虫歯の治療で血栓はできる?―Virchowの3徴で解く深部静脈血栓症のリスク
第110回医師国家試験 A問題 第1問
国試問題にチャレンジ
深部静脈血栓症のリスクファクターでないのはどれか。
- a.肥満
- b.妊娠
- c.う歯治療
- d.長期臥床
- e.担癌状態
対話形式の解説
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ドクターまとめ
深部静脈血栓症の危険因子は、Virchowの3徴(血流の停滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進)で整理すると理解しやすくなります。長期臥床や肥満は主に血流の停滞、妊娠は子宮による静脈圧迫と凝固能亢進、担癌状態は腫瘍による凝固系の活性化を通じてリスクを高めます。一方、う歯治療などの歯科処置は一過性菌血症による感染性心内膜炎の誘因であり、静脈血栓症の危険因子ではありません。ほかにも下肢の整形外科手術、経口避妊薬、脱水、先天性血栓性素因などが重要で、診断ではDダイマーの高い陰性的中率と下肢静脈超音波検査を組み合わせます。リスクを理屈で把握しておくことは、入院患者の血栓予防や肺血栓塞栓症の早期発見に直結します。
解答・解説
正解はcです
深部静脈血栓症(DVT:deep vein thrombosis)は、主に下肢や骨盤内の深部静脈に血栓ができる疾患である。血栓が遊離して肺動脈に詰まると肺血栓塞栓症(PTE)を起こすため、両者をまとめて静脈血栓塞栓症(VTE:venous thromboembolism)と呼ぶ。 静脈血栓ができる要因は、19世紀の病理学者Virchowが提唱した3要素(Virchowの3徴)で整理する。 (1) 血流の停滞:長期臥床、麻痺、長時間の座位(長距離の飛行機旅行など)、妊娠子宮や腫瘤による静脈の圧迫、肥満、心不全など (2) 血管内皮の障害:手術(特に骨盤・股関節・膝関節の手術)、外傷・骨折、中心静脈カテーテル留置、静脈炎の既往など (3) 血液凝固能の亢進:悪性腫瘍、妊娠・産褥、エストロゲン製剤(経口避妊薬など)、脱水、先天性血栓性素因(プロテインC・プロテインS・アンチトロンビン欠乏症など)、抗リン脂質抗体症候群、ネフローゼ症候群など 本問は「リスクファクターでないもの」を選ぶ問題である。各選択肢が3要素のどれかに当てはまるかを考えればよい。う歯(虫歯)治療は、口腔内の細菌が血中に入る菌血症を起こしうる処置であり、感染性心内膜炎との関連で問題になる。静脈血栓の3要素とは直接関係しない。
選択肢考察
- ×a. 肥満
リスクファクターである。肥満では、腹部の内臓脂肪や皮下脂肪によって腹圧が上がり、下大静脈や腸骨静脈が圧迫されて下肢からの静脈還流が滞りやすい。また、活動量が少なくなりやすく、下肢の筋ポンプ作用(ふくらはぎの筋肉が収縮して静脈血を心臓へ押し戻す働き)も弱くなる。さらに、脂肪組織から出る炎症性サイトカインや、線溶(血栓を溶かす働き)を抑えるPAI-1(プラスミノゲン活性化因子インヒビター1)の増加によって、凝固しやすい状態になる。周術期の静脈血栓塞栓症予防でも、肥満はリスクを上げる付加的因子として扱われる。
- ×b. 妊娠
リスクファクターである。妊娠中は、増大した子宮が下大静脈や腸骨静脈を圧迫し、下肢の静脈血がうっ滞する。また、エストロゲンの作用でフィブリノゲンや第VII・VIII・X因子などの凝固因子が増え、凝固を抑えるプロテインSは減り、線溶系も抑えられて、凝固しやすい状態になる。これは分娩時の出血に備えた生理的な変化である。リスクは産褥期(特に帝王切開後)にさらに高くなり、肺血栓塞栓症は妊産婦死亡の重要な原因の一つである。
- ○c. う歯治療
