首の圧迫では説明できない「ふくらはぎのぴくつき」―ALSと頸椎症を分ける一点
第110回医師国家試験 I問題 第3問
国試問題にチャレンジ
筋萎縮性側索硬化症患者で第6頸髄の頸椎症性脊髄症を合併するとき,筋萎縮性側索硬化症の病態によるのはどれか。
- a.上腕二頭筋萎縮
- b.腕橈骨筋筋力低下
- c.大腿四頭筋反射亢進
- d.下腿三頭筋線維束性収縮
- e.Babinski徴候陽性
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
脊髄のある髄節が圧迫されると、その高さの下位運動ニューロン徴候(筋萎縮・線維束性収縮・腱反射低下)と、それより下の上位運動ニューロン徴候(腱反射亢進・Babinski徴候・痙性)が生じます。そのため第6頸髄の頸椎症性脊髄症でも、C5〜C6支配の上腕二頭筋の萎縮や腕橈骨筋の筋力低下、下肢の腱反射亢進やBabinski徴候は説明できます。一方、S1〜S2支配の下腿三頭筋の線維束性収縮は、障害レベルから離れた仙髄の前角細胞の障害を示し、頸椎症では説明できないため、全身の運動ニューロンが変性するALSによるものと考えられます。臨床では舌や下肢、傍脊柱筋の線維束性収縮など頸髄病変だけで説明できない所見や、針筋電図での多領域の下位運動ニューロン障害がALSを示唆し、感覚障害や膀胱直腸障害は頸椎症を示唆します。「病変の高さから症候の分布を予測する」局在診断の考え方は、神経疾患全般の鑑別の基本となります。
解答・解説
正解はdです
問われているテーマ
筋萎縮性側索硬化症(ALS)と頸椎症性脊髄症は、どちらも「上肢の筋萎縮・筋力低下」と「下肢の腱反射亢進・病的反射」を起こしうるため、臨床的にしばしば鑑別が問題になる。本問は、両者が合併した患者で、頸椎症性脊髄症では説明できず、ALSでなければ説明できない所見はどれかを問うている。
解き方の枠組み
脊髄のある高さ(髄節)が圧迫されると、次の2種類の症候が出る。 (1) 髄節性の症候(障害レベルそのもの):その高さの前角細胞(下位運動ニューロン)や神経根が障害され、その髄節が支配する筋に筋萎縮、筋力低下、線維束性収縮、腱反射の低下が生じる。 (2) 索路性の症候(障害レベルより下):脊髄内を下行する錐体路(皮質脊髄路=上位運動ニューロン)が障害され、障害レベルより下の髄節が支配する部位に痙性、腱反射亢進、Babinski徴候などの病的反射、筋力低下が生じる。 したがって第6頸髄(C6)の頸椎症性脊髄症では、C5〜C6付近の筋の下位運動ニューロン徴候と、それより下の上位運動ニューロン徴候は説明できる。一方、C6より下、たとえば腰仙髄の筋に下位運動ニューロン徴候(筋萎縮・線維束性収縮)が出ることは、C6の圧迫では説明できない。 ALSは上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両方が全身性・多髄節性に変性する疾患であり、腰仙髄の前角細胞障害による下肢の線維束性収縮も起こしうる。よって、腰仙髄支配筋の下位運動ニューロン徴候である「下腿三頭筋の線維束性収縮」がALSの病態によるものと判断できる。
選択肢考察
- ×a. 上腕二頭筋萎縮
上腕二頭筋は筋皮神経支配で、主にC5〜C6髄節の前角細胞から支配される。筋萎縮は下位運動ニューロン徴候であり、第6頸髄レベルの頸椎症性脊髄症で前角細胞や神経根が圧迫されれば生じうる。ALSでも起こりうるが、頸椎症でも説明がつくため、ALSの病態によると断定できない。
- ×b. 腕橈骨筋筋力低下
腕橈骨筋は橈骨神経支配で、主にC5〜C6髄節に由来する。第6頸髄の頸椎症性脊髄症では、この髄節の前角細胞・神経根の障害(下位運動ニューロン障害)によって筋力低下が起こりうる。また筋力低下自体は上位・下位運動ニューロンのどちらの障害でも生じる非特異的な症候である。頸椎症で説明できるため、ALS特有の所見とはいえない。
- ×c. 大腿四頭筋反射亢進
大腿四頭筋反射(膝蓋腱反射)の反射弓はL2〜L4髄節(中心はL3〜L4)にある。腱反射の亢進は上位運動ニューロン徴候であり、C6レベルで錐体路が圧迫されれば、それより下の髄節が支配する下肢の腱反射は亢進する。したがって頸椎症性脊髄症でも生じる。
