左房に揺れる腫瘤と、右房に潜む肉腫―心臓腫瘍は「良性」と「悪性」で別世界
第111回医師国家試験 A問題 第9問
国試問題にチャレンジ
心臓腫瘍について誤っているのはどれか。
- a.粘液腫の頻度が最も高い。
- b.粘液腫は左房に好発する。
- c.粘液腫は脳塞栓の原因となる。
- d.原発性腫瘍は転移性腫瘍より頻度が高い。
- e.原発性悪性腫瘍の5年生存率は約80%である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
原発性心臓腫瘍はまれで約4分の3が良性、成人では粘液腫が最多(小児では横紋筋腫)です。粘液腫は左房の卵円窩付近に茎で付着して可動性があり、僧帽弁口の間欠的閉塞による症状、脳塞栓などの塞栓症状、発熱やCRP上昇などの全身症状をきたすため、診断後は早期に外科的切除を行います。一方、原発性悪性腫瘍の大半は肉腫で、成人では右房の血管肉腫が多く、発見時に進行していることが多いため予後はきわめて不良で、5年生存率約80%という記述は誤りです。剖検統計では転移性腫瘍の方が多いという点も含め、「どの集団での頻度か」を意識して読むことが大切です。危険因子のない若年者の脳梗塞で心エコーを行うという臨床の習慣にも直結する知識です。
解答・解説
正解はeです
心臓腫瘍の疫学・好発部位・合併症・予後を横断的に問う一般問題である。誤っている記述を一つ選ぶ。
考え方
心臓腫瘍は、心臓そのものから発生する原発性腫瘍と、他臓器の悪性腫瘍が心臓・心膜へ転移・浸潤した転移性(続発性)腫瘍とに大別される。原発性腫瘍は約4分の3が良性で、成人の良性腫瘍で最も多いのが粘液腫である。粘液腫は左房、とくに心房中隔の卵円窩付近に茎をもって付着することが多く、可動性があるため、腫瘍片や表面の血栓が剝がれて塞栓症を起こす。 一方、原発性悪性腫瘍は大部分が肉腫(成人では血管肉腫が最多)であり、発見時にはすでに局所浸潤や遠隔転移をきたしていることが多く、予後は極めて不良である。したがって「5年生存率約80%」という記述は明らかに事実と合わない。 選択肢dの「原発性腫瘍は転移性腫瘍より頻度が高い」は、剖検統計を基準にすると転移性腫瘍の方が多いため議論の余地がある。しかし、臨床で診断・治療の対象となる症例(生前に診断される心臓腫瘍)では粘液腫を中心とする原発性腫瘍が多いとする国内の臨床疫学データもあり、本問では誤りが明白なeを正解として選ぶのが妥当である。
選択肢考察
- ×a. 粘液腫の頻度が最も高い。
正しい記述である。原発性心臓腫瘍の約75%は良性であり、成人ではその約半数を粘液腫が占める。原発性心臓腫瘍全体でみても粘液腫が最も多い。なお小児に限ると横紋筋腫(結節性硬化症に合併しやすい)が最多となる点は区別して覚えておく。
- ×b. 粘液腫は左房に好発する。
正しい記述である。粘液腫の約75%(報告によっては80〜90%)が左房に発生し、次いで右房に多い。典型的には心房中隔の卵円窩辺縁に茎で付着し、心周期に合わせて左房と左室の間を出入りする。このため僧帽弁口を間欠的に塞ぎ、僧帽弁狭窄症に似た症状(労作時呼吸困難、体位で変化する失神など)や、拡張期のtumor plop(腫瘍が弁口に嵌り込む際の過剰音)を生じる。
- ×c. 粘液腫は脳塞栓の原因となる。
正しい記述である。粘液腫は脆く、ゼラチン状で可動性が大きいため、腫瘍そのものの断片や腫瘍表面に付着した血栓が遊離して塞栓源となる。左房粘液腫では体循環系の塞栓となり、脳梗塞(脳塞栓症)が最も臨床的に重要である。ほかに腎動脈や四肢動脈の塞栓も起こりうる。動脈硬化の危険因子や心房細動をもたない若年者の脳梗塞では、心臓腫瘍を鑑別に挙げ心エコー検査を行う必要がある。
