閉じた穴が残した心房の傷跡―P波なき不規則リズムを読み解く
第111回医師国家試験 I問題 第65問
国試問題にチャレンジ
76歳の男性。58歳時に心不全症状のため心房中隔欠損孔閉鎖術を受けた。現在の心電図を別に示す。 認められる所見はどれか。

- a.心房粗動
- b.心房細動
- c.心房性期外収縮
- d.完全房室ブロック
- e.完全左脚ブロック
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
心房細動の心電図は、P波の消失、形・大きさ・間隔が不規則な基線の揺れ(f波)、RR間隔の絶対性不整の3つで診断します。規則的な鋸歯状のF波なら心房粗動、洞調律に早期のP'波が割り込むなら心房性期外収縮、P波とQRSが無関係で両者とも規則的な徐脈なら完全房室ブロック、QRS幅0.12秒以上なら脚ブロックと、P波・RR・QRS幅の順に確認すれば鑑別できます。心房中隔欠損症では右心系の容量負荷による心房リモデリングが閉鎖後も残り、特に中年以降に閉鎖した例では術後も心房細動が起こりやすくなります。心房細動では左心耳血栓による脳塞栓症の予防が重要で、CHADS2スコアなどで抗凝固療法の適応を評価します。系統的な心電図の読み方と、診断後のリスク評価を一連の流れとして身につけることが、臨床での不整脈対応の基本になります。
解答・解説
正解はbです
背景
76歳男性。58歳時に心不全症状を契機として心房中隔欠損症(ASD:atrial septal defect)の閉鎖術を受けている。ASDでは左房から右房へ血液が短絡(左右短絡)するため、右房・右室に長年にわたって容量負荷がかかり、心房が拡大・線維化する。この心房の構造的変化(リモデリング)は、欠損孔を閉鎖した後も完全には元に戻らず、特に成人期・中年以降に閉鎖した例では術後も心房細動や心房粗動などの心房性不整脈を起こしやすい。本例のように高齢になってから心房細動を生じることは十分に予想される経過である。
心電図の読み方
不整脈の判読は、(1) P波の有無と形、(2) RR間隔が規則的か不規則か、(3) QRS幅、(4) P波とQRS波の関係、の順に確認すると整理しやすい。 ・P波:どの誘導にも明瞭で一定の形をしたP波を確認できない。 ・基線:特にV1~V3誘導などで、形・大きさ・間隔がそろわない細かい揺れがみられる。これが心房の無秩序な興奮を反映したf波(細動波)である。鋸歯状の規則的な波(F波)ではない。 ・RR間隔:QRS波の間隔は一定でなく、全く不規則(絶対性不整脈)である。 ・QRS波:幅は狭く、心室内の伝導は正常経路(His束・脚)を通っていると考えられる。脚ブロックのような幅広いQRSはみられない。
結論
P波の消失、不規則なf波、RR間隔の絶対的不整という3つがそろっており、心房細動と判断できる。
選択肢考察
- ×a. 心房粗動
誤り。心房粗動は、心房内を一定の回路で興奮が旋回するリエントリー性の不整脈で、心房は毎分約250~350回の規則的な速さで興奮する。心電図では、基線が鋸の歯のように規則的に上下するF波(粗動波)が、特にII・III・aVF誘導やV1誘導で明瞭にみられる。房室結節はこの全てを伝えられないため、2:1、4:1など一定の比率で心室へ伝わることが多く、その場合RR間隔は規則的となる(伝導比が変動するとRR間隔が不規則になることもある)。本例の基線の揺れは不規則で細かく、規則的な鋸歯状波ではなく、RR間隔も全く不規則であるため心房粗動ではない。
- ○b. 心房細動
正しい。心房細動では心房の各部位が無秩序に毎分350~600回程度の頻度で興奮するため、心房全体としてのまとまった収縮が失われる。心電図では、(1) P波が消失し、(2) 基線に大きさ・形・間隔が不規則な細かい揺れ(f波)が出現し、(3) 房室結節を通過する興奮がランダムになるためRR間隔が全く不規則になる。本例の心電図はこの3つをすべて満たしている。ASDの既往(術後も残る心房の拡大・リモデリング)と高齢は、いずれも心房細動の危険因子である。心房細動では左心耳などに血栓が生じやすく、脳梗塞の予防のためCHADS2スコアなどを用いて抗凝固療法の適応を評価する必要がある。
