炎症が癌を育てる―潰瘍性大腸炎と「炎症性発癌」の基本
第111回医師国家試験 I問題 第19問
国試問題にチャレンジ
大腸疾患のうち大腸癌の発生母地となるのはどれか。
- a.憩室炎
- b.Crohn病
- c.虚血性腸炎
- d.巨大結腸症
- e.潰瘍性大腸炎
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
大腸癌の多くは腺腫を経るadenoma-carcinoma sequenceやde novo経路で生じますが、粘膜の慢性炎症が長期間続くと「炎症→異形成→癌」と進む炎症性発癌が起こり、その代表が潰瘍性大腸炎です。リスクは発症後8〜10年ほどから上昇し、罹患期間の長さ、全大腸炎型などの病変範囲の広さ、炎症の持続、原発性硬化性胆管炎の合併で高まるため、長期罹患例では定期的な内視鏡サーベイランスが推奨されます。Crohn病も癌を合併しうるものの、日本では痔瘻癌や小腸癌が特徴的で、憩室炎や虚血性腸炎は一過性・限局的な病態として癌の母地とはみなされず、巨大結腸症は拡張状態の総称にすぎません。潰瘍性大腸炎関連癌は若年・平坦・多発で見つけにくく、p53異常が早期に起こる点で通常の大腸癌と異なります。「慢性炎症が癌を育てる」という視点は、家族性大腸腺腫症やLynch症候群などの遺伝性リスクと合わせて、大腸癌のリスク評価と検診戦略を考える基礎になります。
解答・解説
正解はeです
大腸癌の大部分は、腺腫(良性の腫瘍性ポリープ)が遺伝子変異を積み重ねて癌化する経路(adenoma-carcinoma sequence)や、腺腫を経ずに平坦な粘膜から直接癌が生じる経路(de novo癌)によって発生する。これとは別に、粘膜の慢性炎症が長期間続くことで、炎症→異形成(dysplasia)→癌と進む経路があり、これを炎症性発癌という。こうして生じる癌は colitis-associated cancer(炎症性腸疾患関連大腸癌)と呼ばれる。 本問は「疾患そのものが大腸癌の発生母地となる」ものを問うている。選択肢のうち、大腸粘膜に広範囲で慢性・反復性の炎症を起こし、罹患期間と炎症範囲に応じて大腸癌リスクが上がることが確立しているのは潰瘍性大腸炎である。憩室炎や虚血性腸炎は一過性あるいは限局的な病態で、癌の母地とはみなされない。巨大結腸症は腸管の拡張状態を指す総称であり、それ自体が癌を生むわけではない。Crohn病でも癌の合併はありうるが、大腸癌の発生母地として最も代表的で試験上も確立しているのは潰瘍性大腸炎である。
選択肢考察
- ×a. 憩室炎
大腸憩室は腸管壁の筋層の弱い部分から粘膜が外へ袋状に突出したもので(筋層を欠く仮性憩室)、日本では右側結腸、高齢者ではS状結腸に多い。憩室炎は憩室内に糞便が貯留するなどして起こる急性炎症で、抗菌薬や腸管安静で軽快することが多い。憩室や憩室炎が大腸癌の発生母地になるという関連は示されていない。ただし、S状結腸の憩室炎では炎症による壁肥厚・狭窄が癌と紛らわしいことがあるため、炎症が落ち着いた後に大腸内視鏡で癌を除外することが勧められる。
- ×b. Crohn病
Crohn病は口腔から肛門までの消化管のどこにでも、非連続性(skip lesion)に全層性の肉芽腫性炎症を起こす炎症性腸疾患である。長期経過例では癌の合併が報告されており、日本では特に痔瘻に発生する癌(痔瘻癌)や直腸肛門部癌が問題となり、小腸癌のリスクも上昇する。大腸に広く病変をもつ例では大腸癌リスクも高まるとされる。しかし、大腸粘膜全体の慢性炎症を背景とした大腸癌の発生母地として確立し、サーベイランスの体系が整っている代表疾患は潰瘍性大腸炎であり、本問で一つ選ぶなら潰瘍性大腸炎となる。
