肛門から20cm―「どこの癌か」が「どの血管を切るか」を決める
第111回医師国家試験 D問題 第35問
国試問題にチャレンジ
69歳の女性。血便を主訴に来院した。既往歴に特記すべきことはない。下部消化管内視鏡検査で肛門から20cm口側に病変を認める。下部消化管内視鏡像を別に示す。 根治手術の際に根部で結紮切離するのはどれか。

- a.上腸間膜動脈
- b.回結腸動脈
- c.中結腸動脈
- d.下腸間膜動脈
- e.内腸骨動脈
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
肛門から約20cmの位置はS状結腸に相当し、内視鏡で周堤を伴う潰瘍性病変を認めれば2型の進行大腸癌と考えます。大腸癌の根治手術では、腫瘍を含む腸管切除とともに、栄養動脈に沿って腸管傍・中間・主リンパ節へ広がるリンパ流を考慮し、進行癌では主リンパ節まで郭清するD3郭清を行うため、支配動脈を根部で結紮切離します。S状結腸と直腸は下腸間膜動脈系に支配されるため下腸間膜動脈を根部で処理し、右側結腸癌では上腸間膜動脈本幹を温存して回結腸動脈や中結腸動脈などの枝を処理します。根部で切離しても、残存腸管の血流は辺縁動脈や内腸骨動脈系によって保たれます。癌の部位から支配動脈とリンパ流を導く考え方は、大腸癌の術式を理解するうえでの基本となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
69歳の女性が血便で受診した。既往歴はなく、下部消化管内視鏡で肛門から約20cm口側に病変がある。内視鏡像では、周堤(盛り上がった辺縁)に囲まれた潰瘍を形成する腫瘍が管腔の約2/3周を占めており、潰瘍限局型(2型)の進行大腸癌と判断できる。管腔は保たれており、腸閉塞には至っていないと考えられる。
部位の推定
肛門管はおよそ3〜4cm、直腸は肛門縁からおよそ15cm前後までであり、肛門から20cmの位置はS状結腸に相当する。内視鏡像で結腸に特徴的な半月ひだが観察されることも、S状結腸であることを支持する。以上からS状結腸癌と診断する。
設問の考え方
大腸癌の根治手術では、腫瘍を含む腸管の切除とともに、腫瘍の栄養血管に沿って広がるリンパ流を考慮したリンパ節郭清を行う。リンパ節は腸管傍リンパ節→中間リンパ節(栄養動脈に沿う)→主リンパ節(栄養動脈の根部)の順に存在し、進行癌では主リンパ節まで郭清する(D3郭清)。そのため、腫瘍の支配動脈をその根部(起始部)で結紮切離することになる。S状結腸の支配動脈は下腸間膜動脈の枝(S状結腸動脈)であり、S状結腸癌の根治手術では下腸間膜動脈を根部で処理し、周囲の主リンパ節(下腸間膜動脈根部リンパ節)を郭清する。
選択肢考察
- ×a. 上腸間膜動脈
上腸間膜動脈は腹部大動脈から第1腰椎の高さで分岐し、十二指腸下部・空腸・回腸・盲腸・上行結腸・横行結腸の右側約2/3を養う。小腸の大部分の血流を担う本幹であり、根部で結紮すれば広範な腸管壊死を招くため、大腸癌手術で切離することはない。右側結腸癌ではこの本幹から出る枝(回結腸動脈、右結腸動脈、中結腸動脈)を根部で処理し、上腸間膜動脈そのものは温存する。
- ×b. 回結腸動脈
回結腸動脈は上腸間膜動脈の枝で、回腸末端・虫垂・盲腸・上行結腸の口側を養う。盲腸癌や上行結腸癌の右半結腸切除術で根部処理される血管であり、S状結腸癌の手術では切離しない。
