「検査を続けましょう」は優しさか―死別後の不眠・食欲低下に向き合う医療面接
第111回医師国家試験 H問題 第26問
国試問題にチャレンジ
83歳の女性。1か月前から続く不眠と食欲低下とを主訴に来院した。高血圧症で自宅近くの診療所を定期受診しており,血圧コントロールは良好である。既往歴に特記すべきことはない。血液検査,腹部超音波検査および上部消化管内視鏡検査で異常を認めない。半年前に夫を1年間の看病の後に亡くしている。 医療面接における医師の発言として適切でないのはどれか。
- a.「体重の変化はいかがですか」
- b.「死にたいと考えたりしたことはありませんか」
- c.「長期間にわたり看病されたのですね,頑張りましたね」
- d.「原因が明らかになるまで検査を繰り返し続けましょう」
- e.「ここ半年の体の調子や気持ちの面での変化を教えてください」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
高齢者が不眠や食欲低下を訴え、十分な身体的検索で異常がなく、配偶者との死別などの喪失体験がある場合は、身体症状が前景に立つうつ病を考えます。医療面接では、体重変化などの診断に必要な症状の確認、希死念慮の率直な確認、看病へのねぎらいによる信頼関係の構築、開かれた質問による語りの引き出しが求められます。一方、根拠なく検査を繰り返すことは患者の負担と不安を増し、心理的背景への対応を遅らせるため不適切です。正常な悲嘆とうつ病の区別や、偽性認知症との鑑別も念頭に置く必要があります。身体症状の背後にある心理社会的要因に気づく面接技術は、高齢者診療全般の質を左右する重要な基本です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・83歳女性、1か月続く不眠と食欲低下。 ・高血圧症は良好にコントロールされ、ほかに既往はない。 ・血液検査、腹部超音波検査、上部消化管内視鏡検査で異常なし → 食欲低下を説明する明らかな身体疾患(消化器疾患、貧血、電解質異常、甲状腺機能異常など)は見つかっていない。 ・半年前に、1年間の看病の末に夫と死別している。
診断へのプロセス
不眠と食欲低下は身体疾患でも精神疾患でも生じる非特異的な症状である。本例では必要な身体的検索がすでに行われて異常がなく、配偶者との死別という人生でも最も大きな心理的ストレスの一つを経験している。長期の介護による心身の疲弊も加わっており、死別を契機としたうつ病(大うつ病性障害)をまず疑う。高齢者のうつ病は、抑うつ気分を自ら訴えるより、不眠・食欲不振・倦怠感・痛みなど身体症状の訴えが前面に出やすく(仮面うつ病的な病像)、見逃されやすい点に注意が必要である。認知機能低下を伴うこともあり、認知症との鑑別も念頭に置く。
設問の考え方
この段階の医療面接で求められるのは、(1)うつ病の診断に必要な症状(体重変化、気分、興味・喜びの喪失、希死念慮など)の確認、(2)自殺の危険性の評価、(3)共感とねぎらいによる信頼関係の構築、(4)開かれた質問で患者自身の言葉による語りを引き出すこと、である。一方、身体疾患の検索がすでに十分行われているのに、根拠なく検査を繰り返すことは、患者の負担を増やし、身体疾患への不安やこだわりを強めるおそれがあるため避ける。「適切でない」ものを選ぶ問題であることに注意する。
選択肢考察
- ×a. 「体重の変化はいかがですか」
適切な発言である。食欲低下の訴えが実際に体重減少を伴っているかは、症状の客観的な程度を知るうえで重要である。DSM-5のうつ病診断基準にも「1か月で5%以上などの有意な体重変化、または食欲の減退・増加」が含まれる。高齢者では体重減少が低栄養やフレイル、死亡率の上昇と関連するため、その評価としても欠かせない。
- ×b. 「死にたいと考えたりしたことはありませんか」
