StudyMed医師国家試験

「1時間で治った麻痺」は治っていない―産業医が見逃してはならない一過性脳虚血発作

第110回医師国家試験 E問題 第56問

国試問題にチャレンジ

第110回 E問題 第56問

47歳の男性。定期健康診断で高血圧症を指摘され産業医面談に訪れた。話をよく聞くと,2週前に右片麻痺と言語障害が出現したが,1時間後にはすべての症状が消失した。その後は症状がないためそのままにしていたという。このことは家族,会社には話していない。路線バスの運転手で,時々長距離ツアーバスの運転をしている。残業は月10時間程度である。定期健康診断の結果は以下のとおりである。身長170 cm,体重71 kg。血圧182/96 mmHg。血液所見:赤血球490万,Hb 14.8 g/dL。血液生化学所見:AST 15 IU/L,ALT 22 IU/L,γ-GTP 32 IU/L(基準8~50),空腹時血糖132 mg/dL,総コレステロール211 mg/dL,トリグリセリド144 mg/dL,HDLコレステロール40 mg/dL。心電図と胸部エックス線写真で異常を認めない。  最も適切な指示はどれか。

  1. a.「今すぐ専門医に連れて行ってもらってください」
  2. b.「時間があるときに医療機関を受診してください」
  3. c.「出勤して良いですが運転はしないでください」
  4. d.「今までどおり勤務を続けて大丈夫です」
  5. e.「自宅で休んでください」

