握りこぶしから親指がはみ出したら―母指徴候と手首徴候が教えるMarfan症候群
第111回医師国家試験 I問題 第16問
国試問題にチャレンジ
健常成人の手の写真(A)(B)を別に示す。 これらの握り方や組み方が特徴的な所見を示すのはどれか。

- a.Cushing症候群
- b.Ehlers-Danlos症候群
- c.Klinefelter症候群
- d.Marfan症候群
- e.Turner症候群
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
握りこぶしの中に母指を入れたときに母指の末節が尺側縁から突出する母指徴候(Steinberg徴候)と、片手の母指と小指で反対側の手首を握ったときに両指の末節が重なる手首徴候(Walker-Murdoch徴候)は、クモ状指を簡便に評価する手技で、Marfan症候群で陽性となります。Marfan症候群はFBN1遺伝子変異による常染色体顕性遺伝の結合組織疾患で、大動脈基部拡張と水晶体偏位が改訂Ghent基準の2本柱であり、両徴候は全身所見スコアに加点されます。Ehlers-Danlos症候群は皮膚の過伸展と関節過可動性、Klinefelter症候群は類宦官体型、Turner症候群は低身長・翼状頸・外反肘が特徴で、クモ状指は示しません。大動脈解離が予後を左右するため、高身長・痩せ型の若年者や自然気胸の患者でこれらの徴候に気づくことは、早期診断と突然死の予防につながります。
解答・解説
正解はdです
写真は健常成人で2種類の手の診察手技を行ったものである。
写真の読み取り
(A)母指を手掌の中に折り込み、その上から残りの4指で握りこぶしを作っている。健常者では、母指の先端は握った手の尺側縁(小指側の縁)から外へはみ出さず、こぶしの中に収まっている。これは母指徴候(thumb sign、Steinberg徴候)をみる手技である。 (B)一方の手の母指と小指で反対側の手首を巻くように握っている。健常者では、母指と小指の先端は手首を一周しきれず、重なり合わない。これは手首徴候(wrist sign、Walker-Murdoch徴候)をみる手技である。
何を見ている手技か
いずれも指が細長いこと(クモ状指、arachnodactyly)と関節の過可動性、手首の細さを簡便に評価する手技である。指が長い疾患では、(A)で母指の末節がこぶしの尺側縁から突出し(母指徴候陽性)、(B)では母指の末節と小指が重なり合う(手首徴候陽性)。
考え方
クモ状指を特徴とし、この2つの徴候が診断の手がかりとして用いられる代表的疾患はMarfan症候群である。したがって、写真の握り方・組み方で特徴的な(陽性の)所見を示すのはMarfan症候群と判断できる。
選択肢考察
- ×a. Cushing症候群
誤り。Cushing症候群はコルチゾールの過剰によって生じ、満月様顔貌、中心性肥満、野牛肩(buffalo hump)、赤紫色の皮膚線条、皮膚の菲薄化と易出血性、近位筋の筋力低下、高血圧、耐糖能異常、骨粗鬆症などを示す。四肢はむしろ細くなるが、これは筋萎縮によるもので指が長くなるわけではなく、母指徴候や手首徴候が陽性になる疾患ではない。
- ×b. Ehlers-Danlos症候群
誤り。Ehlers-Danlos症候群はコラーゲンやその修飾酵素の遺伝子異常による結合組織疾患で、皮膚の過伸展性、関節の過可動性、組織の脆弱性(傷が治りにくい、萎縮性瘢痕、易出血性)を特徴とする。血管型ではⅢ型コラーゲン遺伝子(COL3A1)の異常により動脈や腸管の破裂をきたしうる。関節が柔らかいことは特徴だが、指が長いクモ状指は本症の特徴ではなく、母指徴候・手首徴候が典型所見とされるのはMarfan症候群である。関節過可動性の評価にはBeightonスコア(小指の背屈、母指を前腕につける、肘・膝の過伸展、前屈で手掌が床につくか)が用いられる。
- ×c. Klinefelter症候群
