残った薬が教えてくれること―「飲み忘れ」の実態と理由をつかむ服薬アドヒアランス
第110回医師国家試験 F問題 第3問
国試問題にチャレンジ
降圧薬を服用中の高齢患者から「時々,薬を飲み忘れます」と申告があった。 この患者の服薬アドヒアランスの把握と指導のために最も有用なのはどれか。
- a.降圧薬の血中濃度を測定する。
- b.認知機能評価の心理テストを行う。
- c.診療録に記載された血圧の推移を確認する。
- d.再受診時に飲み残した薬剤を持参してもらう。
- e.お薬手帳で他の医療機関の処方薬を確認する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
服薬アドヒアランスとは、患者が治療を理解して方針決定に参加し、自ら処方どおりに薬を続ける度合いを指し、受け身のコンプライアンスに代わる概念です。飲み忘れの把握と指導には、残薬を持参してもらうピルカウントが簡便かつ客観的で、飲み忘れの量や時間帯の傾向に加え、実物を前にした対話で理由まで聞き出せます。一般的な降圧薬はTDMの対象ではなく、受診時の血圧推移やお薬手帳、認知機能検査だけでは実際の服薬状況や改善策は直接わかりません。把握した情報をもとに、1日1回投与や配合剤による処方の単純化、一包化、服薬カレンダー、家族や薬剤師の支援などにつなげます。患者を責めずに障害要因を一緒に探す姿勢は、高血圧のように症状の乏しい慢性疾患の治療継続を支える基本となります。
解答・解説
正解はdです
服薬アドヒアランス(adherence)とは、患者が治療方針の決定に参加し、自ら納得したうえで処方どおりに薬を続ける度合いを指す。医師の指示に従うかどうかという一方向の「コンプライアンス」に代わって使われるようになった概念である。 本問の高齢患者は、自分から「時々飲み忘れる」と申告している。ここで医療者が知りたいのは次の2点である。 (1) 実際にどの薬を、どの時間帯に、どれくらい飲み忘れているか(服薬の実態)。 (2) なぜ飲み忘れるのか(生活の流れに合っていない、薬の数や回数が多い、効果を実感できず必要性に納得していない、物忘れがある、など)。 この両方を一度に把握でき、そのまま具体的な指導へつなげられる方法が「最も有用」となる。飲み残した薬(残薬)を持ってきてもらえば、残った数から飲み忘れの量と傾向が客観的にわかる。さらに実物を前に患者と話すことで、飲み忘れが起きる場面や理由を具体的に聞き出し、その場で対策を相談できる。
選択肢考察
- ×a. 降圧薬の血中濃度を測定する。
一般的な降圧薬は、治療域と中毒域が近い薬(ジゴキシン、抗てんかん薬、テオフィリンなど)とは違い、血中濃度を測る薬物血中濃度モニタリング(TDM)の対象ではない。仮に測っても、採血した時点での値しかわからず、日々の飲み忘れのパターンや理由はつかめない。指導にもつながりにくいため、最も有用とはいえない。
- ×b. 認知機能評価の心理テストを行う。
高齢者の飲み忘れの背景として認知機能低下を考えることは大切で、ほかに物忘れのエピソードがあれば評価する意味はある。しかし、「時々飲み忘れる」という訴えだけで認知機能障害があるとはいえない。飲み忘れは誰にでも起こりうる。また、検査の点数がわかっても、実際の服薬状況やその改善策は直接わからない。最初に行う手段として最も有用とはいえない。
- ×c. 診療録に記載された血圧の推移を確認する。
診療録の血圧は受診時に測った値にすぎない。白衣効果(診察室で血圧が高くなる現象)の影響を受けるうえ、受診直前だけきちんと飲めば値が良くなることもある。血圧は薬の効果や生活習慣、季節などにも左右されるため、その推移から服薬状況を判断するのは難しい。家庭血圧を毎日記録してもらえば補助的な手がかりにはなるが、飲み忘れの実態や理由を知る直接の方法ではない。
- ○d. 再受診時に飲み残した薬剤を持参してもらう。
残薬を数えれば、処方量と照らし合わせて飲み忘れの量を客観的に把握できる。たとえば朝の分は飲めているが夕の分が多く残っている、といった時間帯ごとの傾向もわかる。また、実物を前にして「どんなときに忘れやすいか」を一緒に振り返れば、飲み忘れの理由や、薬の必要性をどの程度納得しているかも聞き取れる。そのうえで、服用回数を減らす、一包化する、服薬カレンダーを使う、生活習慣に合わせて服用時間を変える、といった具体的な指導に直結する。残った薬の数に合わせて処方日数を調整すれば、余った薬を減らすことにもなる。把握と指導の両方に最も有用である。
- ×e. お薬手帳で他の医療機関の処方薬を確認する。
他院の処方を確認することは、重複投与や薬物相互作用を防ぎ、多剤併用(ポリファーマシー)を見直すうえで重要である。飲む薬の種類が多いほど服薬は複雑になり飲み忘れやすくなるので、背景の把握にも役立つ。しかし、お薬手帳からわかるのは処方の内容であり、患者が実際にどれだけ飲めているかはわからない。アドヒアランスの把握と指導に最も有用とはいえない。
コンプライアンスとアドヒアランス
コンプライアンスは「医師の指示を守る」という受け身の考え方であるのに対し、アドヒアランスは、患者が病気や治療を理解し、方針の決定に参加して、自分から治療を続けることを重視する考え方である。アドヒアランスが悪いときは、患者を責めるのではなく、障害となっている要因を医療者と患者が一緒に探し、取り除くことが求められる。
アドヒアランスに影響する要因
・患者側:病気や薬の必要性への理解・納得の程度、自覚症状の有無(高血圧は症状が乏しく、自己判断で中断されやすい)、副作用への不安、認知機能、視力や手指の機能、経済的負担など。 ・治療側:服用する薬の数・1日の服用回数・飲み方の複雑さ、剤形の飲みにくさなど。 ・医療者側:説明の十分さ、患者との信頼関係。
アドヒアランスの評価法
・残薬の確認(ピルカウント):簡便で客観的であり、指導にもつなげやすい。 ・患者への質問(自己申告):簡便だが、実際より良く申告されやすい。 ・服薬日誌、家庭血圧の記録。 ・薬物血中濃度:TDM対象薬では有用だが、すべての薬で行えるわけではない。 ・電子的な服薬モニタリング機器:主に研究で使われる。
アドヒアランス改善の工夫
処方の単純化(1日1回投与への変更、配合剤の利用、処方薬の整理)、一包化、服薬カレンダーやピルケースの利用、食事など生活習慣と服用のタイミングを結びつけること、家族や訪問看護・薬剤師の支援、処方医療機関の一元化、などがある。
POINT
・服薬アドヒアランスの把握には、残薬の確認が簡便・客観的で、指導にも直結する。 ・残薬を前に患者と話すことで、飲み忘れの量・時間帯の傾向・理由がわかり、具体的な対策(処方の単純化、一包化など)につなげられる。 ・降圧薬は通常TDMの対象ではない。 ・受診時の血圧の推移やお薬手帳の確認だけでは、実際の服薬状況はわからない。
