胃は「吸収しない臓器」―それでもエタノールだけが通り抜ける理由
第110回医師国家試験 E問題 第4問
国試問題にチャレンジ
胃から吸収されるのはどれか。
- a.鉄
- b.葉酸
- c.脂肪酸
- d.エタノール
- e.グルコース
対話形式の解説
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ドクターまとめ
胃は食物を貯留・消化する臓器で、絨毛がなく粘液層と密着結合に覆われているため、栄養素の吸収はほとんど行われません。例外的に胃から吸収されるのは単純拡散で脂質二重層を通過できる物質で、代表がエタノールです(ただし吸収量は小腸のほうが多い)。鉄は十二指腸、グルコース・葉酸・脂肪酸は主に空腸で、いずれも輸送体やミセル形成を介して吸収され、ビタミンB12と胆汁酸は回腸末端で吸収されます。胃切除後のビタミンB12欠乏や鉄欠乏、回腸末端病変での胆汁酸性下痢など、吸収部位の知識は術後や疾患に伴う欠乏症の予測に直結します。「分子が小さく、脂溶性で、電荷をもたない物質ほど膜を通りやすい」という原理から理解しておくと、薬物動態を考える際の基礎にもなります。
解答・解説
正解はdです
消化管で栄養素や薬物がどこから吸収されるかを問う問題である。 胃は本来、食物を一時的に貯めて胃酸とペプシンで消化し、少しずつ十二指腸へ送り出す臓器であり、栄養素を吸収する場ではない。胃の粘膜表面は粘液層で覆われ、上皮細胞どうしは密着結合(タイト結合)で強く結ばれている。さらに小腸のような絨毛・微絨毛がないため吸収面積も小さい。そのため、糖・アミノ酸・脂質・ビタミン・ミネラルといった栄養素は、ほぼすべて小腸(十二指腸・空腸・回腸)で吸収される。 例外的に胃から吸収されるのは、細胞膜(脂質二重層)を単純拡散で通り抜けられる物質である。代表がエタノールで、分子が小さく水にも脂質にも溶けやすいため、輸送体を必要とせず胃粘膜を透過する。このほか、胃酸の中でイオン化しにくい弱酸性の薬物(アスピリンなど)も一部胃から吸収される。 したがって、「輸送体を使って小腸で吸収される栄養素」と「単純拡散で胃からも吸収される物質」を区別できれば、エタノールを選ぶことができる。
選択肢考察
- ×a. 鉄
誤り。鉄は主に十二指腸から空腸上部で吸収される。食物中の非ヘム鉄の多くは3価鉄(Fe3+)であり、腸上皮の刷子縁にある還元酵素(十二指腸シトクロムb:Dcytb)で2価鉄(Fe2+)に還元されたのち、2価金属輸送体(DMT1)によって細胞内に取り込まれる。ヘム鉄はヘムのまま別の経路で取り込まれる。胃酸は鉄を溶かして還元されやすくすることで吸収を助けるが、吸収そのものは胃では起こらない。胃切除後に鉄欠乏性貧血が起こりやすいのは、胃酸の減少と十二指腸を食物が通らなくなる(再建法による)ことが原因である。
- ×b. 葉酸
誤り。葉酸は主に空腸(十二指腸から空腸上部)で吸収される。食物中の葉酸はグルタミン酸が多数つながったポリグルタミン酸型であり、小腸刷子縁の酵素でモノグルタミン酸型に分解されてから、プロトン共役型葉酸輸送体(PCFT)などで取り込まれる。輸送体を介した吸収であり、胃からは吸収されない。空腸の広範な病変(セリアック病など)では葉酸欠乏が起こりうる。
- ×c. 脂肪酸
誤り。食物中の脂肪(主にトリグリセリド)は膵リパーゼで脂肪酸とモノグリセリドに分解され、胆汁酸とともにミセルを形成して小腸上皮の表面まで運ばれ、主に空腸で吸収される。長鎖脂肪酸は上皮細胞内でトリグリセリドに再合成され、カイロミクロンとしてリンパ管(乳び管)に入る。中鎖・短鎖脂肪酸は水に溶けやすく、そのまま門脈に入る。胃では舌リパーゼ・胃リパーゼによる一部の消化は始まるが、吸収はほとんど起こらない。
- ○d. エタノール
正しい。エタノールは分子量が小さく(約46)、水にも脂質にも溶けるため、輸送体を必要とせず単純拡散によって胃粘膜を通過できる。そのため胃からも吸収され、飲酒後速やかに血中濃度が上昇する。ただし吸収量としては表面積の大きい小腸(十二指腸・空腸)の方が多く、胃からの吸収は全体の一部(おおむね2割程度)である。食事とともに飲酒すると胃内に留まる時間が延びて小腸への移行が遅れるため、血中濃度の上昇が緩やかになる。また胃粘膜にはアルコール脱水素酵素が存在し、吸収前に一部が代謝される(初回通過効果)。
- ×e. グルコース
誤り。グルコースは主に十二指腸から空腸で吸収される。小腸上皮の管腔側にあるナトリウム依存性グルコース輸送体1(SGLT1)によってNa+とともに細胞内へ取り込まれ(二次性能動輸送)、血管側の膜にあるグルコース輸送体2(GLUT2)で血中へ出る。グルコースは水溶性が高く脂質二重層を自由には通れないため、輸送体のない胃では吸収されない。経口補水液に糖とNa+が一緒に含まれているのは、このSGLT1の共輸送を利用して水とNa+の吸収を促すためである。
消化管各部位の主な吸収物質
・胃:エタノール、一部の弱酸性薬物(アスピリンなど)、水(わずか)。栄養素はほとんど吸収されない。 ・十二指腸:鉄、カルシウム(能動輸送は十二指腸で最も盛ん)、マグネシウムなど。 ・空腸:糖質(グルコース、ガラクトース、フルクトース)、アミノ酸・ペプチド、脂肪酸・モノグリセリド、水溶性ビタミン(葉酸など)、脂溶性ビタミン(A・D・E・K)。栄養素吸収の中心である。 ・回腸:ビタミンB12(内因子と結合した形で回腸末端から吸収)、胆汁酸(回腸末端で再吸収され腸肝循環を形成)。 ・大腸:水とNa+(電解質)、腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸。
臨床との関連
・胃全摘後:内因子が失われビタミンB12欠乏(巨赤芽球性貧血)が数年後に起こる。胃酸減少と再建法により鉄欠乏性貧血も起こりやすい。 ・回腸末端切除やCrohn病:ビタミンB12吸収障害と胆汁酸の喪失による脂肪吸収障害・胆汁酸性下痢が生じる。 ・十二指腸を食物が通らない再建(Billroth II法、Roux-en-Y法)では、鉄やカルシウムの吸収が低下する。
単純拡散で吸収されやすい物質の条件
分子が小さく、脂溶性が高く、電荷をもたない(イオン化していない)ほど脂質二重層を通過しやすい。エタノールはこの条件を満たすため、胃からも吸収される。
POINT
・栄養素の吸収はほぼすべて小腸で行われ、胃からはほとんど吸収されない。 ・胃から吸収される代表はエタノール(単純拡散)である。弱酸性薬物(アスピリン)も一部吸収される。 ・鉄は十二指腸、糖・アミノ酸・脂肪酸・葉酸は空腸、ビタミンB12と胆汁酸は回腸末端で吸収される。 ・胃切除後はビタミンB12欠乏と鉄欠乏に注意する。
