30分でも待てない―食道に止まったボタン電池が「時限爆弾」と呼ばれる理由
第110回医師国家試験 I問題 第44問
国試問題にチャレンジ
1歳の男児。ボタン電池を飲み込んだことを主訴に母親に連れられて来院した。30分前に目覚まし時計で遊んでいて,突然,機嫌が悪くなった。目覚まし時計の中のボタン電池がないのに母親が気付いた。流涎と軽度の咳とを認めるが,呼吸音に異常を認めない。胸部エックス線写真を別に示す。 対応として適切なのはどれか。

- a.直ちに摘出する。
- b.Heimlich法を行う。
- c.翌日の再診を指示する。
- d.催吐薬を投与し排出を促す。
- e.1時間後に再度エックス線写真を撮影する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳幼児の異物誤飲では、気道異物か消化管異物か、異物の種類、停滞部位の3点で対応を決めます。流涎は食道上部の異物を示唆するサインで、異物は食道入口部(生理的第1狭窄部)に最も停滞しやすいとされます。食道に停滞したボタン電池は、電流による強アルカリの生成で1〜2時間以内に粘膜障害が始まり、穿孔や縦隔炎、気管食道瘻、大動脈食道瘻をきたしうるため、症状が軽くても直ちに摘出し、内視鏡的摘出が基本となります。催吐は誤嚥の危険から行わず、Heimlich法は窒息した気道異物に対する手技であり、経過観察や再撮影で時間を費やすことも不適切です。異物の種類と部位から緊急度を判断する考え方は、小児救急で迷わず動くための土台になります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・1歳の男児。目覚まし時計で遊んでいた直後に急に不機嫌になり、時計の中のボタン電池がなくなっていた。誤飲から来院まで約30分である。 ・流涎(よだれ)と軽度の咳がある。呼吸音には異常がない。 ・胸部エックス線写真では、頸部から胸郭入口部の高さ、すなわち食道入口部(生理的第1狭窄部)に円形の金属陰影を認める。
診断へのプロセス
異物を口に入れた乳幼児では、まず異物が気道に入ったのか(気道異物)、消化管に入ったのか(消化管異物)を見極める。気道異物であれば、激しい咳込み、喘鳴、呼吸音の左右差や減弱、呼吸困難などが出やすい。本例は咳が軽度で呼吸音も正常であり、気道の閉塞を示す所見に乏しい。一方、流涎は唾液を飲み込めないことを意味し、食道上部に異物がひっかかっているときによくみられる症状である。エックス線写真で異物が食道入口部に位置することと合わせ、ボタン電池による食道異物と診断できる。
設問の考え方
消化管異物への対応は、異物の種類と停滞部位の二つで決まる。多くの小さな鈍的異物は胃まで到達すれば自然排出を待てるが、食道に停滞したボタン電池は最も緊急度の高い異物の一つである。電池が食道粘膜に密着すると、粘膜を介して電流が流れ、水の電気分解により強アルカリ(水酸化物イオン)が生じて組織が溶けていく(液化壊死)。損傷は誤飲後わずか1〜2時間で始まり、数時間で潰瘍・穿孔に進みうる。穿孔すれば縦隔炎、気管食道瘻、さらに大動脈との瘻孔による致死的出血をきたすことがある。したがって、症状が軽くても経過観察は許されず、診断がついた時点で直ちに摘出しなければならない。
選択肢考察
- ○a. 直ちに摘出する。
食道に停滞したボタン電池は、時間の経過とともに粘膜の化学熱傷・壊死が進行し、穿孔や瘻孔形成に至る危険がある。損傷は1〜2時間以内に始まるため、可能な限り速やかに摘出する。方法としては内視鏡的摘出が基本で、損傷の程度を直接確認できる利点もある。施設によってはエックス線透視下に磁石付きカテーテルやバルーンカテーテルで引き抜く方法も用いられ、これらが困難であれば外科的摘出を考える。摘出後は粘膜損傷の程度を評価し、遅発性の穿孔や狭窄に注意して経過をみる。
- ×b. Heimlich法を行う。
