サッカーで痛む頭の奥に―Chiari奇形Ⅰ型と脊髄空洞症
第111回医師国家試験 D問題 第40問
国試問題にチャレンジ
12歳の男児。サッカーの練習をすると頭が痛くなることを主訴に父親に連れられて来院した。安静時は体位にかかわらず頭痛はない。意識は清明。脈拍76/分,整。血圧126/74mmHg。心音と呼吸音とに異常を認めない。神経学的所見に異常を認めない。血液所見と血液生化学所見とに異常を認めない。頭部MRIのT2強調矢状断像を別に示す。 今後,発症する可能性が最も高いのはどれか。

- a.水頭症
- b.脳梗塞
- c.脊髄空洞症
- d.くも膜嚢胞
- e.小脳血管芽腫
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
咳・いきみ・運動で誘発される後頭部痛は、髄液の流れが大後頭孔で妨げられて生じることがあり、MRIで小脳扁桃のみが大後頭孔を越えて下垂し、脳幹や第4脳室の位置が保たれていればChiari奇形Ⅰ型と診断します。Ⅰ型で最も重要な合併症は脊髄空洞症で、頸髄を中心に宙吊り型の解離性感覚障害(温痛覚障害、触覚保存)、手の筋萎縮、側弯症などをきたします。一方、小脳虫部・延髄・第4脳室まで下垂するⅡ型は脊髄髄膜瘤にほぼ必発で、水頭症を高率に合併するため、Ⅰ型とⅡ型の違いを合併症とセットで整理することが重要です。症候性や脊髄空洞症を伴う例には大後頭孔減圧術が行われます。画像所見から病態の機序を考え、将来起こりうる合併症を予測する視点は、神経疾患の診療と経過観察に欠かせません。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・12歳男児。サッカーの練習(運動)で頭痛が起こり、安静時には体位にかかわらず頭痛がない。 ・意識清明、バイタルサインに大きな異常はなく、神経学的所見、血液検査にも異常はない。 ・頭部MRIのT2強調矢状断像では、小脳扁桃が大後頭孔(大孔)を越えて頸椎管内へ下垂している。一方、延髄・第4脳室・小脳虫部は下垂しておらず、脳幹の位置はほぼ保たれている。
診断へのプロセス
運動や咳・いきみなど、胸腔・腹腔内圧が上がる動作(Valsalva負荷)で誘発される頭痛は、器質的疾患がなければ一次性の労作性頭痛と考えられるが、その診断には頭蓋内の器質的病変、特に頭蓋内占拠性病変や大後頭孔周囲の異常を除外する必要がある。 本例のMRIでは小脳扁桃のみが大後頭孔より下方に嵌入しており、Chiari奇形Ⅰ型と診断できる。Chiari奇形Ⅰ型では、腹圧上昇時に大後頭孔部で脳脊髄液の流れが妨げられ、頭蓋内と脊柱管内の圧較差が生じて、後頭部〜頸部の頭痛が誘発される。本例の運動時の頭痛はこの機序で説明できる。 脳幹(延髄)や第4脳室まで下垂していないこと、脊髄髄膜瘤の既往がないことから、Ⅱ型(Arnold-Chiari奇形)ではない。
設問の考え方
Chiari奇形Ⅰ型で今後起こりうる合併症を問うている。大後頭孔での脳脊髄液の流れの障害により、脊髄の中心管周囲に液体の貯留した空洞が形成される脊髄空洞症が最も重要な合併症である。現時点では神経学的所見に異常はないが、今後空洞が出現・拡大すると、宙吊り型の解離性感覚障害(温痛覚のみ障害され触覚は保たれる)や上肢の筋萎縮、側弯症などをきたしうる。
選択肢考察
- ×a. 水頭症
水頭症を高率(約8〜9割)に合併するのはChiari奇形Ⅱ型である。Ⅱ型は脊髄髄膜瘤(二分脊椎)にほぼ必ず伴い、小脳虫部・延髄・第4脳室まで脊柱管内に下垂するため、第4脳室からの髄液流出が障害されて水頭症を生じやすい。Ⅰ型でも水頭症を合併することはあるが約1割程度と少なく、本例で最も起こりやすい合併症とはいえない。
