StudyMed医師国家試験

鉛が奪うのは「骨髄」ではなく「ヘム」―職業病の組合せを有害因子から読み解く

第111回医師国家試験 E問題 第32問

国試問題にチャレンジ

第111回 E問題 第32問

作業とその影響の組合せで誤っているのはどれか。

  1. a.VDT作業 ―― 頸肩腕症候群
  2. b.長時間労働 ―― 自殺
  3. c.鉛取扱い作業 ―― 再生不良性貧血
  4. d.石綿取扱い作業 ―― 胸膜中皮腫
  5. e.振動工具取扱い作業 ―― 末梢循環不全

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、代表的な職業病について「どんな作業が、どんな健康障害を起こすか」の対応を問う問題だ。誤っている組合せを1つ選ぶ形式だから、それぞれの有害因子が体のどこを、どういう仕組みで傷つけるのかを思い浮かべながら見ていくのがコツだよ。
医学生医学生
公衆衛生の講義で職業病の一覧表を丸暗記した記憶はあるんですが、正直ごちゃごちゃになっています。
ドクタードクター
一覧表だけだと混ざりやすいよね。まず有害因子を分類しておこう。振動・騒音・電離放射線などの物理的因子、重金属・有機溶剤・粉じんなどの化学的因子、VDT作業や重量物取扱いのような作業様態の因子、そして過重労働や職場ストレスといった心理社会的因子。この枠組みに当てはめると整理しやすくなる。
医学生医学生
VDT作業は作業様態の因子ですね。パソコン作業で肩こりや首の痛みが出るのは、自分の生活でも実感があります。
ドクタードクター
まさにそれ。ディスプレイを見ながら同じ姿勢を保ち、キーボードやマウスで上肢の反復動作を続けるから、首・肩・腕の痛みやしびれが主体の頸肩腕症候群が起こりやすい。眼精疲労やドライアイも典型だね。対策としては、連続作業が1時間を超えないように10〜15分程度の作業休止を入れること。なお現在はガイドラインが「情報機器作業」に改められ、タブレットやスマートフォンを使う作業も対象になっている。
医学生医学生
長時間労働と自殺は、ニュースで過労自殺という言葉をよく聞くので、正しい組合せだと思いました。
ドクタードクター
その通り。長時間労働は睡眠不足や疲労の蓄積を通じてうつ病などの精神障害を招き、自殺のリスクを高める。脳出血・脳梗塞や心筋梗塞といった脳・心臓疾患とも関連していて、いわゆる過労死の原因になる。労災認定では、発症前1か月におおむね100時間、または2〜6か月平均でおおむね80時間を超える時間外労働が、業務との関連が強いと評価される目安なんだ。
医学生医学生
石綿と胸膜中皮腫も教科書どおりですね。呼吸器内科の実習で、CTで胸膜プラークを指摘されていた患者さんがいました。
ドクタードクター
いい経験をしたね。石綿は中皮腫のほか、肺癌、下葉優位の間質性線維化をきたす石綿肺、胸膜プラーク、良性石綿胸水の原因になる。中皮腫は曝露から発症まで30〜40年程度と潜伏期間が非常に長く、比較的少量の曝露でも発症しうるのが特徴だ。胸膜プラークは曝露の指標として大事だよ。
医学生医学生
振動工具と末梢循環不全は、白ろう病のことですよね。
ドクタードクター
そう。チェーンソーや削岩機などを長く使うと、手指の血管攣縮によって寒冷時に指が真っ白になるRaynaud現象が起こる。しびれや知覚低下といった末梢神経障害、肘などの骨・関節障害も伴いうる。寒冷が増悪因子で、健診では冷水負荷後の皮膚温の回復を評価したりする。
医学生医学生
となると残るのは鉛ですね。鉛中毒で貧血になるのは覚えているので、再生不良性貧血でもいい気がしてしまいました。
ドクタードクター
そこがこの問題の落とし穴だ。鉛はヘム合成経路のδ-アミノレブリン酸脱水酵素とフェロケラターゼを阻害する。つまり骨髄で赤血球をつくる力そのものではなく、ヘモグロビンの材料であるヘムの合成が障害されるんだ。だから起こるのは小球性低色素性貧血で、末梢血では好塩基性斑点赤血球がみられる。
医学生医学生
再生不良性貧血は造血幹細胞が障害されて汎血球減少になる病気なので、仕組みがまったく違うということですね。だからこの組合せが誤り、と。
ドクタードクター
正解。血液内科の講義で習った病態の違いがそのまま効いてくる問題だね。鉛中毒では尿中δ-アミノレブリン酸やコプロポルフィリンの増加、赤血球中プロトポルフィリンの上昇が診断や特殊健診の指標になる。貧血以外にも、腹部の疝痛、便秘、橈骨神経麻痺による下垂手、歯肉の鉛縁、腎障害、小児では脳症が知られている。
医学生医学生
では、職業性に再生不良性貧血を起こす物質は何でしょうか。
ドクタードクター
代表はベンゼンだ。再生不良性貧血に加えて、白血病、とくに急性骨髄性白血病の原因にもなる。昭和30年代には、サンダル製造に使われたベンゼンを含むゴム糊で、従事者に再生不良性貧血や白血病が多発して社会問題になったんだ。
医学生医学生
鉛はヘム、ベンゼンは骨髄、と標的で区別すると混ざらなそうです。CBTの対策で語呂合わせばかりに頼っていたので、機序で覚え直します。
ドクタードクター
それがいちばん確実だよ。ほかにも、カドミウムは腎尿細管障害と骨軟化症、六価クロムは鼻中隔穿孔と肺癌、塩化ビニルモノマーは肝血管肉腫、ベンジジンやβ-ナフチルアミンは膀胱癌、ノルマルヘキサンは多発性末梢神経障害、騒音は4,000Hz付近のc⁵ディップから始まる騒音性難聴。標的臓器とセットで押さえておこう。
医学生医学生
臨床では、患者さんの職歴を聞くことが診断の糸口になるんですね。
ドクタードクター
その通り。原因不明の貧血、神経障害、間質性肺疾患などを見たら、必ず職歴と曝露歴を確認する習慣をつけてほしい。石綿のように、工場の周辺住民にまで中皮腫が出て職業病が環境問題として認識された例もあり、2006年には石綿健康被害救済法ができた。問診の一言が、患者さんの補償や予防にもつながるんだ。