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、健康診断の面談で偶然打ち明けられた「もう治った症状」をどう扱うかという問題だ。着眼点は2つ。過去の症状が何を意味するのか、そしてこの人の職業を踏まえて産業医として何を最優先に指示すべきか、だね。
医学生医学生
片麻痺と言語障害が出て、1時間で消えている……一過性脳虚血発作、TIAでしょうか。
ドクタードクター
その通り。右片麻痺と失語の組み合わせは左大脳半球、特に左中大脳動脈領域の局所症状だ。それが突然出て短時間で完全に消えた経過から、まずTIAを考える。高血圧、糖尿病型の空腹時血糖、LDLコレステロールも推定で高めと、動脈硬化の危険因子が重なっていることもこれを支持するね。
医学生医学生
でも、もう2週間たっていて症状もないなら、急ぐ必要はそこまでないようにも思えてしまいます。
ドクタードクター
そこが一番の落とし穴だ。TIAは「脳梗塞の前触れ」で、切迫脳梗塞とも呼ばれる。脳梗塞への移行は発作直後の48時間から1週間に特に多いけれど、90日以内でも少なからず起こる。しかもこの人は原因検索も治療も一切受けていない。頸動脈の高度狭窄や心原性の塞栓源が隠れていても、まったくわかっていない状態なんだ。
医学生医学生
神経内科の講義で、ABCD2スコアでリスクを評価すると習いました。
ドクタードクター
いいね。年齢、血圧、臨床症状、持続時間、糖尿病の5項目だ。この人は60歳未満だから年齢は0点だけど、血圧で1点、片側の運動麻痺で2点、持続が60分以上で2点。糖尿病と確定すればさらに1点で、5〜6点の中〜高リスク群にあたる。決して楽観できない数字だよ。
医学生医学生
それなら、今すぐ専門医に連れて行ってもらう、という指示が正解ですね。付き添いを頼むのは、本人がこれまで受診を先延ばししてきたからでしょうか。
ドクタードクター
まさにそう。本人任せにすればまた後回しになりかねない。家族などに付き添ってもらい、その日のうちに脳神経内科や脳神経外科、脳卒中センターで確実に評価を受けさせるのが最も適切だ。では、他の指示がなぜダメかも見ていこう。「時間があるときに受診」はどう思う?
医学生医学生
実際に2週間受診していない人に言っても、きっと行かないですよね。その間に脳梗塞を起こしたら取り返しがつきません。
ドクタードクター
その通り。TIAは緊急に評価すべき病態だから、受診時期を本人の都合に任せてはいけない。では「出勤して良いが運転はしない」は?バス運転手だから、安全面では一見よさそうだけど。
医学生医学生
私も一瞬それかと思いました。でも運転をやめても、脳梗塞のリスク自体は何も減っていませんね。
ドクタードクター
鋭いね。肝心の医療機関での評価と治療につながらない。それに、職業運転者に根拠となる評価も期間の見通しもないまま運転禁止だけを伝えるのは、生活の基盤に関わる判断としても不十分だ。運転業務の制限の要否や期間は、専門医の評価と治療の結果を踏まえて決めるものなんだ。
医学生医学生
「今までどおり勤務を続けて大丈夫」は論外として、「自宅で休む」も安静にしているだけでは意味がないですよね。
ドクタードクター
そう。今まで通りの勤務は、本人のリスクを放置するうえに、運転中に発作が起これば乗客や周囲を巻き込む大事故になりうる。自宅休養も原因の評価や予防にはならず、むしろ自宅で脳梗塞を起こせば発見が遅れて、血栓溶解療法や血栓回収療法の時間を逃すおそれがある。必要なのは休養ではなく受診なんだ。
医学生医学生
専門医のところでは、どんな検査をするんですか。
ドクタードクター
頭部MRIの拡散強調像で新しい梗塞がないかを見て、MRAや頸動脈超音波で血管の狭窄を、心電図モニターや心エコーで心房細動などの塞栓源を探す。実はTIAの定義も変わってきていて、昔は「24時間以内に消える」という時間の定義だったけれど、症状が消えてもMRIで新しい梗塞が見つかる例が多いことから、今は画像上の梗塞を伴わないものと組織で定義するのが主流だ。
医学生医学生
治療は抗血小板薬ですか。
ドクタードクター
非心原性なら抗血小板療法が基本で、発症早期の高リスク例ではアスピリンとクロピドグレルを短期間併用することもある。心房細動など心原性なら抗凝固療法だ。高度の頸動脈狭窄があれば、頸動脈内膜剝離術やステント留置術も検討する。そして高血圧、糖尿病、脂質異常症といった危険因子の管理も欠かせない。
医学生医学生
産業医は、病気を診るだけでなく、その人の健康状態が仕事の安全にどう影響するかも考えなければいけないんですね。社会医学の実習で産業医の職場巡視に同行したのを思い出しました。
ドクタードクター
そうだね。産業医の仕事は、まず確実に受診させること、そしてその結果を踏まえて就業上の措置について意見を述べることだ。「症状が消えた」という言葉に安心せず、背後にある脳梗塞のリスクを見抜く目を持っておこう。

まとめ

突然の片麻痺や言語障害が短時間で完全に消失した場合は一過性脳虚血発作(TIA)を考え、症状が消えていても脳梗塞の前兆として緊急に専門医の評価を受けさせる必要があります。TIA後の脳梗塞は発症早期に多いものの、未評価・未治療のままではその後もリスクが続き、ABCD2スコア(年齢、血圧、臨床症状、持続時間、糖尿病)で危険度を見積もることができます。専門医ではMRI拡散強調像、MRA、頸動脈超音波、心電図・心エコーで原因を調べ、抗血小板療法や抗凝固療法、危険因子の管理、必要に応じて頸動脈の血行再建を行います。職業運転者では事故のリスクも重大ですが、運転制限など就業上の措置は専門医の評価を踏まえて判断するのが原則です。「治った症状」に潜む緊急性を見抜き、確実に医療につなぐ判断力は、臨床医にも産業医にも欠かせない力です。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・47歳男性。健康診断で高血圧症を指摘され、産業医面談に来た。 ・2週前に右片麻痺と言語障害が突然出現し、約1時間で完全に消えた。その後症状はなく、医療機関にかかっていない。家族や会社にも伝えていない。 ・職業は路線バスの運転手で、長距離ツアーバスも運転する(多数の乗客の命を預かる職業運転者)。 ・血圧182/96 mmHg(Ⅱ度〜Ⅲ度相当の高血圧。収縮期180 mmHg以上はⅢ度)。 ・空腹時血糖132 mg/dL(126 mg/dL以上で糖尿病型)。 ・脂質:総コレステロール211、トリグリセリド144、HDLコレステロール40 mg/dL。Friedewald式(LDL=総コレステロール−HDL−トリグリセリド÷5)で推定するとLDLコレステロールは約142 mg/dLで、境界域〜高値である。 ・BMIは約24.6 kg/m²。心電図・胸部エックス線写真は異常なし(心房細動などは今回の心電図ではとらえられていない)。