- ×c. 虚血性腸炎
虚血性腸炎は主幹動脈の明らかな閉塞を伴わずに大腸の血流が一時的に低下して生じる粘膜傷害で、高齢者や便秘のある人に多く、左側結腸(下行結腸〜S状結腸)が好発部位である。突然の腹痛に続く下痢・下血で発症し、多くは保存的治療で1〜2週間程度で治癒する一過性型である。慢性炎症が持続する病態ではなく、大腸癌の発生母地となるという関連は知られていない。なお、癌による狭窄の口側で虚血性病変が起こること(閉塞性大腸炎)はあるが、これは癌が原因で虚血が生じるという逆の関係である。
- ×d. 巨大結腸症
巨大結腸症は結腸が異常に拡張した状態の総称で、先天性のHirschsprung病(腸管神経節細胞の欠如)、Chagas病、慢性の偽性腸閉塞、潰瘍性大腸炎などに伴う中毒性巨大結腸症など、さまざまな原因で起こる。拡張状態そのものが大腸癌の発生母地になるという知見はない。ただし、背景にある原疾患(例えば潰瘍性大腸炎)が癌リスクをもつ場合があるので、その点は原疾患に応じて考える必要がある。
- ○e. 潰瘍性大腸炎
潰瘍性大腸炎は直腸から口側へ連続性に広がる、粘膜を主座とした慢性炎症性疾患である。炎症と再生を長年繰り返すことで粘膜に異形成が生じ、そこから癌が発生する(colitis-associated cancer)。癌のリスクは発症から約8〜10年を過ぎると上昇し、罹患期間が長いほど、病変範囲が広いほど(全大腸炎型で最も高い)、炎症が強く持続するほど高くなる。原発性硬化性胆管炎の合併や大腸癌の家族歴もリスクを高める。このため、長期罹患例では定期的な大腸内視鏡によるサーベイランスが推奨されている。
潰瘍性大腸炎関連大腸癌の特徴
・発症年齢が通常の大腸癌より若い傾向がある。 ・平坦・陥凹型で境界が不明瞭な病変が多く、炎症粘膜と区別しにくいため内視鏡で見つけにくい。 ・多発しやすく、低分化腺癌や粘液癌の割合が比較的高い。 ・発癌過程では、通常の腺腫経路とは異なり、p53遺伝子の異常が早期から起こり、APC遺伝子の異常は遅れて起こるとされる。 ・サーベイランスでは色素内視鏡や拡大観察、狙撃生検を組み合わせる。高度異形成や癌が見つかった場合は大腸全摘術の適応となる。
大腸癌の主なリスク因子
・腺腫性ポリープ(adenoma-carcinoma sequence) ・家族性大腸腺腫症(家族性腺腫性ポリポーシス、FAP):APC遺伝子の生殖細胞系列変異による常染色体顕性(優性)遺伝で、大腸に多数の腺腫が生じ、放置するとほぼ全例で大腸癌になるため、予防的大腸全摘術が行われる。 ・Lynch症候群:ミスマッチ修復遺伝子(MLH1、MSH2、MSH6、PMS2など)の生殖細胞系列変異による常染色体顕性(優性)遺伝で、若年発症・多発・右側結腸に多い大腸癌のほか、子宮内膜癌などの他臓器癌も起こしやすい。 ・炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、大腸型Crohn病) ・生活習慣:赤肉・加工肉の摂取、飲酒、喫煙、肥満、運動不足
Crohn病と癌
日本では痔瘻癌(直腸肛門部癌)が特徴的で、痔瘻の長期経過例で疼痛や分泌物の性状変化があれば癌を疑う。小腸癌も増加する。
POINT
・慢性炎症を背景に大腸癌(colitis-associated cancer)が発生する代表疾患は潰瘍性大腸炎。 ・リスクは罹患期間(約8〜10年以上)、病変範囲(全大腸炎型)、炎症の持続、原発性硬化性胆管炎の合併で高まる → 定期的な内視鏡サーベイランス。 ・Crohn病では痔瘻癌・小腸癌に注意。 ・憩室炎・虚血性腸炎は癌の母地ではない。 ・遺伝性の大腸癌リスク:家族性大腸腺腫症(APC)、Lynch症候群(ミスマッチ修復遺伝子)。