リスクファクターではない。これが正解である。抜歯や歯周組織に及ぶ歯科処置では、口腔内の常在菌(緑色レンサ球菌など)が一時的に血中に入る(一過性菌血症)。弁膜症や人工弁などの基礎心疾患をもつ人では、この菌が心臓の弁に付着して感染性心内膜炎を起こすことがある。そのため、ハイリスク患者では歯科処置前に抗菌薬を予防投与する。う歯治療は血流の停滞・血管内皮の障害・凝固能の亢進のいずれにも当たらず、深部静脈血栓症の危険因子とはされない。
- ×d. 長期臥床
リスクファクターである。歩行時には、ふくらはぎの筋肉が収縮して深部静脈を圧迫し、静脈弁と協調して血液を心臓へ送り返している(筋ポンプ作用)。長期臥床ではこの働きがほとんどなくなり、下肢の深部静脈、特にヒラメ筋静脈などに血液がうっ滞して血栓ができやすくなる。手術後、脳卒中後の麻痺、重症疾患での入院などが代表的な状況である。このため、早期離床、下肢の自動運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、抗凝固薬などによる予防が行われる。
- ×e. 担癌状態
リスクファクターである。悪性腫瘍では、腫瘍細胞が組織因子やがん凝固促進物質(cancer procoagulant)を産生し、凝固系を直接活性化する。また、腫瘍に反応して出るIL-1やTNF-αなどのサイトカインが血管内皮を凝固しやすい状態に変え、血小板の活性化も起こる。さらに、腫瘍による静脈の圧迫、手術、化学療法、中心静脈カテーテルの留置、臥床なども重なり、静脈血栓のリスクが大きく上がる。悪性腫瘍に伴う凝固亢進状態はTrousseau症候群とも呼ばれ、原因不明の静脈血栓症をきっかけに潜在的ながんが見つかることもある。
Virchowの3徴と代表的な危険因子
・血流の停滞:長期臥床、下肢麻痺、ギプス固定、長時間の座位(いわゆるエコノミークラス症候群)、肥満、妊娠、心不全、静脈瘤、腫瘤による静脈圧迫 ・血管内皮の障害:手術(人工股関節・人工膝関節置換術、股関節骨折手術、骨盤内手術は特に高リスク)、外傷、カテーテル留置、静脈血栓症の既往 ・血液凝固能の亢進:悪性腫瘍とその治療、妊娠・産褥、経口避妊薬・ホルモン補充療法、脱水、多血症、炎症性腸疾患、ネフローゼ症候群、抗リン脂質抗体症候群、先天性血栓性素因(アンチトロンビン欠乏症、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症など)
深部静脈血栓症の症状・診断
片側下肢の腫脹、疼痛、発赤、熱感などがみられるが、無症状のことも多い。下肢静脈の圧迫超音波検査が第一選択の画像検査である。血液検査ではDダイマーが有用で、正常であれば静脈血栓症をほぼ否定できる(陰性的中率が高い)。陽性でも特異度は低いため、それだけで診断はできない。造影CTでは肺血栓塞栓症と下肢静脈血栓を同時に評価できる。
治療・予防
治療の中心は抗凝固療法(ヘパリン、ワルファリン、直接経口抗凝固薬(DOAC))である。予防は、リスクに応じて早期離床・下肢運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、抗凝固薬を組み合わせる。
う歯治療と感染性心内膜炎
人工弁置換後、感染性心内膜炎の既往、一部の先天性心疾患などハイリスクの患者では、出血を伴う歯科処置の前にアモキシシリンなどを予防投与する。
POINT
・静脈血栓の成因はVirchowの3徴(血流の停滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進)で整理する。 ・肥満、妊娠、長期臥床は主に血流の停滞に、悪性腫瘍・妊娠は凝固能亢進に当たり、いずれも深部静脈血栓症の危険因子である。 ・手術(特に整形外科の下肢手術・骨盤内手術)、経口避妊薬、先天性血栓性素因も重要な危険因子である。 ・う歯治療(歯科処置)は一過性菌血症を通じて感染性心内膜炎の誘因となるが、深部静脈血栓症の危険因子ではない。