適切な発言である。うつ病が疑われる患者では希死念慮・自殺企図の有無を必ず確認する。高齢者、配偶者との死別、独居などは自殺の危険因子であり、本例はリスクが高い。希死念慮を率直に尋ねることで自殺を誘発することはなく、むしろ患者が苦しみを打ち明けるきっかけとなり、危険度に応じた対応(入院の検討など)につながる。
- ×c. 「長期間にわたり看病されたのですね,頑張りましたね」
適切な発言である。1年にわたる看病と死別というつらい経験に対してねぎらいの言葉をかけることは、共感的態度を示し、患者との信頼関係(ラポール)を築くうえで有効である。患者が感情や体験を語りやすくなり、支持的精神療法としての治療的な意味ももつ。
- ○d. 「原因が明らかになるまで検査を繰り返し続けましょう」
適切でない発言であり、これが正解である。血液検査・腹部超音波検査・上部消化管内視鏡検査がすでに行われて異常がなく、病歴からはうつ病などの精神的要因が強く疑われる。新たな所見や症状の変化がないまま検査を繰り返すことは、侵襲・費用・時間といった身体的・心理的負担を高齢の患者に強いるだけでなく、「何か重い病気が隠れているのでは」という不安を強め、心理的背景への目を向けにくくする。必要なのは検査の反復ではなく、精神面の評価と支援である。
- ×e. 「ここ半年の体の調子や気持ちの面での変化を教えてください」
適切な発言である。「はい・いいえ」で答えられない開かれた質問(open-ended question)により、患者が自分の言葉で状態を語れるようにし、まだ語られていない症状を引き出せる。夫との死別以降の時期を区切って身体と気分の両面を尋ねることで、抑うつ気分や興味の喪失の有無、症状の始まりと経過、死別との時間的関係を把握できる。
うつ病(大うつ病性障害)の診断:DSM-5の要点
以下の症状のうち5つ以上が2週間以上ほぼ毎日続き、少なくとも1つは(1)または(2)であること。 (1)抑うつ気分 (2)興味または喜びの著しい減退 (3)体重または食欲の著しい変化 (4)不眠または過眠 (5)精神運動焦燥または制止 (6)疲労感・気力の減退 (7)無価値感・過剰な罪責感 (8)思考力・集中力の減退、決断困難 (9)死についての反復思考、希死念慮、自殺企図
高齢者のうつ病の特徴
・身体症状(不眠、食欲不振、便秘、頭痛・腰痛など)や心気的な訴えが目立ち、抑うつ気分の訴えは目立たないことがある。 ・不安・焦燥が強いことが多い。 ・記憶力や集中力の低下が目立ち、認知症と紛らわしいことがある(うつ病による偽性認知症)。 ・自殺のリスクが高い。 ・誘因として死別、退職、身体疾患、転居などの喪失体験が多い。
死別反応(悲嘆)とうつ病
死別後の悲しみ、不眠、食欲低下は正常な悲嘆反応としても起こりうる。正常な悲嘆では故人への思慕や悲しみが波のように訪れ、自己評価は保たれることが多いのに対し、うつ病では持続的な抑うつ気分、広範な興味の喪失、無価値感が目立つ。DSM-5では死別後であってもうつ病の基準を満たせばうつ病と診断できるようになった。また、死別後1年以上(小児・青年では6か月以上)強い悲嘆が持続し生活に支障をきたす場合は、DSM-5-TRで遷延性悲嘆症として扱われる。
医療面接の基本
・開かれた質問から始め、必要に応じて閉じた質問で確認する。 ・傾聴、共感、ねぎらい、要約・確認を用いる。 ・うつ病が疑われたら希死念慮を必ず確認する。 ・身体疾患の除外は必要だが、十分な検索後に検査を漫然と繰り返さない。
POINT
・高齢者の不眠・食欲低下で身体的検索が陰性なら、喪失体験(配偶者との死別など)を背景としたうつ病を考える。 ・うつ病を疑ったら体重変化と希死念慮を必ず確認する。希死念慮を尋ねても自殺は誘発されない。 ・共感・ねぎらいと開かれた質問で信頼関係を築き、情報を引き出す。 ・十分な検査で異常がない場合、根拠のない検査の反復は患者の負担と不安を増すため不適切。 ・高齢者のうつ病は身体症状が前面に出やすく、認知症との鑑別も重要。