- ○d. 下腿三頭筋線維束性収縮
下腿三頭筋(腓腹筋・ヒラメ筋)は脛骨神経支配で、主にS1〜S2髄節の前角細胞から支配される。線維束性収縮(筋の一部が不規則にぴくぴくと収縮する現象)は前角細胞など下位運動ニューロン障害の徴候である。C6レベルの頸椎症性脊髄症は、その高さの下位運動ニューロンと、それより下への錐体路を障害するにとどまり、離れた仙髄の前角細胞を障害することはない。したがってこの所見は頸椎症では説明できず、全身の前角細胞が変性するALSによるものと考えられる。実際、頸椎症とALSの鑑別では、頸髄病変レベル以外(腰仙髄領域や脳幹領域)に下位運動ニューロン徴候があるかどうかがALSを疑う重要な手がかりとなる。
- ×e. Babinski徴候陽性
Babinski徴候(足底外側をこすると母趾が背屈する病的反射)は、錐体路障害を示す代表的な上位運動ニューロン徴候である。C6レベルで錐体路が圧迫されれば下肢に出現するため、頸椎症性脊髄症でも陽性となりうる。ALSでも出現するが、頸椎症で説明がつくため、ALSの病態によるとは断定できない。
上位運動ニューロン徴候と下位運動ニューロン徴候
・上位運動ニューロン(大脳皮質運動野〜錐体路)障害:痙性(筋緊張の亢進)、腱反射亢進、Babinski徴候などの病的反射、クローヌス、筋力低下。筋萎縮は目立たない(廃用による軽度の萎縮のみ)。 ・下位運動ニューロン(脳幹運動神経核・脊髄前角細胞〜末梢神経)障害:筋萎縮、線維束性収縮、筋緊張低下、腱反射低下・消失、筋力低下。 ・筋力低下は両者に共通するため、どちらの障害かを区別する手がかりにはならない。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の要点
・上位・下位運動ニューロンが選択的かつ進行性に変性する原因不明の神経変性疾患である。中高年に多く、一部は家族性(SOD1、C9orf72などの遺伝子異常)。 ・症状:上肢遠位の筋萎縮(手内筋の萎縮など)、線維束性収縮、構音障害・嚥下障害(球麻痺)、腱反射亢進・病的反射、最終的に呼吸筋麻痺。 ・陰性徴候(出現しにくい症状)として、感覚障害、眼球運動障害、膀胱直腸障害、褥瘡が古典的に知られる。 ・診断:臨床所見と針筋電図で、複数の領域(脳幹、頸髄、胸髄、腰仙髄)に上位・下位運動ニューロン障害が広がっていることを示す。頸椎症、多巣性運動ニューロパチーなどの除外が重要。 ・治療:リルゾール、エダラボンなどの薬物療法、呼吸・栄養管理(非侵襲的陽圧換気、気管切開・人工呼吸、胃瘻)。
頸椎症性脊髄症との鑑別の着眼点
・頸椎症では、障害髄節レベルに一致した上肢の下位運動ニューロン徴候と、それ以下の上位運動ニューロン徴候が出る。しびれなどの感覚障害や膀胱直腸障害を伴いやすい。 ・ALSでは、病変が複数の領域に広がる。舌の萎縮・線維束性収縮(脳幹領域)や、下肢・傍脊柱筋の線維束性収縮、胸鎖乳突筋の筋力低下、下顎反射の亢進など、頸髄病変だけでは説明できない所見がALSを示唆する。感覚障害はみられないのが原則である。 ・頸椎症は高齢者に高頻度にみられるため、ALS患者にMRI上の頸椎症が偶然合併していることも少なくない。
主な筋の支配髄節
・上腕二頭筋(筋皮神経):C5〜C6 ・腕橈骨筋(橈骨神経):C5〜C6 ・上腕三頭筋(橈骨神経):C6〜C8(主にC7) ・大腿四頭筋(大腿神経):L2〜L4 ・下腿三頭筋(脛骨神経):S1〜S2
POINT
・ある髄節の脊髄圧迫では「そのレベルの下位運動ニューロン徴候」+「それより下の上位運動ニューロン徴候」が出る。 ・障害レベルより離れた下位髄節の下位運動ニューロン徴候(筋萎縮・線維束性収縮)は頸椎症では説明できず、ALSを示唆する。 ・下位運動ニューロン徴候:筋萎縮、線維束性収縮、腱反射低下。上位運動ニューロン徴候:腱反射亢進、Babinski徴候、痙性。筋力低下は両者に共通。 ・下腿三頭筋はS1〜S2、大腿四頭筋反射はL2〜L4、上腕二頭筋・腕橈骨筋はC5〜C6。
