破水のあとに突然くる嵐―羊水塞栓症は「心肺虚脱」と「止まらない出血」で考える
第112回医師国家試験 A問題 第7問
国試問題にチャレンジ
羊水塞栓症について正しいのはどれか。
- a.破水前の時期に多い。
- b.母体の予後は良好である。
- c.母体の下腹部は板状硬となる。
- d.播種性血管内凝固〈DIC〉を伴う。
- e.妊娠高血圧症候群に合併しやすい。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
羊水塞栓症は、羊水や胎児成分が破綻した血管から母体血中に流入し、破水後から分娩直後にかけて突然発症する重篤な疾患で、現在は母体のアナフィラキシー様反応が病態の中心と考えられています。急性肺高血圧・右心不全による心肺虚脱と、組織因子などによる超急性のDICが特徴で、母体死亡率は近年でも高く、予後は不良です。下腹部の板状硬は常位胎盤早期剝離の所見であり、妊娠高血圧症候群は早期剝離・子癇・HELLP症候群と関連づけて整理します。日本では分娩後の固まらない出血で始まる子宮型も重視され、弛緩出血との鑑別が難しいため、出血の性状にも注意が必要です。早期に疑い、呼吸循環管理と凝固因子補充を迷わず始めることが救命の鍵であり、産科救急の基本として押さえておきたい疾患です。
解答・解説
正解はdです
羊水塞栓症(amniotic fluid embolism: AFE)の発症時期・病態・予後・鑑別を問う問題である。
羊水塞栓症とは
羊水や胎児由来の成分(胎児の皮膚の扁平上皮細胞、胎脂、毳毛、胎便など)が、子宮頸管や胎盤付着部などの破綻した血管から母体の血中に流入して起こる、分娩周辺期の重篤な疾患である。頻度は数万分娩に1例程度とまれであるが、発症すると急激に進行し、わが国の妊産婦死亡の主要な原因の一つとなっている。
病態の考え方
かつては、流入した羊水成分が肺の毛細血管を物理的に詰まらせる「塞栓」が主病態と考えられていた。しかし現在では、羊水成分に対する母体の過剰な免疫・炎症反応(補体の活性化や肥満細胞の脱顆粒などを介するアナフィラキシー様の反応)が中心と考えられており、「妊娠のアナフィラキシー様症候群」とも呼ばれる。この反応により、肺血管の攣縮による急性肺高血圧と右心不全、続く左心不全による循環虚脱、低酸素血症が生じる。同時に、羊水中に多く含まれる組織因子などにより凝固系が一気に活性化され、短時間で凝固因子(特にフィブリノゲン)が枯渇する超急性の播種性血管内凝固(DIC)が起こる。DICと子宮の収縮不全が重なって、止まらない大量出血(産科危機的出血)を来す。
臨床像
典型的には、陣痛発来後、とくに破水後から分娩直後にかけて、突然の呼吸困難、胸部不快感、チアノーゼ、血圧低下、意識障害、けいれん、心停止などで発症する(心肺虚脱型)。一方で、わが国では心肺症状が目立たず、分娩後に子宮からのさらさらした凝固しない出血とDICで発症する病型(子宮型羊水塞栓症、DIC先行型)も重視されている。
設問への考え方
「破水後・分娩前後に急激に発症」「致死率が高い」「DICを伴う」「腹部板状硬は常位胎盤早期剝離の所見」という要点を押さえると、正解は d と判断できる。
選択肢考察
- ×a. 破水前の時期に多い。
誤り。羊水成分が母体血中に入るには、卵膜が破れて羊水が子宮外へ出られる状態になり、さらに子宮頸管や子宮下部の小血管が損傷して開いていることが必要である。そのため、発症は破水と同時、または破水後(陣痛中〜分娩直後)に多い。帝王切開中や分娩後30分以内の発症も多い。妊娠中の人工妊娠中絶や羊水穿刺などの処置が誘因となることもあるが、全体として「破水前に多い」とはいえない。
- ×b. 母体の予後は良好である。
