「風邪のあとに胸が苦しい」―急性心筋炎は壁が厚くなる?薄くなる?
第110回医師国家試験 I問題 第30問
国試問題にチャレンジ
急性心筋炎を疑わせる症候でないのはどれか。
- a.左室壁のびまん性の菲薄化
- b.先行する感冒様症状
- c.ST-T異常
- d.奔馬調律
- e.腹部症状
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
急性心筋炎は主にウイルス感染を原因とし、感冒様症状や悪心・腹痛などの消化器症状が先行したのち、数時間〜数日で胸痛・動悸・心不全症状を呈します。心電図ではST-T変化が最も多く、伝導障害や不整脈も多彩に出現し、心機能低下を反映して奔馬調律を聴取することがあります。心エコーでは間質の浮腫と炎症細胞浸潤により壁が一過性に肥厚し壁運動が低下するのが特徴で、左室壁のびまん性菲薄化と内腔拡大は拡張型心筋症など慢性期の線維化を示す所見であり、急性心筋炎を示唆しません。劇症型では機械的循環補助が必要になることもあるため、「風邪のあとの胸部症状」から早期に心筋炎を想起する姿勢が重要です。病態の時間経過と画像所見を結びつけて考えることは、心筋疾患全般の鑑別に役立ちます。
解答・解説
正解はaです
急性心筋炎の典型的な経過と所見を理解しているかを問う問題である。「疑わせる症候でないもの」を選ぶ否定形の設問であることに注意する。 急性心筋炎は、心筋に炎症細胞が浸潤して心筋細胞が障害される疾患で、原因の多くはウイルス感染(コクサッキーB群などのエンテロウイルス、アデノウイルス、インフルエンザウイルス、パルボウイルスB19、近年では新型コロナウイルスなど)である。そのため典型的には次のような流れをたどる。 1. 先行症状:発熱・悪寒・咽頭痛・倦怠感・筋肉痛などの感冒様症状や、悪心・嘔吐・腹痛・下痢などの消化器症状がみられる。 2. 数時間〜数日後に心症状が出現:胸痛、動悸、息切れ、失神などを呈する。 3. 心筋障害の所見:心電図異常(ST-T変化、伝導障害、不整脈)、心筋逸脱酵素(心筋トロポニン、CK-MB)の上昇、心不全徴候(奔馬調律、肺うっ血など)。 心エコーでは、炎症に伴う心筋の浮腫と細胞浸潤を反映して、心筋壁はむしろ一過性に厚くなり(壁肥厚)、同時に壁運動が低下する。これに対し、左室壁がびまん性に薄くなり内腔が拡大するのは、心筋細胞が長期間かけて脱落・線維化した結果であり、拡張型心筋症などの慢性期の所見である。急性の炎症過程とは逆向きの所見であるため、これが「急性心筋炎を疑わせない」所見となる。
選択肢考察
- ○a. 左室壁のびまん性の菲薄化
急性心筋炎の急性期には、間質の浮腫と炎症細胞浸潤によって心筋壁が一過性に肥厚し、壁運動が低下する(炎症が広範囲に及ぶとびまん性の壁肥厚と収縮低下を示す)。肥厚は炎症の消退とともに改善するのが特徴である。左室壁がびまん性に菲薄化し左室内腔が拡大する所見は、拡張型心筋症や、心筋炎が慢性化して拡張型心筋症様の病態に移行した場合など、慢性的な心筋の脱落・線維化を示すものであり、急性心筋炎を疑う根拠とはならない。よって本選択肢が該当する。
- ×b. 先行する感冒様症状
急性心筋炎の原因の多くはウイルス感染であり、心症状に先立って発熱、悪寒、咽頭痛、全身倦怠感、筋肉痛・関節痛などの感冒様症状がみられることが多い。心不全や不整脈で受診した患者に対して、数日〜数週前の感冒様症状の有無を問診することは、急性心筋炎を疑う重要なきっかけになる。