- ×d. 原発性腫瘍は転移性腫瘍より頻度が高い。
本問では誤りとして選ぶべき選択肢ではない。剖検例の統計では、肺癌・乳癌・悪性黒色腫・悪性リンパ腫・白血病などの転移による心臓(主に心膜)病変の方が原発性腫瘍よりはるかに多いとされる。しかし、転移性病変の多くは末期癌の剖検で偶然見つかるものであり、生前に心臓腫瘍として診断・治療の対象となる症例に限ると粘液腫をはじめとする原発性腫瘍が多いという国内の臨床疫学調査がある。本問は臨床上の頻度を念頭に置いた記述と解釈でき、eのような明らかな誤りとは異なる。
- ○e. 原発性悪性腫瘍の5年生存率は約80%である。
誤った記述であり、これが正解である。原発性悪性心臓腫瘍の多くは肉腫で、成人では血管肉腫が最も多い。血管肉腫は右房に好発し、心膜液貯留(血性)や心タンポナーデ、右心不全で発見されることが多く、診断時にはすでに肺などへ遠隔転移していることが少なくない。心臓という臓器の性質上、十分な切除断端を確保した根治切除が困難で、化学療法や放射線療法の効果も限られる。そのため生存期間は数か月〜1年前後にとどまることが多く、5年生存率はごく低い。「約80%」は良性腫瘍並みの数値であり、事実と大きくかけ離れている。
心臓腫瘍の分類と頻度
・原発性心臓腫瘍はまれ(剖検で0.1%未満)で、約75%が良性、約25%が悪性である。 ・良性: 成人では粘液腫が最多。ほかに乳頭状線維弾性腫(弁に発生し塞栓源となる)、脂肪腫、線維腫など。小児では横紋筋腫が最多で、結節性硬化症との関連が強く、自然退縮することが多い。 ・悪性: 大部分が肉腫で、成人では血管肉腫(右房に好発)が最多。小児では横紋筋肉腫。ほかに原発性心臓悪性リンパ腫など。 ・転移性腫瘍: 剖検では原発性より多い。原発巣は肺癌、乳癌、悪性黒色腫、悪性リンパ腫、白血病などで、心膜への転移が多く癌性心膜炎・心タンポナーデをきたす。
心臓粘液腫の臨床像
三つの症状群で整理すると理解しやすい。 1. 閉塞症状: 弁口の間欠的閉塞による呼吸困難、起座呼吸、失神。体位で変化するのが特徴。聴診でtumor plop、僧帽弁狭窄様の拡張期雑音。 2. 塞栓症状: 脳塞栓が代表。腎・四肢・網膜などの動脈塞栓も起こる。右房粘液腫では肺塞栓。 3. 全身症状: 発熱、体重減少、倦怠感、関節痛、貧血、赤沈亢進、CRP上昇、γグロブリン上昇など。腫瘍が産生するインターロイキン6(IL-6)が関与するとされ、膠原病や感染性心内膜炎と紛らわしいことがある。 ・診断: 経胸壁・経食道心エコーで心房中隔に茎をもつ可動性腫瘤を確認する。CT・MRIも補助的に用いる。 ・治療: 塞栓や突然死の危険があるため、診断後は早期に外科的切除を行う。切除後の予後は良好だが、まれに再発する。 ・家族性・多発性・再発性の粘液腫ではカーニー複合(Carney complex: 皮膚の色素斑、内分泌腫瘍などを伴う常染色体顕性遺伝疾患、PRKAR1A遺伝子異常)を考える。
POINT
・原発性心臓腫瘍の約75%は良性で、最多は粘液腫(小児では横紋筋腫)。 ・粘液腫は左房の卵円窩付近に好発し、閉塞症状・塞栓症状(脳塞栓)・全身症状(発熱、炎症反応上昇)をきたす。治療は早期の外科的切除。 ・原発性悪性腫瘍は肉腫が大半で、成人では右房の血管肉腫が最多。予後は極めて不良で、5年生存率は低い。 ・剖検統計では転移性心臓腫瘍の方が原発性より多い(心膜転移が中心)。 ・危険因子のない若年者の脳梗塞では心臓腫瘍を疑い心エコーを行う。
