その「基準値」は誰のための線か―基準範囲と臨床判断値、PSAだけが違う理由
第110回医師国家試験 H問題 第11問
国試問題にチャレンジ
基準値が特定の疾患の有無を判断する目的で設定されているのはどれか。
- a.CK
- b.AST
- c.PSA
- d.CRP
- e.白血球数
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生まとめ
多くの検査の基準値は、健常者の測定値の中央95%を範囲とした「基準範囲」であり、特定の疾患の有無を判断するためのものではなく、健常者でも約5%は範囲外となります。これに対し、疾患の有無や精査・治療の必要性を判断するために、感度・特異度や疫学データをもとに設定された値を「臨床判断値」と呼び、前立腺癌の精査を判断するPSAのカットオフ値(一般に4.0 ng/mL)はその代表です。CK、AST、CRP、白血球数は多様な病態で変動する非特異的な検査で、その基準値は基準範囲にあたります。PSAは前立腺肥大症や前立腺炎でも上昇し、確定診断には前立腺生検が必要である点も押さえておきましょう。基準値がどのような目的で設定されたかを意識することは、検査値を過大にも過小にも評価しないための基本となります。
解答・解説
正解はcです
問われていること
検査値の「正常」「異常」を判定する目安には、大きく分けて性質の異なる二種類がある。 ・基準範囲(基準値):健康な人の集団(基準個体)を多数測定し、その分布の中央95%(平均±2標準偏差に相当する範囲、またはパーセンタイルで2.5〜97.5%)を範囲としたもの。「健康な人の多くがこの範囲に入る」ことを示す統計的な目安であり、特定の病気があるかどうかを判定するために作られたものではない。そのため健康な人の約5%は範囲外となり、逆に病気があっても範囲内に収まることがある。 ・臨床判断値:特定の疾患や病態の有無を判断する、あるいは治療・予防の介入を始めるかを決めるために設定された値。病気のある群とない群のデータ(感度・特異度、ROC曲線など)や疫学研究の結果をもとに決められる。診断のためのカットオフ値(病態識別値)、治療開始の目安となる治療閾値、将来の発症リスクに基づく予防医学的閾値などがある。
考え方
選択肢のうち、CK・AST・CRP・白血球数は、多くの臓器障害や炎症・感染などさまざまな病態で変動する「非特異的」な検査であり、その基準値は健常者の分布から求めた基準範囲である。 これに対してPSA(前立腺特異抗原)は前立腺癌の検出を目的として用いられ、その「基準値」(一般に4.0 ng/mL)は健常者分布の上限ではなく、前立腺癌の可能性を判断して精密検査(前立腺生検など)を勧めるかどうかを決めるためのカットオフ値として設定されている。したがって正解はPSAである。
選択肢考察
- ×a. CK
CK(クレアチンキナーゼ)は主に骨格筋・心筋・脳に存在する酵素で、これらの組織が壊れると血中に漏れ出して上昇する。急性心筋梗塞、多発性筋炎・皮膚筋炎、筋ジストロフィー、横紋筋融解症、甲状腺機能低下症などのほか、激しい運動や筋肉注射、外傷でも上昇し、筋肉量によって性差もある。このように多くの原因で変動するため、その基準値は健常者の分布から求めた基準範囲であり、特定の疾患の有無を判断する目的で設定されたものではない。
- ×b. AST
AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)は肝細胞のほか、心筋・骨格筋・赤血球などにも含まれる酵素である。肝炎や脂肪肝などの肝障害で上昇するが、心筋梗塞、筋疾患、溶血(採血時の溶血を含む)でも上昇する。ALTと組み合わせて肝障害を推測することはできても、単独で特定の疾患を判定することはできない。基準値は健常者の分布に基づく基準範囲であり、誤りである。
- ○c. PSA