- ×c. 心房性期外収縮
誤り。心房性期外収縮は、洞調律(洞結節由来のP波に続いて一定間隔でQRS波が出現するリズム)を基本とし、そこへ本来の周期より早いタイミングで、洞性P波とは形の異なるP波(P'波)とそれに続くQRS波が割り込んでくるものである。つまり診断には、基本調律として規則的な洞性P波が存在することが前提となる。本例ではどの拍にも明らかなP波がなく、基本調律そのものが洞調律ではないため、心房性期外収縮とは判断できない。
- ×d. 完全房室ブロック
誤り。完全房室ブロック(III度房室ブロック)では、心房から心室への興奮伝導が完全に途絶えている。心房は洞調律で規則的にP波を出し(PP間隔一定)、心室は房室接合部や心室からの補充調律で独立して規則的に興奮する(RR間隔一定)が、両者の間に関係がなくなる(房室解離)。心室の補充調律は徐脈となり、接合部由来なら毎分40~60回程度で幅の狭いQRS、心室由来なら毎分20~40回程度で幅の広いQRSとなる。本例はP波が認められず、RR間隔が不規則であるため該当しない。なお、心房細動に完全房室ブロックが合併すると、f波がありながらRR間隔が規則的な徐脈となるが、本例はRR間隔が不規則なのでその状態でもない。
- ×e. 完全左脚ブロック
誤り。完全左脚ブロックでは、左脚の伝導が途絶えるため心室中隔・左室の興奮が右脚側から遅れて伝わり、QRS幅が0.12秒(3mm)以上に広がる。V5・V6、I・aVL誘導では幅広く頂点にノッチを伴う(二峰性の)R波となり、Q波が消失する。V1誘導では深く幅広いQS型またはrS型を示し、ST-T変化はQRSと逆向きになる。本例のQRS波は幅が狭く、こうした変化はみられない。脚ブロックは心室内伝導の異常であり、それ自体ではP波の消失やRR間隔の不整をきたさない点も鑑別の手がかりになる。
心房中隔欠損症(ASD)と不整脈
・ASDは成人で見つかる先天性心疾患として頻度が高い。左右短絡による右心系の容量負荷が長く続くと、右房・右室の拡大、肺高血圧、心不全、心房性不整脈をきたす。 ・ASDの心電図では、右室容量負荷を反映して不完全右脚ブロック型(V1でrsR'型)や右軸偏位がみられることが多い。 ・閉鎖術(外科手術またはカテーテルによる閉鎖)の後も、閉鎖時の年齢が高いほど心房細動・心房粗動が残存または新たに出現しやすい。
心房細動の要点
・心電図:P波消失、f波、RR間隔の絶対性不整。 ・原因・危険因子:加齢、高血圧、弁膜症(特に僧帽弁疾患)、心不全、虚血性心疾患、先天性心疾患、甲状腺機能亢進症、飲酒、睡眠時無呼吸症候群など。 ・合併症:心房のまとまった収縮が失われて左心耳に血栓ができやすく、心原性脳塞栓症の原因となる。頻拍が持続すると心不全を起こす(頻拍誘発性心筋症)。 ・治療の柱:(1) 血栓塞栓症の予防(CHADS2スコアなどで評価し、直接経口抗凝固薬〈DOAC〉やワルファリンを使用。機械弁置換後や中等度以上の僧帽弁狭窄症ではワルファリン)、(2) 心拍数調節(β遮断薬、非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬、ジギタリスなど)、(3) 洞調律の維持(抗不整脈薬、電気的除細動、カテーテルアブレーション)。
主な不整脈の心電図の鑑別
・心房細動:P波なし、不規則なf波、RR不規則。 ・心房粗動:規則的な鋸歯状F波、RR規則的なことが多い(伝導比が一定なら)。 ・心房性期外収縮:洞調律の中に早期の異所性P'波とそれに続く正常幅のQRS。 ・心室性期外収縮:先行するP波のない早期の幅広いQRS。 ・完全房室ブロック:PP一定・RR一定だがP波とQRS波が無関係(房室解離)、徐脈。 ・完全左脚ブロック:QRS幅0.12秒以上、V5・V6で幅広い二峰性R波、V1でQS型またはrS型。
POINT
・心房細動の心電図3要素:P波消失、f波(不規則な基線の揺れ)、RR間隔の絶対性不整。 ・心房粗動は規則的な鋸歯状のF波で、RR間隔は一定のことが多い。 ・心房中隔欠損症では右心系の容量負荷による心房リモデリングのため、閉鎖術後も心房細動・心房粗動が起こりやすい。 ・心房細動では脳塞栓症予防のため抗凝固療法の適応を評価する。