誤り。Klinefelter症候群は男性で過剰なX染色体をもつ性染色体異常(代表的な核型は47,XXY)である。高身長で、下肢が長く指極(両腕を広げた長さ)が身長を上回る類宦官体型を示し、小さく硬い精巣、無精子症による不妊、女性化乳房、テストステロン低値とゴナドトロピン高値(原発性性腺機能低下症)を特徴とする。四肢が長い体型ではあるが、Marfan症候群のようなクモ状指を特徴とする疾患ではなく、母指徴候・手首徴候は本症の診断に用いる所見ではない。
- ○d. Marfan症候群
正しい。Marfan症候群は、細胞外マトリックスの微細線維を構成するフィブリリン1の遺伝子(FBN1、第15染色体)の変異による常染色体顕性(優性)遺伝の全身性結合組織疾患である。骨格系では高身長、長い四肢、クモ状指、漏斗胸・鳩胸、側弯症などがみられる。指が細長く関節が柔らかいため、(A)の握り方では母指の末節がこぶしの尺側縁から突出し(母指徴候陽性)、(B)では手首を握った母指と小指の末節が重なる(手首徴候陽性)。両徴候は改訂Ghent基準の全身所見スコアに含まれる重要な身体所見である。
- ×e. Turner症候群
誤り。Turner症候群はX染色体の全部または一部の欠失(代表的な核型は45,X)による女性の性染色体異常である。低身長、翼状頸、盾状胸、外反肘、第4中手骨の短縮、原発性無月経を含む性腺機能不全(索状性腺)、大動脈縮窄症や大動脈二尖弁などを特徴とする。低身長で指もむしろ短い傾向にあり、母指徴候・手首徴候が陽性になる疾患ではない。
母指徴候と手首徴候の判定
・母指徴候(Steinberg徴候): 母指を手掌に折り込んで握りこぶしを作ったとき、母指の末節全体がこぶしの尺側縁から突出すれば陽性。 ・手首徴候(Walker-Murdoch徴候): 片手の母指と小指で反対側の手首を握ったとき、母指の末節と小指が重なり合えば陽性。 ・健常者ではいずれも陰性で、本問の写真(A)(B)は陰性所見を示している。
Marfan症候群の概要
・病因: FBN1遺伝子変異によるフィブリリン1の異常。TGF-β(トランスフォーミング増殖因子β)シグナルの過剰な活性化も病態に関与する。常染色体顕性遺伝であるが、新生突然変異による孤発例も約1/4ある。 ・心血管系: 大動脈基部の拡張(大動脈弁輪拡張症)、大動脈弁閉鎖不全症、大動脈解離、僧帽弁逸脱症。大動脈解離・破裂は生命予後を左右する最も重要な合併症である。 ・眼: 水晶体偏位(水晶体亜脱臼。典型的には上方・耳側へ偏位する)、強度近視、網膜剝離。 ・骨格: 高身長、指極が身長より長い、上節/下節比の低下、クモ状指、漏斗胸・鳩胸、側弯症、扁平足など。 ・その他: 自然気胸、硬膜拡張症、皮膚線条。
診断(改訂Ghent基準、2010年)
・大動脈基部の拡張と水晶体偏位が重要な2本柱であり、家族歴がない場合、この2つがそろえば診断できる。 ・全身所見はスコア化され、母指徴候と手首徴候の両方が陽性なら3点、一方のみなら1点が加算される。
治療・管理
・定期的な心エコーなどで大動脈径を経過観察し、β遮断薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬で大動脈拡張の進行抑制を図る。 ・大動脈基部の拡張が一定以上に進行した場合は予防的手術(大動脈基部置換術など)を行う。 ・激しい接触スポーツや等尺性運動は避けるよう指導する。
鑑別すべき類似疾患
・ホモシスチン尿症: Marfan様体型と水晶体偏位を示すが、水晶体は下方に偏位しやすく、知的障害や血栓症を伴う。 ・Loeys-Dietz症候群: TGF-β受容体遺伝子異常による。動脈蛇行、両眼隔離、二分口蓋垂などを伴い、大動脈解離をより若年で起こしやすい。
POINT
・母指徴候(握りこぶしから母指先端が突出)と手首徴候(手首を握った母指と小指が重なる)はクモ状指を示すMarfan症候群の身体所見である。 ・写真の健常者ではいずれも陰性である。 ・Marfan症候群: FBN1遺伝子異常、常染色体顕性遺伝。大動脈基部拡張・大動脈解離、水晶体偏位(上方)、高身長・クモ状指・漏斗胸・側弯症、自然気胸。 ・Ehlers-Danlos症候群は皮膚の過伸展と関節の過可動性、Klinefelter症候群は類宦官体型、Turner症候群は低身長・翼状頸・外反肘が特徴である。
