「先月は陰性でした」を信じるな―生殖年齢女性の嘔吐で最初に確かめること
第112回医師国家試験 B問題 第36問
国試問題にチャレンジ
36歳の女性。悪心と嘔吐とを主訴に来院した。1週間前から微熱,悪心および全身倦怠感を自覚していた。今朝一回嘔吐した。既往歴に特記すべきことはない。月経周期30~60日,不整。最終月経は記憶していない。3週間前に市販のキットで実施した妊娠反応は陰性であったという。母親は糖尿病で治療を受けている。身長159cm,体重49kg。体温37.0℃。脈拍72/分,整。血圧102/58mmHg。皮膚は乾燥している。腹部は平坦で,圧痛を認めない。 まず行うべきなのはどれか。
- a.腹部CT
- b.妊娠反応
- c.脳脊髄液検査
- d.上部消化管内視鏡検査
- e.経口ブドウ糖負荷試験
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
生殖年齢女性が悪心・嘔吐を訴えた場合は、本人の申告や過去の検査結果にかかわらず、まず尿中hCGによる妊娠反応で妊娠の有無を確認します。月経不整や最終月経不明では月経の遅れから妊娠を推定できず、数週間前の陰性結果も当時hCGが検出感度未満だったことを示すにすぎません。微熱(高温相持続)、悪心・嘔吐(つわり)、倦怠感は妊娠初期症状として説明でき、妊娠反応は簡便・非侵襲的で、その結果がCTや薬剤使用など後の診療の安全性を左右します。陽性なら経腟超音波で異所性妊娠を除外し、妊娠悪阻への進展やWernicke脳症にも注意します。「女性を診たら妊娠を考える」という原則は、不要な被曝や薬剤曝露を防ぎ、異所性妊娠などの重大な病態を見逃さないための基本です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・36歳の生殖年齢女性で、1週間前からの微熱、悪心、全身倦怠感があり、今朝1回嘔吐した。 ・月経周期は30~60日と不整で、最終月経を覚えていない。 ・3週間前に自分で市販の妊娠検査キットを使っており、本人に妊娠の心当たりがあることがうかがえる(結果は陰性)。 ・体温37.0℃と微熱程度、脈拍・血圧は正常範囲。皮膚の乾燥は嘔吐・摂食不良による軽い脱水を示唆する。 ・腹部は平坦で圧痛がなく、腹膜刺激症状や急性腹症を思わせる所見はない。頭痛や項部硬直などの神経所見の記載もない。
診断へのプロセス
生殖年齢の女性が悪心・嘔吐を訴えた場合、どのような症状であってもまず妊娠の可能性を確認するのが原則である。本例では月経周期が不整で最終月経も不明なため、月経の遅れから妊娠を推定することができない。さらに、3週間前の妊娠反応陰性は「その時点では尿中hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)が検出感度未満であった」ことを示すにすぎず、その後に妊娠が成立した場合や、受精・着床の直後で検査が早すぎた場合には、現在は陽性になりうる。 妊娠初期の体温上昇(黄体ホルモンによる高温相の持続で微熱が出る)、悪心・嘔吐(つわり)、全身倦怠感はいずれも妊娠初期によくみられる症状であり、本例の症状はこれで矛盾なく説明できる。一方、バイタルサインは安定し、腹部所見も乏しいため、消化器疾患や感染症など緊急性の高い疾患を積極的に疑う根拠は少ない。
設問の考え方
「まず行うべき」検査は、(1)最も可能性の高い病態を確かめられる、(2)簡便・低侵襲・安価である、(3)その結果によって後の検査や治療の安全性が左右される、という条件を満たすものである。妊娠反応は尿で数分以内に判定でき、陽性なら放射線検査や薬剤の選択に配慮が必要になるため、ほかのどの検査よりも先に行うべきである。妊娠が確認されれば、経腟超音波で胎嚢の位置(子宮内妊娠か異所性妊娠か)を確認し、脱水・ケトーシスの程度を評価して妊娠悪阻(つわりが重症化し治療を要する状態)かどうかを判断する流れになる。