誤り。羊水塞栓症の母体予後は不良である。古い報告では母体死亡率は60〜80%とされ、集中治療が進歩した近年の報告でも20〜40%程度と依然高い。救命できても低酸素脳症などの重い後遺症を残すことがある。胎児・新生児の予後も、母体の循環虚脱による低酸素のため不良となりやすい。
- ×c. 母体の下腹部は板状硬となる。
誤り。下腹部(子宮)が板のように硬く触れる板状硬は、常位胎盤早期剝離に特徴的な所見である。早期剝離では胎盤後血腫により子宮筋が持続的に収縮し、強い腹痛と子宮の硬化を来す。羊水塞栓症では呼吸循環障害とDICが主体で、板状硬はみられない。なお、常位胎盤早期剝離も重症のDICを起こしやすい点は共通するため、両者の鑑別点として押さえておく。
- ○d. 播種性血管内凝固〈DIC〉を伴う。
正しい。羊水には凝固を強く促進する組織因子などが多く含まれ、これが母体血中に流入すると凝固系が急激に活性化される。その結果、凝固因子と血小板が短時間で大量に消費され、フィブリノゲンが著しく低下する消費性凝固障害、すなわち超急性のDICを来す。心肺虚脱を免れた症例でもほぼ必発であり、子宮弛緩と相まって凝固しない大量出血の原因となる。治療では呼吸・循環管理とともに、新鮮凍結血漿やフィブリノゲン製剤などによる凝固因子の補充が重要となる。
- ×e. 妊娠高血圧症候群に合併しやすい。
誤り。妊娠高血圧症候群は羊水塞栓症の主要な危険因子とはされていない。妊娠高血圧症候群に合併しやすい重篤な病態としては、常位胎盤早期剝離、子癇、HELLP症候群(溶血、肝酵素上昇、血小板減少)、脳出血などを押さえておく。羊水塞栓症の危険因子として挙げられるのは、高年妊娠、経産婦、分娩誘発・陣痛促進、過強陣痛、帝王切開、前置胎盤・常位胎盤早期剝離、子宮破裂、頸管裂傷、羊水過多などである。
羊水塞栓症の病型(わが国での整理)
・心肺虚脱型: 破水後〜分娩直後に、突然の呼吸困難、低酸素血症、血圧低下、心停止を来す古典的な病型。 ・子宮型(DIC先行型): 心肺症状は軽いか遅れて現れ、分娩後に子宮から凝固しない出血が続き、急速にDICが進行する病型。子宮の浮腫や弛緩を伴い、弛緩出血と区別しにくい。
診断
臨床症状と経過から診断し、ほかの疾患(肺血栓塞栓症、アナフィラキシーショック、心筋梗塞、子癇、出血性ショックなど)を除外する。補助診断として、母体血中の胎児成分のマーカー(亜鉛コプロポルフィリン、シアリルTn抗原)や、補体(C3、C4)の低下が参考にされる。剖検では、肺血管内に胎児の扁平上皮細胞や毳毛などが証明される。
治療
特異的な治療法はなく、早期認識と集学的治療が中心である。 ・呼吸管理: 酸素投与、気管挿管・人工呼吸。 ・循環管理: 輸液、昇圧薬・強心薬。心停止時は心肺蘇生を行い、妊娠子宮が残っていれば蘇生を助けるため速やかに児を娩出する(死戦期帝王切開)。重症例では体外式膜型人工肺(ECMO)も考慮される。 ・DIC・出血対策: 新鮮凍結血漿、フィブリノゲン製剤、赤血球製剤、血小板の輸血。子宮収縮薬の投与、止血困難時は子宮動脈塞栓術や子宮摘出。 ・補体の活性化を抑える目的でC1インヒビター製剤の投与が試みられている。
産科でDICを起こしやすい疾患
常位胎盤早期剝離、羊水塞栓症、重症妊娠高血圧症候群・HELLP症候群、子宮内胎児死亡(死胎児の長期稽留)、敗血症(感染性流産など)、産科危機的出血、急性妊娠脂肪肝など。
POINT
・羊水塞栓症は破水後〜分娩直後に突然発症する。 ・主病態は急性の呼吸循環不全(心肺虚脱)と超急性DICで、母体死亡率は高い。 ・現在はアナフィラキシー様の免疫反応が病態の中心と考えられている。 ・子宮型(DIC先行型)では、分娩後の凝固しない出血が前面に立つ。 ・腹部の板状硬は常位胎盤早期剝離の所見で、羊水塞栓症ではみられない。 ・妊娠高血圧症候群は常位胎盤早期剝離・子癇・HELLP症候群と関連付けて覚える。