まとめ

職業病は、有害因子を物理的・化学的・作業様態・心理社会的因子に分け、それぞれの標的臓器と病態を対応づけて理解すると整理しやすくなります。VDT(情報機器)作業による頸肩腕症候群、長時間労働によるうつ病・自殺や脳・心臓疾患、石綿による胸膜中皮腫、振動工具によるRaynaud現象などの末梢循環障害は、いずれも典型的な組合せです。一方、鉛はδ-アミノレブリン酸脱水酵素とフェロケラターゼを阻害してヘム合成を障害し、好塩基性斑点を伴う小球性低色素性貧血をきたすもので、造血幹細胞が障害される再生不良性貧血とは病態が異なります。職業性の再生不良性貧血や白血病の代表的な原因はベンゼンです。機序に基づいて有害因子と疾患を結びつけて覚えておくことは、試験対策にとどまらず、臨床で職歴・曝露歴から診断に迫る力の土台になります。

解答・解説

正解はcです

本問は代表的な作業関連疾患・職業病について、原因となる作業(有害因子)と健康影響の対応を問う問題であり、「誤っている」組合せを選ぶ。 職業性疾患は、有害因子の種類によって、物理的因子(振動、騒音、電離放射線、温熱など)、化学的因子(重金属、有機溶剤、粉じんなど)、作業様態に関わる因子(VDT作業・情報機器作業、重量物取扱い、長時間労働など)、心理社会的因子(過重労働、職場ストレス)に整理できる。それぞれの因子に特徴的な標的臓器・病態を対応づけて覚えておくことが解答の鍵となる。 選択肢を見ると、VDT作業と頸肩腕症候群、長時間労働と自殺、石綿と胸膜中皮腫、振動工具と末梢循環障害はいずれも典型的な組合せである。一方、鉛中毒による貧血はヘム合成の障害による小球性低色素性貧血であり、骨髄造血そのものが低下する再生不良性貧血ではない。再生不良性貧血をきたす職業性化学物質の代表はベンゼンであり、ここを取り違えないことがポイントである。

選択肢考察

  1. ×a.  VDT作業 ―― 頸肩腕症候群

    正しい組合せである。VDT(visual display terminal)作業とは、パソコンなどのディスプレイを見ながらキーボード・マウス等を操作する作業をいう。同じ姿勢の保持と上肢の反復動作により、首・肩・腕の痛みやこり、しびれを主体とする頸肩腕症候群をきたしやすい。そのほか眼精疲労・ドライアイなどの眼症状、精神的ストレスも生じる。対策として、1時間を超えない連続作業ごとに10〜15分程度の作業休止時間を設けること、作業途中の小休止、ディスプレイや机・椅子の適切な配置などが推奨される。なお、従来のVDT作業ガイドラインは令和元年に「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」に改められ、タブレットやスマートフォンを用いる作業も対象となった。