Heimlich法(腹部突き上げ法)は、異物で上気道が閉塞し窒息しかけている人に対し、上腹部を圧迫して胸腔内圧を急に高め、異物を気道から押し出す手技である。本例は呼吸音が正常で窒息の状態になく、異物は気道ではなく食道にあるため適応がない。なお、乳児(1歳未満)の窒息では腹部臓器損傷の危険から腹部突き上げ法は行わず、背部叩打法と胸部突き上げ法を用いる。
- ×c. 翌日の再診を指示する。
翌日まで待てば、その間に食道粘膜の壊死が進み、穿孔、縦隔炎、気管食道瘻などの重篤な合併症をきたすおそれがある。ボタン電池が胃まで達していて無症状であれば外来で経過を追うことも選択肢になりうるが、食道内に停滞している本例では帰宅させてはならない。
- ×d. 催吐薬を投与し排出を促す。
催吐(吐かせること)は、嘔吐物や異物を気道に吸い込む誤嚥の危険があり、異物誤飲への対応としては行わない。食道入口部にひっかかった電池が嘔吐で確実に出てくる保証もなく、嘔吐の際の圧で食道損傷を悪化させる可能性もある。また催吐薬は効果が出るまで時間がかかり、その間にも組織障害は進行する。
- ×e. 1時間後に再度エックス線写真を撮影する。
食道の生理的狭窄部に停滞した異物は自然に胃へ落ちることを期待しにくい。ボタン電池では1時間程度でも粘膜障害が進むため、再撮影を待って時間を浪費することは不適切である。位置がすでに確認されている以上、次に行うべきは摘出である。
ボタン電池誤飲の病態
・電池が湿った粘膜に接すると、電池の両極の間に組織を介した回路ができ、電流が流れる。この電流により組織液が電気分解され、陰極側で水酸化物イオンが生じて局所が強アルカリになる。アルカリは蛋白質や脂質を溶かして深部へ浸透する液化壊死を起こすため、損傷が深くなりやすい。 ・電池内容物の漏出や、電池による圧迫壊死も損傷に加わる。 ・特に直径20mm程度で電圧3Vのリチウムコイン電池は危険性が高い。電池が切れていても残存電圧で障害を起こしうる。
エックス線像の特徴
・ボタン電池は円形の金属陰影として写る。正面像で縁が二重に見える(ダブルリング、ハロー)ことや、側面像で段差が見えることが、硬貨との鑑別点になる。 ・食道異物では円板状の異物が正面像で円形(面が正面を向く)に見えることが多い。
食道の生理的狭窄部
・第1狭窄部:食道入口部(輪状咽頭筋の部位、第6頸椎の高さ付近)。異物が最も停滞しやすい。 ・第2狭窄部:大動脈弓・左主気管支との交差部。 ・第3狭窄部:横隔膜貫通部(食道裂孔)。
消化管異物の対応の目安
・食道内のボタン電池:緊急摘出。 ・磁石を複数個(または磁石と金属)誤飲:消化管壁を挟んで引き合い、穿孔・瘻孔を起こすため、早期の摘出を考える。 ・鋭利な異物(針、魚骨など):穿孔の危険があり摘出を考える。 ・胃内にある小さな鈍的異物:多くは自然排出を待つ。ただしボタン電池では、年齢や電池径によっては胃内でも内視鏡による評価・摘出が考慮されることがある。 ・タバコ誤飲ではニコチン中毒、薬物誤飲では中毒への対応が中心となる。
気道異物との鑑別
・気道異物:突然の激しい咳込み、喘鳴、呼吸音の減弱や左右差、呼吸困難、チアノーゼ。ピーナッツなどの豆類が典型的で、気管支に入った場合は呼気時の患側の過膨張(チェックバルブ)がエックス線でみられることがある。 ・食道異物:流涎、嚥下困難、嘔吐、不機嫌、胸痛。無症状のことも多い。
POINT
・乳幼児の異物誤飲では、気道異物か消化管異物か、異物の種類、停滞部位の三点で対応を決める。 ・食道内のボタン電池は、症状が軽くても直ちに摘出する(内視鏡的摘出が基本)。 ・ボタン電池は電流による強アルカリ生成で、1〜2時間以内に粘膜障害が始まり、穿孔・縦隔炎・気管食道瘻・大動脈食道瘻をきたしうる。 ・催吐は誤嚥の危険があり行わない。Heimlich法は窒息した気道異物に対する手技である。 ・異物は食道入口部(第1狭窄部)に最も停滞しやすい。