- ×b. 脳梗塞
Chiari奇形は後頭蓋窩の骨性構造と小脳の位置関係の異常であり、脳血管の狭窄や閉塞をきたす疾患ではない。小児で脳梗塞を起こしやすい疾患としては、もやもや病(過換気で一過性脳虚血発作を誘発)や先天性心疾患、凝固異常などがあるが、本例とは関係がない。
- ○c. 脊髄空洞症
Chiari奇形Ⅰ型の代表的な合併症であり、報告によって差はあるが3〜7割程度に合併するとされる。大後頭孔部で小脳扁桃が髄液の通り道を塞ぐため、心拍や咳・いきみに伴う髄液の拍動が脊髄内へ伝わり、中心管周囲に液体が貯留して空洞が形成・拡大すると考えられている。空洞は頸髄〜上部胸髄に好発し、中心管近くで交叉する脊髄視床路線維が障害されるため、両上肢・肩に宙吊り型の解離性感覚障害(温痛覚障害、触覚・深部覚は保たれる)が生じる。進行すると前角障害による手の筋萎縮、側弯症、錐体路障害も加わる。症候性であれば大後頭孔減圧術が行われる。
- ×d. くも膜嚢胞
くも膜嚢胞は、くも膜が2葉に分かれた間に脳脊髄液が貯留する嚢胞で、ほとんどが先天性である。中頭蓋窩(シルビウス裂)に好発し、多くは無症状で偶然発見される。後天的に新たに出現することはまれで、Chiari奇形Ⅰ型との特別な関連もないため、今後発症する可能性が高い病変ではない。
- ×e. 小脳血管芽腫
小脳血管芽腫は成人の小脳に好発する良性腫瘍で、嚢胞と壁在結節を特徴とし、赤血球増多症(エリスロポエチン産生)を伴うことがある。von Hippel-Lindau病(VHL遺伝子異常による常染色体顕性〈優性〉遺伝疾患)では多発しやすく、網膜血管腫、腎細胞癌、褐色細胞腫などを合併する。Chiari奇形は腫瘍の発生母地とはならず、関連はない。
Chiari奇形の分類
・Ⅰ型: 小脳扁桃が大後頭孔を越えて頸椎管内に下垂する(一般に大後頭孔より5mm以上の下垂が目安)。延髄や第4脳室の位置はほぼ正常である。脊髄髄膜瘤の合併はない。後頭蓋窩が小さいことが背景にあると考えられている。小児期〜成人期に、咳・いきみ・運動で誘発される後頭部痛や頸部痛、脊髄空洞症に伴う症状(解離性感覚障害、上肢の筋萎縮、側弯症)、下位脳神経症状(嚥下障害、嗄声、睡眠時無呼吸など)、下眼瞼向き眼振などで発症する。無症状でMRIで偶然見つかることも多い。合併症は脊髄空洞症が多く、水頭症は約1割程度である。 ・Ⅱ型(Arnold-Chiari奇形): 小脳虫部、延髄、第4脳室まで脊柱管内に下垂する。脊髄髄膜瘤にほぼ必発で合併し、水頭症を高率に伴う。新生児期〜乳児期に吸気性喘鳴、無呼吸、嚥下障害などの脳幹症状で発症することがある。 ・Ⅲ型: 後頭部〜上位頸部の脳瘤内に小脳などが脱出する最重症型で、まれである。
治療
症状のあるⅠ型や、脊髄空洞症を伴うものに対しては大後頭孔減圧術(後頭下開頭と第1頸椎椎弓切除、必要に応じて硬膜形成)を行い、髄液の流れを改善する。Ⅱ型では脊髄髄膜瘤の閉鎖術と水頭症に対するシャント術が中心となる。
脊髄空洞症の症候
空洞は中心管周囲から広がるため、前白交連で交叉する温痛覚線維が最初に障害され、宙吊り型(ケープ状)の解離性感覚障害を生じる。前角に及ぶと手内筋の萎縮、側索に及ぶと錐体路症状が加わる。小児では側弯症が初発症状となることもある。
POINT
・小脳扁桃のみが大後頭孔を越えて下垂し、脳幹の下垂がない→Chiari奇形Ⅰ型。 ・Ⅰ型: 咳・いきみ・運動で誘発される後頭部痛。合併症は脊髄空洞症が最多(水頭症は約1割)。 ・Ⅱ型: 小脳虫部・延髄・第4脳室も下垂。脊髄髄膜瘤にほぼ必発で、水頭症を高率に合併。 ・脊髄空洞症→宙吊り型の解離性感覚障害(温痛覚障害、触覚保存)、手の筋萎縮、側弯症。 ・治療は大後頭孔減圧術。
