔穿孔、肺癌、鼻腔・副鼻腔癌 ・カドミウム:腎尿細管障害、骨軟化症(イタイイタイ病)、急性吸入で化学性肺炎 ・ベリリウム:慢性ベリリウム症(サルコイドーシスに似た肉芽腫性肺疾患) ・コバルト・タングステン(超硬合金):硬金属肺(巨細胞性間質性肺炎) ・マンガン:Parkinson症候群 ・ニッケル:肺癌、鼻腔癌、接触皮膚炎 ・アスベスト(金属ではないが重要):石綿肺、胸膜プラーク、悪性中皮腫、肺癌
POINT
・若年者の原因不明の間質性肺疾患では、職業歴・粉じん曝露歴を必ず確認する。 ・液晶パネル(ITO透明電極)製造+間質性肺炎+肺内の微細粒子ならインジウム肺を考える。 ・クロム:鼻中隔穿孔・肺癌、ヒ素:皮膚癌・肺癌、鉛:貧血・腹痛・下垂手、有機水銀:Hunter-Russell症候群、と金属ごとの代表的障害を整理しておく。