選択肢考察
- ×a. 腹部CT
腹部に圧痛はなく、腸閉塞や虫垂炎など画像で急いで評価すべき急性腹症を示唆する所見がない。また妊娠の可能性が否定できない段階で腹部CTを行うと、器官形成期の胎児に不要な放射線被曝を与えるおそれがある。妊娠の有無を確かめる前に第一に選ぶ検査ではない。
- ○b. 妊娠反応
生殖年齢女性の悪心・嘔吐では、まず妊娠を除外または確認する必要がある。本例は月経不整で最終月経が不明なうえ、3週間前の陰性結果は現在の妊娠を否定する根拠にならない。微熱・悪心・倦怠感は妊娠初期症状に合致し、尿中hCGの検査は簡便・非侵襲的ですぐ結果が出る。陽性であれば以後のCTや薬剤使用の判断も変わるため、最優先で行うべき検査である。
- ×c. 脳脊髄液検査
脳脊髄液検査(腰椎穿刺)は髄膜炎や脳炎、くも膜下出血などを疑うときに行う侵襲的検査である。嘔吐はあるものの、頭痛、意識障害、項部硬直などの髄膜刺激徴候や神経症状の記載がなく、行う適応はない。
- ×d. 上部消化管内視鏡検査
悪心・嘔吐の原因として胃・十二指腸疾患は頻度が高いが、本例には心窩部痛、吐血・黒色便、体重減少など、消化性潰瘍や上部消化管腫瘍を強く疑う所見がない。内視鏡は侵襲を伴い、鎮静薬などの使用も妊娠の有無で配慮が変わる。妊娠を確認する前に優先する検査ではない。
- ×e. 経口ブドウ糖負荷試験
母親が糖尿病で治療中という家族歴は、本人の耐糖能異常のリスク因子であり、妊娠していれば妊娠中の耐糖能評価で注意すべき点である。しかし口渇・多飲・多尿などの高血糖症状はなく、今回の悪心・嘔吐の原因検索として最初に行う検査ではない。さらに、嘔吐している患者に75gのブドウ糖液を飲ませる負荷試験は実施自体が困難である。
妊娠反応(尿中hCG検査)の基礎
・hCGは受精卵が着床した後、絨毛の合胞体栄養細胞から分泌される糖蛋白ホルモンで、妊娠黄体を維持する働きをもつ。 ・市販や外来の尿妊娠検査は免疫学的測定法でhCGを検出し、検出感度はおおむね25~50 IU/L(mIU/mL)である。 ・正常妊娠ではhCGは妊娠初期に急速に増加し、次の月経予定日(妊娠4週頃)前後には多くの場合陽性となる。それより早い時期に検査すると、妊娠していても陰性(偽陰性)となりうる。 ・月経周期が不整な女性では排卵時期がずれるため、「月経が遅れたら検査する」という目安が使いにくく、偽陰性や検査時期の誤りが起こりやすい。
妊娠初期の症状
・つわり:妊娠5~6週頃から始まり、12~16週頃までに軽快することが多い悪心・嘔吐・食欲不振。 ・妊娠悪阻:つわりが重症化し、脱水、体重減少、ケトン体尿、電解質異常などを来して治療が必要となった状態。重症例ではビタミンB1欠乏によるWernicke脳症に注意する。 ・基礎体温の高温相持続による微熱、倦怠感、眠気、乳房緊満感なども妊娠初期によくみられる。
生殖年齢女性の診療の原則
・腹痛、悪心・嘔吐、不正性器出血などを訴える生殖年齢女性では、本人の申告にかかわらず妊娠反応を確認する。 ・妊娠が判明した場合は、異所性妊娠の除外(経腟超音波で子宮内に胎嚢を確認)を行い、放射線検査や催奇形性のある薬剤の使用を慎重に判断する。
POINT
・生殖年齢女性の悪心・嘔吐では、まず妊娠反応で妊娠の有無を確認する。 ・過去の妊娠反応陰性、月経不整、最終月経不明は妊娠を否定する根拠にならない。 ・妊娠反応は簡便・非侵襲的で、その結果がCTや薬剤など後の診療の安全性を左右する。 ・妊娠初期症状:悪心・嘔吐(つわり)、微熱(高温相持続)、倦怠感。