PSA(prostate-specific antigen:前立腺特異抗原)は前立腺の上皮細胞から分泌されるタンパク質で、前立腺癌のスクリーニングや経過観察に用いられる腫瘍マーカーである。一般に4.0 ng/mLがカットオフ値とされ、これを超えると前立腺癌の可能性を考えて直腸診・MRI・前立腺生検などの精査に進む。4〜10 ng/mLはグレーゾーンと呼ばれ、前立腺肥大症や前立腺炎との鑑別が問題となる範囲である。年齢とともにPSAが上昇することを考慮した年齢階層別の値(50〜64歳3.0 ng/mL、65〜69歳3.5 ng/mL、70歳以上4.0 ng/mL)も用いられる。このようにPSAの基準値は、健常者の分布ではなく前立腺癌の有無を判断する目的で設定された臨床判断値であり、本問の正解である。
- ×d. CRP
CRP(C反応性蛋白)は、炎症や組織傷害の際に放出されるサイトカイン(主にインターロイキン6)の刺激で肝臓が産生する急性期タンパクである。細菌感染症、膠原病、悪性腫瘍、外傷・手術後、心筋梗塞など多様な病態で上昇し、炎症の存在と程度を反映するが、原因疾患は特定できない。基準値は健常者の分布から求めた基準範囲であり、誤りである。
- ×e. 白血球数
白血球数は細菌感染症、炎症、ストレス、副腎皮質ステロイド投与、喫煙、白血病などで増加し、ウイルス感染症、再生不良性貧血、薬剤性の骨髄抑制、脾機能亢進などで減少する。このように多くの病態で増減するため、単独で特定の疾患の有無は判断できない。基準値は健常者の分布に基づく基準範囲であり、誤りである。
基準範囲と臨床判断値の違い
・基準範囲:一定の条件を満たした健常者(基準個体)の測定値の中央95%。健常者でも約5%は範囲外となる。病気の有無ではなく「健常者として一般的な値か」の目安である。CK、AST、ALT、CRP、白血球数、ヘモグロビン、電解質など、多くの一般検査がこれにあたる。かつて用いられた「正常値」という呼称は、範囲外を直ちに異常とする誤解を招くため、現在は「基準値」「基準範囲」と呼ぶ。 ・臨床判断値:特定の目的のために設定された値で、次のような種類がある。 1. 診断閾値(カットオフ値):ある疾患の有無を判別するための値。例:PSA 4.0 ng/mL(前立腺癌)、HbA1c 6.5%以上(糖尿病型)。 2. 治療閾値:治療を開始する目安となる値。 3. 予防医学的閾値:将来の疾患発症リスクに関する疫学研究から設定された値。例:LDLコレステロール140 mg/dL以上(高LDLコレステロール血症)、空腹時血糖126 mg/dL以上(糖尿病型)。
カットオフ値の考え方
カットオフ値を低く設定すると感度は上がる(見逃しが減る)が特異度が下がり(偽陽性が増える)、高く設定するとその逆になる。スクリーニングでは見逃しを減らすために感度を重視した設定がとられることが多い。
PSAに関する補足
PSAは「前立腺特異」であって「前立腺癌特異」ではない。前立腺肥大症、急性前立腺炎、尿閉、前立腺生検や尿道操作の後などでも上昇するため、高値であっても確定診断には前立腺生検による組織診断が必要である。精度を高める指標として、遊離型PSAと総PSAの比(F/T比:低いほど癌を疑う)やPSA密度(PSA値を前立腺体積で割った値)が用いられる。また、前立腺肥大症の治療に用いる5α還元酵素阻害薬(デュタステリドなど)は、PSA値を約半分に低下させるため解釈に注意が必要である。
POINT
・多くの検査の基準値(基準範囲)は、健常者の測定値の中央95%であり、特定疾患の診断を目的としたものではない。 ・特定の疾患の有無や介入の必要性を判断するために設定された値を臨床判断値(カットオフ値など)という。 ・PSAのカットオフ値(一般に4.0 ng/mL)は前立腺癌の有無を判断するために設定された臨床判断値である。 ・CK、AST、CRP、白血球数は多様な病態で変動する非特異的な検査であり、基準値は基準範囲である。 ・PSAは前立腺肥大症や前立腺炎でも上昇し、確定診断は前立腺生検による。
