「肺動脈性」の境界線―第1群に入るもの、入らないもの
第110回医師国家試験 I問題 第4問
国試問題にチャレンジ
肺動脈性肺高血圧症について正しいのはどれか。
- a.平均肺動脈圧は低下する。
- b.肺血栓塞栓症が原因となる。
- c.心陰影の左第3弓突出がある。
- d.先天性心疾患に伴う肺高血圧症が含まれる。
- e.カテーテル検査では肺動脈楔入圧が高値である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
肺動脈性肺高血圧症(PAH)は肺高血圧症の第1群で、肺小動脈そのもののリモデリングによる前毛細血管性の肺高血圧です。平均肺動脈圧は上昇しますが、左房圧を反映する肺動脈楔入圧は15 mmHg以下と正常で、胸部X線では肺動脈幹の拡張による左第2弓突出がみられます。特発性・遺伝性のほか、左右シャントを伴う先天性心疾患、膠原病、HIV感染症、門脈圧亢進症などに関連するものも第1群に含まれ、先天性心疾患では進行するとEisenmenger症候群に至ります。一方、左心疾患(第2群)、肺疾患・低酸素(第3群)、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(第4群)はPAHとは区別され、治療方針も異なります。病変の位置と血行動態から分類を理解しておくことは、息切れの鑑別や右心カテーテル所見の解釈に直結します。
解答・解説
正解はdです
肺高血圧症(pulmonary hypertension:PH)は、安静時に右心カテーテル検査で測った平均肺動脈圧(mean pulmonary arterial pressure:mPAP)が上昇した状態の総称である。原因によって5つの群に分ける臨床分類(ニース分類とその改訂版)が国際的に用いられ、そのうち第1群が「肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension:PAH)」である。 PAH は、肺の細い動脈(前毛細血管レベルの肺小動脈)そのものに内膜・中膜の肥厚やリモデリングが起こり、血管が狭くなって肺血管抵抗が上がる病態である。原因が見つからない特発性のほか、遺伝性、薬物・毒物によるもの、さらに膠原病、HIV 感染症、門脈圧亢進症、先天性心疾患(左右シャントを伴うもの)、住血吸虫症に「関連する」ものが第1群に含まれる。 本問を解く鍵は次の2点である。 1)PAH は「前毛細血管性」の肺高血圧であり、左心系の圧(肺動脈楔入圧)は正常である。負荷は右心系(肺動脈・右室)にかかる。 2)同じ肺高血圧症でも、左心疾患によるもの(第2群)、肺疾患・低酸素によるもの(第3群)、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(第4群)は PAH とは別の群に分類される。 この2点を押さえれば、圧所見・胸部X線所見・原因疾患のそれぞれについて各選択肢を判断できる。
選択肢考察
- ×a. 平均肺動脈圧は低下する。
誤り。肺高血圧症は平均肺動脈圧が上昇した状態と定義されるので、PAH で平均肺動脈圧が下がることはない。平均肺動脈圧はおおよそ「拡張期圧+(収縮期圧−拡張期圧)÷3」で近似できる。PAH では肺血管抵抗の上昇によって収縮期圧も拡張期圧も上がるため、平均圧も上昇する。正常の平均肺動脈圧はおよそ 14 mmHg 前後であり、従来は 25 mmHg 以上、2022 年の欧州心臓病学会・欧州呼吸器学会(ESC/ERS)ガイドラインでは 20 mmHg を超えるものを肺高血圧と定義している。
- ×b. 肺血栓塞栓症が原因となる。
誤り。肺血栓塞栓症のあと、器質化した血栓が肺動脈に残って慢性的に内腔を狭めた結果生じる肺高血圧は、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension:CTEPH)と呼ばれる。CTEPH は臨床分類の第4群に属し、第1群の PAH とは区別される。治療も異なり、CTEPH では抗凝固療法を基本とし、肺動脈血栓内膜摘除術やバルーン肺動脈形成術(BPA)が選択肢となる点が PAH と大きく違う。
- ×c. 心陰影の左第3弓突出がある。
