固形物がつかえる72歳―内視鏡の「盛り上がり方」で見抜く食道進行癌
第110回医師国家試験 I問題 第61問
国試問題にチャレンジ
72歳の女性。嚥下困難を主訴に来院した。2か月前から固形物が飲み込みにくいことを自覚し徐々に増悪するため受診した。体温36.4℃。脈拍60/分,整。血圧132/72 mmHg。表在リンパ節を触知しない。腹部は平坦,軟。食道の内視鏡写真を別に示す。 考えられる疾患はどれか。

- a.進行癌
- b.平滑筋腫
- c.アカラシア
- d.逆流性食道炎
- e.裂孔ヘルニア
対話形式の解説
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ドクターまとめ
高齢者で固形物から始まり数か月かけて進行する嚥下困難は、腫瘍による器質的狭窄、とくに食道癌を強く疑う所見です。内視鏡で表面が不整で発赤や壊死を伴う隆起が粘膜から直接盛り上がっていれば上皮性悪性腫瘍、正常粘膜に覆われたなだらかで平滑な隆起なら平滑筋腫などの粘膜下腫瘍と考えます。食道癌では固有筋層以深に及ぶものを進行癌とし、粘膜層までを早期癌、粘膜下層までを表在癌と呼ぶ点は胃癌と異なるため注意が必要です。初期から液体もつかえるアカラシア、胸やけが主体の逆流性食道炎、裂孔ヘルニアはいずれも腫瘤を形成しません。日本では扁平上皮癌が大半で喫煙・飲酒が危険因子であり、症状の性質と内視鏡像を結びつける考え方は、嚥下困難の診療全般の基礎となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・72歳の女性。2か月前から固形物が飲み込みにくくなり、徐々に悪化している。 ・バイタルサインに異常はなく、表在リンパ節は触知しない。腹部所見も正常である。 ・内視鏡写真:食道の内腔に向かって大きく突出する腫瘤があり、内腔の一部を占拠して狭めている。腫瘤の表面は発赤し凹凸不整で、白色の付着物(壊死物・白苔)を伴い、もろそうな外観を呈する。周囲の正常粘膜との境界で、腫瘤は粘膜面から直接盛り上がっている。
診断へのプロセス
嚥下困難を診るときは、①年齢、②経過(急性か、進行性か)、③何がつかえるか(固形物のみか、液体も含むか)、④体重減少の有無が鑑別の手がかりとなる。 ・高齢で、数か月の単位で進行し、まず固形物から通りにくくなる嚥下困難は、内腔を物理的に狭める器質的狭窄(とくに悪性腫瘍)を示唆する典型的なパターンである。腫瘍が大きくなるにつれて、やがて軟らかい食物や液体もつかえるようになる。 ・これに対し、食道運動機能障害(アカラシアなど)では、病初期から固形物と液体の両方がつかえやすいのが特徴である。 ・内視鏡で、表面が不整で発赤・壊死を伴う隆起性腫瘤が粘膜面を破って内腔に突出していることから、粘膜由来の上皮性悪性腫瘍、すなわち食道癌が考えられる。腫瘤が大きく内腔を狭窄させるほどであり、症状も出現していることから、癌は粘膜下層を越えて固有筋層以深に達した進行癌と考えるのが妥当である。
設問の考え方
「高齢者の進行性の固形物嚥下困難」という病歴と、「表面不整な隆起性腫瘤」という内視鏡像を結びつければ、進行食道癌と判断できる。粘膜下腫瘍(平滑筋腫など)や、腫瘤を形成しない機能性・炎症性・解剖学的疾患との違いを内視鏡像から見分けることがポイントである。
選択肢考察
- ○a. 進行癌
高齢者で、2か月にわたり進行する固形物の嚥下困難は、腫瘍による器質的狭窄を強く示唆する。内視鏡像では、発赤し凹凸不整で白苔・壊死物を伴う隆起性腫瘤が内腔に突出しており、粘膜上皮から発生した悪性腫瘍の所見である。腫瘤が大きく内腔を狭め、嚥下困難という症状を起こしていることから、深達度は固有筋層以深に及ぶ進行癌と考えられる。確定には生検による組織診断を行い、CTやPET-CTなどで深達度・リンパ節転移・遠隔転移を評価して病期を決定する。
- ×b. 平滑筋腫
食道平滑筋腫は、固有筋層(または粘膜筋板)の平滑筋から発生する良性の粘膜下腫瘍で、食道の良性腫瘍では最も多い。腫瘍は正常な粘膜に覆われた状態で下から押し上げるように発育するため、内視鏡ではなだらかに立ち上がる表面平滑な隆起として見え、表面は周囲と同じ色調の正常粘膜である(bridging foldを伴うこともある)。本例のように表面が不整で発赤・壊死を伴う像とは異なる。また、多くは小さく無症状で、かなり大きくならない限り嚥下困難は起こさない。
