吐いた直後に何が裂けた?―Mallory-Weiss症候群と特発性食道破裂を「深さ」で分ける
第111回医師国家試験 D問題 第16問
国試問題にチャレンジ
嘔吐の後に急に発症するのはどれか。2つ選べ。
- a.食道アカラシア
- b.特発性食道破裂
- c.Bochdalek孔ヘルニア
- d.機能性ディスペプシア
- e.Mallory-Weiss症候群
対話形式の解説
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ドクターまとめ
嘔吐時には腹腔内圧と食道内圧が急激に上昇し、その機械的な力で食道や食道胃接合部が裂けることがあります。粘膜〜粘膜下層までの浅い裂創で吐血を来すのがMallory-Weiss症候群で、内視鏡で診断し、多くは保存的治療や内視鏡的止血で予後良好です。下部食道左側壁の全層が破れるのが特発性食道破裂(Boerhaave症候群)で、激しい胸痛、縦隔気腫、左胸水などを伴い、CTや水溶性造影剤で診断して原則緊急手術を要します。食道アカラシアは慢性の運動機能障害、Bochdalek孔ヘルニアは先天性の形態異常、機能性ディスペプシアは慢性の機能性疾患であり、嘔吐後の急性発症ではありません。「嘔吐が原因か結果か」「裂創の深さ」という視点で整理すると、救急での胸痛・吐血の鑑別にもそのまま役立ちます。
解答・解説
正解はb, eです
嘔吐が起こるときには、腹筋と横隔膜が強く収縮して腹腔内圧が急上昇する一方、胃の内容物が一気に食道へ押し上げられる。このとき上部食道括約筋がうまく開かないなど協調が乱れると、食道や食道胃接合部の内圧が瞬間的に非常に高くなり、壁が引き裂かれることがある。こうした「嘔吐による機械的な圧上昇」が直接の引き金となって急に発症する代表的な疾患が、次の2つである。 ・Mallory-Weiss症候群:食道胃接合部付近の粘膜の浅い裂創(粘膜〜粘膜下層まで)で、主症状は吐血。 ・特発性食道破裂(Boerhaave症候群):下部食道の壁全層が破れるもので、激しい胸痛・縦隔気腫などを起こす。 どちらも過度の飲酒後の嘔吐を契機とすることが多く、裂創が浅いか全層かという深さの違いが、症状・重症度・治療の違いにつながる。 他の選択肢は、嘔吐の「原因」になったり嘔吐様の症状を伴ったりすることはあっても、嘔吐の後に急に発症する疾患ではない。それぞれ、慢性の運動機能障害(食道アカラシア)、先天性の形態異常(Bochdalek孔ヘルニア)、慢性の機能性疾患(機能性ディスペプシア)である。このように、疾患の成り立ち(急性か慢性か、後天性か先天性か)から考えると判断しやすい。
選択肢考察
- ×a. 食道アカラシア
食道アカラシアは、食道壁の筋層間にあるAuerbach神経叢(筋層間神経叢)の神経細胞が変性・消失することで、食道の蠕動運動が障害され、下部食道括約筋(LES)が嚥下時に十分弛緩しなくなる疾患である。食物が食道内に停滞し、つかえ感(嚥下困難)や停滞した内容物の逆流・吐出、胸痛、体重減少などが、年単位で緩徐に進行する。嘔吐様の症状は病気の「結果」として起こるもので、嘔吐が原因で急に発症するわけではないため誤りである。
- ○b. 特発性食道破裂
特発性食道破裂(Boerhaave症候群)は、外傷や医原性の原因がないのに、嘔吐などによる急激な食道内圧の上昇で食道壁の全層が裂ける疾患である。多くは大量飲酒後の嘔吐を契機とし、構造的に弱い下部食道の左側壁(後壁寄り)に縦走する裂創ができやすい。嘔吐の直後から激しい胸痛・背部痛・上腹部痛が出現し、呼吸困難やショックを伴うこともある。嘔吐・下部胸痛・皮下気腫の組み合わせはMacklerの三徴として知られる。縦隔気腫、縦隔炎、胸水(多くは左側)、気胸などを起こし、診断はCTや水溶性造影剤による食道造影で行う。治療が遅れると致死的となるため、原則として緊急手術(破裂部の縫合閉鎖とドレナージ)が必要である。吐血の量は通常少ない。