  2. ×b.  長時間労働 ―― 自殺

    正しい組合せである。長時間労働は睡眠不足や疲労の蓄積をもたらし、うつ病などの精神障害を介して自殺のリスクを高める。また脳血管疾患(脳出血、脳梗塞)や虚血性心疾患(心筋梗塞)の発症とも関連し、いわゆる過労死・過労自殺の原因となる。労災認定では、発症前1か月間におおむね100時間、または発症前2〜6か月間に月平均おおむね80時間を超える時間外労働が、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いと評価される目安とされている。労働安全衛生法では、長時間労働者に対する医師による面接指導の制度が設けられている。

  3. ○c.  鉛取扱い作業 ―― 再生不良性貧血

    誤った組合せであり、これが正解である。鉛はヘム合成経路のδ-アミノレブリン酸脱水酵素(ALAD)とフェロケラターゼを阻害するため、ヘモグロビン合成が障害され、小球性低色素性貧血をきたす。末梢血では好塩基性斑点赤血球がみられ、尿中δ-アミノレブリン酸(δ-ALA)やコプロポルフィリンの増加、赤血球中プロトポルフィリン(亜鉛プロトポルフィリン)の上昇が診断や健康診断の指標となる。貧血以外に、腹部の疝痛(鉛疝痛)、便秘、橈骨神経麻痺による下垂手などの末梢神経障害、歯肉の鉛縁、腎障害、小児では脳症も知られる。これらは骨髄の造血幹細胞が障害されて汎血球減少をきたす再生不良性貧血とは病態が異なる。職業性に再生不良性貧血を起こす代表的物質はベンゼンであり、ベンゼンは白血病(とくに急性骨髄性白血病)の原因にもなる。

  4. ×d.  石綿取扱い作業 ―― 胸膜中皮腫

    正しい組合せである。石綿(アスベスト)の吸入は、胸膜・腹膜の悪性中皮腫、肺癌、石綿肺(じん肺の一種で、下葉優位の間質性線維化)、胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)、良性石綿胸水などの原因となる。中皮腫は曝露から発症までの潜伏期間が30〜40年程度と非常に長く、比較的少量の曝露でも発症しうる点が特徴である。胸膜プラークは石綿曝露の指標として重要である。日本では2006年に石綿の製造・使用等が原則禁止され、同年に石綿健康被害救済法が施行された。

  5. ×e.  振動工具取扱い作業 ―― 末梢循環不全

    正しい組合せである。チェーンソー、削岩機、グラインダーなどの振動工具を長期間使用すると、局所振動障害(振動障害、手腕振動症候群)が生じる。その主症状は、手指の血管攣縮による末梢循環障害で、寒冷曝露時に手指が蒼白になるレイノー(Raynaud)現象(白指症、白ろう病)が典型である。そのほか手指のしびれや知覚低下などの末梢神経障害、肘関節などの骨・関節障害もみられる。寒冷が増悪因子であり、健康診断では冷水負荷試験による皮膚温回復の評価などが行われる。

主な職業性有害因子と健康影響

鉛:ヘム合成障害による小球性低色素性貧血(好塩基性斑点)、鉛疝痛、下垂手(橈骨神経麻痺)、腎障害 水銀(金属・無機):手指振戦、精神症状(易興奮性など)、歯肉炎、腎障害 有機水銀:水俣病(求心性視野狭窄、運動失調、感覚障害、構音障害) カドミウム:腎尿細管障害、骨軟化症(イタイイタイ病) クロム(六価):鼻中隔穿孔、肺癌 ベンゼン:再生不良性貧血、白血病 ノルマルヘキサン:多発性末梢神経障害 二硫化炭素:精神障害、動脈硬化、網膜微小動脈瘤 塩化ビニルモノマー:肝血管肉腫 ベンジジン・β-ナフチルアミン:膀胱癌 石綿:中皮腫、肺癌、石綿肺、胸膜プラーク 遊離ケイ酸:珪肺 振動:レイノー現象、末梢神経障害 騒音:騒音性難聴(初期は4,000Hz付近のc⁵ディップ)

社会的に問題となった事例

昭和30年代には、サンダル(ヘップサンダル)製造に用いられたベンゼン含有のゴム糊により、従事者に再生不良性貧血や白血病が多発し、社会問題となった(ヘップサンダル事件)。また2005年には、石綿製品を製造していた工場の従業員だけでなく周辺住民にも中皮腫が多発していることが報道され、石綿による健康被害が職業病にとどまらず環境(公害)の問題でもあることが認識された。これを契機に、労災補償の対象とならない被害者を救済するため、石綿健康被害救済法が制定された。

POINT

・鉛の貧血はヘム合成障害による小球性低色素性貧血(好塩基性斑点、尿中δ-ALA・コプロポルフィリン増加)であり、再生不良性貧血ではない。 ・職業性の再生不良性貧血・白血病の原因はベンゼン。 ・VDT(情報機器)作業→頸肩腕症候群・眼精疲労、長時間労働→うつ病・自殺・脳心臓疾患、石綿→中皮腫・肺癌、振動工具→レイノー現象。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。