診断へのプロセス

右片麻痺と言語障害(失語)の組み合わせは、左大脳半球(左中大脳動脈領域)の障害を示す局所神経症状(巣症状)である。これが突然出現し、24時間以内、本例では1時間程度で完全に消失していることから、一過性脳虚血発作(TIA:transient ischemic attack)が最も考えられる。高血圧、糖尿病型の高血糖、脂質異常の疑いと、複数の動脈硬化危険因子を有することもこれを支持する。 厳密には、一過性の巣症状はてんかん発作後のTodd麻痺、低血糖、片頭痛の前兆、小さな脳出血などでも起こりうるが、突然発症の片麻痺・言語障害が短時間で消失した経過と危険因子の集積からは、まずTIAとして対応すべきである。

設問の考え方

TIAは「治ったから大丈夫」な病態ではなく、脳梗塞の前触れ(切迫脳梗塞)である。TIA後の脳梗塞発症は直後ほど多く、発症後48時間以内・1週間以内に集中するが、90日以内でも相当数が脳梗塞に移行する。本例では発作から2週間がたっているが、原因(頸動脈の高度狭窄、心原性塞栓源など)も未評価で、治療も行われていないため、リスクは依然として高い。さらに、運転中に脳梗塞や再度のTIAが起これば、乗客や第三者を巻き込む重大事故につながる。 したがって、産業医は受診を本人任せにせず、ただちに専門医(脳神経内科・脳神経外科、脳卒中センター)で評価を受けるよう指示すべきである。専門医では頭部MRI(拡散強調像)、頸動脈超音波、MRA、心電図モニター・心エコーなどで病因を明らかにし、抗血小板療法や危険因子の管理を開始する。就業上の措置(運転業務の制限の要否や期間)は、その評価結果を踏まえて判断する。

選択肢考察

  1. ○a.  「今すぐ専門医に連れて行ってもらってください」

    TIAが強く疑われ、高血圧・高血糖など動脈硬化の危険因子を複数もつ本例は、脳梗塞へ移行するリスクが高い。未評価・未治療のまま2週間が経過しており、病因検索と再発予防治療(抗血小板薬、降圧、糖・脂質管理など)を早急に始める必要がある。本人が受診を先延ばししてきた経緯もあり、家族などに付き添ってもらい、その日のうちに確実に専門医を受診させる指示が最も適切である。TIAではラクナ梗塞に比べて頸動脈など太い動脈の高度狭窄が見つかる頻度が高いとされ、その場合は頸動脈内膜剝離術やステント留置の適応評価も必要となる。

  2. ×b.  「時間があるときに医療機関を受診してください」

    TIAは緊急に評価・治療すべき病態であり、受診時期を本人の都合に任せる指示は不適切である。本例はすでに2週間受診しておらず、「時間があるときに」と言えば忙しさを理由に受診がさらに遅れ、その間に脳梗塞を発症するおそれがある。

  3. ×c.  「出勤して良いですが運転はしないでください」

    運転を控えさせるという点は安全面で一理あるが、最も重要な医療機関での評価・治療につながらず、脳梗塞発症のリスクは放置されたままである。また、職業運転者に対し、根拠となる評価も期間の見通しもなく運転禁止だけを伝えることは生活基盤にかかわり、適切な就業上の措置とはいえない。運転制限の要否や期間は、専門医による評価と治療の結果を踏まえて判断すべきである。