- ×c. Bochdalek孔ヘルニア
Bochdalek孔ヘルニアは、胎生期に胸腔と腹腔を隔てる胸腹膜裂孔(横隔膜の後外側部)が閉鎖しないために生じる先天性横隔膜ヘルニアで、約9割が左側に生じる。腹部臓器が胎児期から胸腔内に入り込むため患側の肺が低形成となり、出生直後からの呼吸困難やチアノーゼが主な症状である。先天的な形態異常であり、嘔吐を契機として急に発症するものではないため誤りである。
- ×d. 機能性ディスペプシア
機能性ディスペプシアは、上部消化管内視鏡検査などで症状を説明できる器質的疾患がないにもかかわらず、食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感などの症状が慢性的に続く疾患である。国際的な診断基準(Rome IV)では、症状が6か月以上前からあり、最近3か月間持続していることが求められる。病態には胃の運動機能異常、内臓知覚過敏、心理社会的因子などが関わる。慢性に経過する機能性疾患であり、嘔吐の後に急に発症するものではないため誤りである。
- ○e. Mallory-Weiss症候群
Mallory-Weiss症候群は、嘔吐や激しい咳、いきみなどで腹腔内圧と胃・食道内圧が急激に上がり、食道胃接合部付近(主に胃側の噴門部の小彎側)の粘膜に縦走する裂創ができて出血する疾患である。典型的には飲酒後の繰り返す嘔吐の後に、鮮紅色の吐血を来す。裂創は粘膜〜粘膜下層までの浅いもので、胸痛などの症状には乏しい。診断は緊急上部消化管内視鏡検査で行う。多くは絶食と制酸薬(プロトンポンプ阻害薬など)による保存的治療で自然に止血し予後は良好であるが、持続出血があれば内視鏡的止血術(クリップ法など)を行う。
Mallory-Weiss症候群と特発性食道破裂の比較
・共通点:嘔吐(特に飲酒後)などによる急激な腹圧・食道内圧の上昇が原因。中年男性に多い。 ・裂創の深さ:Mallory-Weiss症候群は粘膜〜粘膜下層までの浅い裂創、特発性食道破裂は食道壁全層の破裂。 ・部位:Mallory-Weiss症候群は食道胃接合部付近(胃噴門部側に多い)、特発性食道破裂は下部食道の左側壁。 ・主症状:Mallory-Weiss症候群は吐血(他の症状は乏しい)、特発性食道破裂は激しい胸痛・背部痛・呼吸困難(出血は少ない)。 ・画像所見:特発性食道破裂では縦隔気腫、皮下気腫、左胸水、気胸などがみられる。 ・診断:Mallory-Weiss症候群は内視鏡。特発性食道破裂はCTや水溶性造影剤による食道造影が中心で、送気を伴う内視鏡は破裂部を広げるおそれがあるため慎重に扱う。 ・治療・予後:Mallory-Weiss症候群は保存的治療・内視鏡的止血で予後良好。特発性食道破裂は緊急手術が原則で、治療が遅れると縦隔炎・敗血症により致死的となりうる。
その他の選択肢の疾患の要点
・食道アカラシア:食道造影で下部食道の平滑な先細り(鳥のくちばし様)と口側の拡張を示す。食道内圧検査で嚥下時のLES弛緩不全と蠕動消失を確認する。治療はバルーン拡張術、腹腔鏡下筋層切開術(Heller-Dor手術)、経口内視鏡的筋層切開術(POEM)など。 ・先天性横隔膜ヘルニア:Bochdalek孔(後外側)に多く左側優位。胸骨後方のMorgagni孔ヘルニアは右側に多い。 ・機能性ディスペプシア:食後愁訴症候群と心窩部痛症候群に分けられる。
POINT
・嘔吐後に急に発症する代表的な疾患は、Mallory-Weiss症候群と特発性食道破裂(Boerhaave症候群)。 ・Mallory-Weiss症候群:食道胃接合部の浅い粘膜裂創→吐血、保存的治療・内視鏡的止血で予後良好。 ・特発性食道破裂:下部食道左側壁の全層破裂→激しい胸痛、縦隔気腫・左胸水、緊急手術。 ・食道アカラシア(慢性の運動機能障害)、Bochdalek孔ヘルニア(先天性)、機能性ディスペプシア(慢性の機能性疾患)は嘔吐後の急性発症ではない。