- ×c. 中結腸動脈
中結腸動脈は上腸間膜動脈の枝で、主に横行結腸を養う。横行結腸癌の手術で根部処理の対象となる血管であり、S状結腸癌では切離しない。
- ○d. 下腸間膜動脈
下腸間膜動脈は第3腰椎の高さで腹部大動脈から分岐し、左結腸動脈・S状結腸動脈を出して横行結腸の左側約1/3・下行結腸・S状結腸を養い、終枝の上直腸動脈として直腸の上部を養う。S状結腸癌の根治手術(S状結腸切除術)では、支配動脈であるS状結腸動脈の起始部である下腸間膜動脈を根部で結紮切離し、根部の主リンパ節まで郭清する(D3郭清)。直腸癌の手術でも同様に下腸間膜動脈根部の処理が行われる。下行結腸以下の血流は辺縁動脈を介して中結腸動脈から、直腸下部は内腸骨動脈系から供給されるため、根部で切離しても残存腸管の血流は保たれる。
- ×e. 内腸骨動脈
内腸骨動脈は総腸骨動脈から分かれ、骨盤内臓器・殿部などを養う。直腸に対しては中直腸動脈と、内陰部動脈を経由する下直腸動脈を出し、直腸中・下部と肛門管を養う。下部直腸癌で側方リンパ節郭清を行う際にはその周囲の郭清を行うが、S状結腸癌の根治手術で結紮切離する血管ではない。
大腸の動脈支配
・上腸間膜動脈系:回結腸動脈(回腸末端・盲腸・虫垂・上行結腸)、右結腸動脈(上行結腸、欠損することも多い)、中結腸動脈(横行結腸)。 ・下腸間膜動脈系:左結腸動脈(下行結腸・横行結腸左側)、S状結腸動脈(S状結腸、複数本)、上直腸動脈(直腸上部)。 ・内腸骨動脈系:中直腸動脈(直腸中部)、内陰部動脈からの下直腸動脈(直腸下部・肛門管)。 ・上下の腸間膜動脈系は結腸の腸間膜縁に沿う辺縁動脈で連絡しており、脾弯曲部付近は吻合が乏しく虚血性大腸炎の好発部位となる。
大腸癌の部位と代表的術式・処理血管
・盲腸・上行結腸癌:右半結腸切除術(回結腸動脈・右結腸動脈、必要に応じ中結腸動脈右枝を根部処理)。 ・横行結腸癌:横行結腸切除術(中結腸動脈を根部処理)。 ・下行結腸癌:左半結腸切除術(左結腸動脈を根部処理、下腸間膜動脈根部の郭清を行うこともある)。 ・S状結腸癌:S状結腸切除術(下腸間膜動脈を根部処理)。 ・直腸癌:高位前方切除術・低位前方切除術・腹会陰式直腸切断術(Miles手術)など(下腸間膜動脈を根部処理)。下部直腸癌では側方郭清を考慮する。 ※下腸間膜動脈根部のリンパ節郭清を行いつつ、左結腸動脈を温存する術式が選ばれることもある。
リンパ節郭清の範囲(大腸癌取扱い規約)
・腸管傍リンパ節→中間リンパ節→主リンパ節の順に流れる。 ・D1:腸管傍リンパ節まで、D2:中間リンパ節まで、D3:主リンパ節まで郭清。 ・術前診断で深達度がMP(固有筋層)以深、またはリンパ節転移を疑う場合はD3郭清が原則である。
肉眼型(大腸癌)
0型(表在型)、1型(隆起腫瘤型)、2型(潰瘍限局型)、3型(潰瘍浸潤型)、4型(びまん浸潤型)、5型(分類不能)。進行大腸癌では2型が最も多い。
POINT
・肛門から約20cmはS状結腸。半月ひだの存在も結腸を示す。 ・大腸癌の根治手術では、支配動脈を根部で結紮切離し、主リンパ節まで郭清する(D3郭清)。 ・S状結腸・直腸の支配動脈は下腸間膜動脈系 → S状結腸癌・直腸癌では下腸間膜動脈を根部で切離。 ・右側結腸は上腸間膜動脈の枝(回結腸・右結腸・中結腸動脈)を処理し、上腸間膜動脈本幹は温存する。 ・直腸下部・肛門管は内腸骨動脈系(中直腸・下直腸動脈)の支配。