- ×c. ST-T異常
心筋の炎症と障害を反映して、急性心筋炎ではほぼ全例で何らかの心電図異常がみられ、そのなかでもST上昇・ST低下・T波陰転などのST-T変化が最も多い。ほかに低電位・R波減高、異常Q波、房室ブロックや脚ブロックなどの伝導障害、洞停止、期外収縮、心房細動、心室頻拍・心室細動など多彩な異常が経時的に変化しながら出現する。ST上昇は急性心筋梗塞との鑑別が問題となり、冠動脈造影などで冠動脈病変がないことを確認する。
- ×d. 奔馬調律
奔馬調律(ギャロップリズム)は、III音またはIV音が加わって馬が駆けるように聴こえる心音であり、心機能低下や心不全を示唆する。急性心筋炎では心筋障害により急速に心ポンプ機能が低下し、III音・IV音(奔馬調律)、肺野の湿性ラ音といった左心不全徴候や、頸静脈怒張・下腿浮腫などの右心不全徴候がみられる。急性心筋炎を疑う所見に含まれる。
- ×e. 腹部症状
急性心筋炎では、先行するウイルス感染症状として悪心・嘔吐・腹痛・下痢などの消化器症状がみられることが多い。また心不全や低心拍出に伴う腸管・肝のうっ血や循環不全によっても腹部症状が生じうる。特に小児では腹部症状が前面に出て胃腸炎と誤認されやすく、注意を要する所見である。
急性心筋炎の概要
・原因:ウイルス(エンテロウイルス、特にコクサッキーB群が代表的。ほかにアデノウイルス、インフルエンザウイルス、パルボウイルスB19、ヒトヘルペスウイルス6型、SARS-CoV-2など)、細菌、薬剤・ワクチン(mRNAワクチン後の若年男性の心筋炎など)、自己免疫疾患、免疫チェックポイント阻害薬など。 ・組織型:リンパ球性心筋炎が最も多い。ほかに巨細胞性心筋炎(予後不良)、好酸球性心筋炎、肉芽腫性心筋炎(心サルコイドーシス)がある。
診断の手がかり
・血液検査:白血球増多、CRP上昇などの炎症所見と、心筋トロポニン・CK-MBなど心筋逸脱酵素の上昇。 ・心電図:ST-T変化を中心に多彩で、経時的に変化する。 ・心エコー:一過性の壁肥厚、壁運動低下、心膜液貯留。 ・心臓MRI:T2強調像での心筋浮腫、ガドリニウム遅延造影(心外膜側優位の分布が多い)。 ・冠動脈造影:急性冠症候群の除外。 ・心内膜心筋生検:確定診断に用いられるが、炎症が斑状に分布するため偽陰性がありうる。
劇症型心筋炎
急激に心原性ショックや致死性不整脈に陥るもので、薬物治療に加え、大動脈内バルーンパンピング(IABP)、経皮的心肺補助(PCPS、VA-ECMO)、補助人工心臓などの機械的循環補助が必要となることがある。急性期を乗り切れば心機能が回復する例も多い。
鑑別:心筋壁の厚さで考える
・壁が厚くなる:急性心筋炎(浮腫による一過性)、肥大型心筋症、高血圧性心肥大、心アミロイドーシス、Fabry病など。 ・壁が薄くなり内腔拡大:拡張型心筋症、陳旧性心筋梗塞(梗塞部位に限局した菲薄化)、心筋炎後の慢性期など。
POINT
・急性心筋炎は感冒様症状や消化器症状が先行し、数日後に胸痛・心不全・不整脈で発症する。 ・心電図ではST-T変化が最も多く、伝導障害や不整脈など多彩な異常を示す。 ・心エコーでは浮腫による一過性の壁肥厚と壁運動低下がみられる。 ・びまん性の左室壁菲薄化と内腔拡大は拡張型心筋症など慢性期の所見であり、急性心筋炎を示唆しない。 ・劇症型では機械的循環補助が必要となることがある。