- ×c. アカラシア
アカラシアは、食道壁内のAuerbach神経叢の変性により、下部食道括約筋(LES)の弛緩不全と食道体部の蠕動消失をきたす機能性疾患である。20〜50歳代に多く、病初期から固形物だけでなく液体もつかえやすい。内視鏡では食道内腔の拡張や食物残渣の貯留を認めるが、腫瘤は形成しない。本例の隆起性腫瘤とは合わない。なお、高齢者でアカラシア様の所見がみられる場合は、食道胃接合部の癌による二次性アカラシア(偽性アカラシア)を除外する必要がある。
- ×d. 逆流性食道炎
逆流性食道炎は胃酸などの逆流により下部食道の粘膜が傷害される疾患で、主症状は胸やけ・呑酸である。つかえ感を訴えることもあり、高度な例では瘢痕狭窄による嚥下困難を生じうる。内視鏡では食道胃接合部から口側に伸びる発赤やびらん(粘膜傷害)がみられ、ロサンゼルス分類で重症度を評価する。腫瘤を形成する疾患ではなく、本例の内視鏡像とは一致しない。
- ×e. 裂孔ヘルニア
食道裂孔ヘルニアは、胃の一部が横隔膜の食道裂孔を通って胸腔側へ脱出した状態である。高齢者や肥満者に多く、多くは無症状だが、逆流性食道炎を合併して胸やけを起こすことがある。内視鏡では食道胃接合部が横隔膜の位置より口側に移動していることや、反転観察での裂孔の開大として認識されるが、腫瘤は認めない。本例の所見とは合わない。
食道癌の概要
・日本では組織型の約9割が扁平上皮癌で、胸部中部食道に最も多い。欧米ではBarrett食道を背景とする腺癌(下部食道・食道胃接合部)が多いが、日本でも腺癌は増加傾向にある。 ・男性に多く、60〜70歳代に好発する。扁平上皮癌の危険因子は喫煙と飲酒であり、とくに飲酒で顔が赤くなる体質(アルデヒド脱水素酵素2〔ALDH2〕の活性が低い人)では、飲酒による発癌リスクが高い。熱い飲食物の摂取も危険因子とされる。腺癌の危険因子は胃食道逆流症・Barrett食道・肥満である。 ・頭頸部癌(咽頭癌・喉頭癌)との重複が多く、食道癌の患者では頭頸部の検索も重要である。
症状
・早期癌はほとんど無症状で、検診などの内視鏡で偶然発見されることが多い(しみる感じを訴えることはある)。 ・進行すると、固形物から始まり徐々に進行する嚥下困難、体重減少、胸骨後部痛を生じる。反回神経への浸潤で嗄声、気管・気管支への浸潤で食道気管支瘻(むせ、肺炎)を起こすことがある。
早期癌・表在癌・進行癌の定義(食道癌取扱い規約)
・表在癌:癌の深達度が粘膜下層までにとどまるもの(リンパ節転移の有無は問わない)。 ・早期癌:深達度が粘膜層(粘膜内)にとどまり、リンパ節転移の有無を問わないもの。 ・進行癌:癌が固有筋層以深に及ぶもの。 ・肉眼型は、表在型を0型とし、進行型は1型(隆起型)、2型(潰瘍限局型)、3型(潰瘍浸潤型)、4型(びまん浸潤型)、5型(分類不能型)に分ける。
診断
・上部消化管内視鏡と生検で確定する。表在癌の範囲診断にはヨード染色(癌部は不染帯となる)や狭帯域光観察(NBI)が有用である。 ・食道造影では、進行癌は不整な陰影欠損や狭窄、狭窄部口側の拡張として描出される。 ・深達度診断に超音波内視鏡(EUS)、転移検索にCT・PET-CTを用いる。
治療の概略
・粘膜内にとどまる癌の多くは内視鏡的切除(内視鏡的粘膜下層剥離術〔ESD〕など)の適応となる。 ・切除可能な進行癌では、術前化学療法を行ったうえで食道切除・リンパ節郭清・再建術を行うのが標準的である。手術を希望しない場合や全身状態から手術が難しい場合は、根治的化学放射線療法を選択する。 ・切除不能例では化学療法(免疫チェックポイント阻害薬を含む)や、通過障害に対する食道ステント留置などを行う。
POINT
・嚥下困難の鑑別は、年齢・経過・つかえる物(固形物か液体か)・体重減少に着目する。 ・高齢者で、固形物から始まり徐々に進行する嚥下困難は、まず食道癌(器質的狭窄)を疑う。 ・病初期から液体もつかえる嚥下困難は、アカラシアなどの運動機能障害を考える。 ・内視鏡で表面不整・発赤・壊死を伴う隆起は上皮性悪性腫瘍(癌)、正常粘膜に覆われた表面平滑でなだらかな隆起は粘膜下腫瘍(平滑筋腫など)。 ・食道進行癌は深達度が固有筋層以深に及ぶもの。日本では扁平上皮癌が大半で、喫煙・飲酒が危険因子。