誤り。胸部X線正面像の左心縁は上から第1弓(大動脈弓)、第2弓(肺動脈幹)、第3弓(左心耳=左房)、第4弓(左室)に対応する。PAH では肺動脈幹が拡張するため左第2弓が突出し、右室拡大によって心陰影も拡大する。一方、左第3弓は左房拡大で突出する部分で、僧帽弁狭窄症などで目立つ。PAH は左心系に負荷がかからない病態であり、左房拡大は通常みられない。
- ○d. 先天性心疾患に伴う肺高血圧症が含まれる。
正しい。心房中隔欠損症、心室中隔欠損症、動脈管開存症など左右シャントを伴う先天性心疾患では、肺に流れる血液が長期間増えるため、肺小動脈に PAH と同じ組織学的変化(内膜・中膜の肥厚、叢状病変など)が生じる。そのため、これらに関連する肺高血圧は第1群の PAH に分類される。病態が進み肺血管抵抗が体血管抵抗を上回ると、シャントが右左に逆転してチアノーゼを呈する Eisenmenger 症候群となる。なお、同じ第1群には膠原病(全身性強皮症、混合性結合組織病〈MCTD〉、全身性エリテマトーデスなど)、HIV 感染症、門脈圧亢進症、住血吸虫症に伴うものも含まれる。
- ×e. カテーテル検査では肺動脈楔入圧が高値である。
誤り。肺動脈楔入圧(pulmonary artery wedge pressure:PAWP)は、カテーテル先端のバルーンで肺動脈の枝をふさいで測る圧で、左房圧の代わりとして用いられる。PAH は肺毛細血管より手前(前毛細血管性)の病変なので左房圧は上がらず、PAWP は 15 mmHg 以下の正常範囲にとどまることが診断の条件である。PAWP が高値になるのは、左心不全や僧帽弁膜症など左心疾患に伴う肺高血圧(第2群、後毛細血管性肺高血圧)である。
肺高血圧症の臨床分類(概要)
第1群:肺動脈性肺高血圧症(PAH)…特発性、遺伝性、薬物・毒物誘発性、関連疾患によるもの(膠原病、HIV 感染症、門脈圧亢進症、先天性心疾患、住血吸虫症)など。肺静脈閉塞性疾患/肺毛細血管腫症や新生児遷延性肺高血圧症は、版によって第1群の亜群(1'、1'')または第1群内の特殊型として扱われる。 第2群:左心疾患による肺高血圧症(左室機能不全、弁膜症など) 第3群:肺疾患や低酸素による肺高血圧症(COPD、間質性肺疾患、睡眠呼吸障害、高地居住など) 第4群:肺動脈閉塞による肺高血圧症(代表は CTEPH) 第5群:原因不明・複合的要因によるもの(血液疾患、サルコイドーシス、代謝疾患など)
血行動態による区別
前毛細血管性 PH:mPAP 上昇、PAWP 15 mmHg 以下、肺血管抵抗(PVR)上昇。第1・3・4群の多くが該当する。2022 年 ESC/ERS ガイドラインでは mPAP>20 mmHg、PAWP≦15 mmHg、PVR>2 Wood 単位とされる。 後毛細血管性 PH:PAWP>15 mmHg。第2群が典型である。
PAH の臨床像
特発性 PAH は若年〜中年の女性に多い。初発症状は労作時息切れ、易疲労感が多く、進行すると失神、胸痛、右心不全(頸静脈怒張、肝腫大、下腿浮腫)を来す。身体所見ではⅡ音肺動脈成分(ⅡP)の亢進、三尖弁逆流による収縮期雑音、心電図では右軸偏位・右室肥大・肺性P波がみられる。心エコーでは三尖弁逆流速度から推定した右室収縮期圧の上昇や右室拡大がみられる。確定診断には右心カテーテル検査が必要である。
治療
かつては有効な治療がほとんどなく、根本治療は肺移植(または心肺同時移植)に限られていた。現在は肺血管拡張薬として、プロスタサイクリン(PGI2)経路の薬(エポプロステノール持続静注など)、エンドセリン受容体拮抗薬(ボセンタン、アンブリセンタン、マシテンタン)、一酸化窒素(NO)経路の薬(PDE5 阻害薬のシルデナフィル・タダラフィル、可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬のリオシグアト)が使われ、複数系統の併用で予後は大きく改善した。重症例では現在も肺移植が検討される。
POINT
・肺動脈性肺高血圧症(PAH)は肺高血圧症の第1群で、肺小動脈の病変による前毛細血管性の肺高血圧である。 ・平均肺動脈圧は上昇し、肺動脈楔入圧(左房圧を反映)は正常(15 mmHg 以下)である。 ・胸部X線では肺動脈幹の拡張による左第2弓突出がみられる(左第3弓は左房拡大)。 ・左右シャントを伴う先天性心疾患、膠原病、HIV 感染症、門脈圧亢進症、住血吸虫症に関連するものは PAH に含まれる。 ・慢性血栓塞栓性肺高血圧症(第4群)、左心疾患による肺高血圧(第2群)、肺疾患による肺高血圧(第3群)は PAH ではない。