  4. ×d.  「今までどおり勤務を続けて大丈夫です」

    TIAを見過ごして何もしない指示であり、最も不適切である。本人の脳梗塞のリスクを放置するだけでなく、バスの運転中に脳梗塞や再度のTIAが起これば、乗客や周囲の人を巻き込む重大事故につながる。

  5. ×e.  「自宅で休んでください」

    自宅で安静にしても、TIAの原因の評価や脳梗塞の予防にはならない。自宅にいる間に脳梗塞を発症すれば、発見や治療(血栓溶解療法・血栓回収療法)の開始が遅れるおそれもある。必要なのは休養ではなく速やかな専門医受診である。

一過性脳虚血発作(TIA)

・脳・脊髄・網膜の局所的な虚血により一過性の神経症状が生じ、画像上の急性梗塞を伴わないものをいう。かつては「症状が24時間以内に消失するもの」という時間による定義が用いられたが、24時間以内に症状が消えてもMRI拡散強調像で新鮮梗塞がみられる例が多いことから、現在は組織(画像)に基づく定義が主流である。多くは1時間以内に消失する。 ・症状:片麻痺、感覚障害、失語・構音障害、一過性黒内障(片眼の一過性視力消失。内頸動脈系の虚血を示す)など。 ・原因:頸動脈などの動脈硬化性狭窄からの微小塞栓(アテローム血栓性)、心房細動などによる心原性塞栓、血行力学的機序など。

TIA後の脳梗塞リスク評価:ABCD2スコア

・A(Age):60歳以上で1点。 ・B(Blood pressure):初回評価時の収縮期血圧140 mmHg以上または拡張期血圧90 mmHg以上で1点。 ・C(Clinical features):片側の運動麻痺2点、運動麻痺を伴わない言語障害1点。 ・D(Duration):症状持続60分以上2点、10〜59分1点。 ・D(Diabetes):糖尿病ありで1点。 合計0〜7点で、点数が高いほど早期の脳梗塞リスクが高い(原報告では2日以内の脳梗塞発症率が0〜3点で約1%、4〜5点で約4%、6〜7点で約8%)。本例はA 0点、B 1点、C 2点、D(持続約1時間)2点で、糖尿病と確定すれば+1点となり、5〜6点の中〜高リスク群にあたる。

TIAの対応

・TIAを疑ったら速やかに医療機関で評価する(急性期脳梗塞に準じた緊急対応)。 ・検査:頭部MRI(拡散強調像)・MRA、頸動脈超音波、心電図・ホルター心電図、心エコーなど。 ・治療:非心原性では抗血小板療法(発症早期の高リスク例ではアスピリンとクロピドグレルの短期併用)、心原性では抗凝固療法。高度の頸動脈狭窄には頸動脈内膜剝離術(CEA)や頸動脈ステント留置術(CAS)を考慮する。 ・危険因子の管理:高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、心房細動など。

産業医の役割

産業医は労働者の健康を守るとともに、その健康状態が業務の安全に及ぼす影響も考える立場にある。まず医療機関受診を確実に行わせ、その評価結果を踏まえて就業上の措置(業務内容の変更、運転業務の制限など)について意見を述べる。

POINT

・突然の片麻痺・言語障害が短時間で完全に消失 → 一過性脳虚血発作(TIA)を考える。 ・TIAは脳梗塞の前兆であり、発症後早期ほど脳梗塞リスクが高い。症状が消えていても緊急に専門医の評価を受けさせる。 ・ABCD2スコア(年齢、血圧、臨床症状、持続時間、糖尿病)で脳梗塞発症リスクを評価する。 ・職業運転者では事故リスクもあるが、就業制限の判断は専門医の評価・治療を踏まえて行う。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。