縮れた髪が語る銅の欠乏―セルロプラスミン低値の乳児で考えるMenkes病
第109回医師国家試験 I問題 第64問
国試問題にチャレンジ
1歳1か月の男児。体重増加不良,筋力低下および発達の遅れから先天代謝異常が疑われ精査のため母親に連れられて来院した。寝返りはできず,呼吸器感染症を繰り返している。血清セルロプラスミン値は低値である。 身体所見で認められるのはどれか。
- a.肝脾腫
- b.頭囲拡大
- c.毛髪の異常
- d.Kayser-Fleischer輪
- e.桜実紅斑〈cherry-red spot〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳児期から重い発達遅滞・筋緊張低下・反復感染を示す男児で血清セルロプラスミンが低値なら、銅欠乏をきたすMenkes病(ATP7A異常、X連鎖劣性)を考えます。特徴的な身体所見は銅依存性酵素の低下による毛髪の異常(kinky hair、捻転毛)で、ほかに低体温、骨粗鬆症、脳血管の蛇行、膀胱憩室などもみられます。同じくセルロプラスミンが低いWilson病は銅過剰の疾患で、発症は通常3歳以降、Kayser-Fleischer輪や肝障害が特徴であり、肝脾腫や桜実紅斑は蓄積性の代謝異常症の所見として区別します。治療はヒスチジン銅の皮下注射で早期開始が重要なため、「銅が多いか少ないか」と酵素ごとの症状を結びつけて理解しておくことが、早期診断につながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・1歳1か月の男児。 ・体重増加不良、筋力低下、発達の遅れ(1歳を過ぎても寝返りができない。寝返りは通常生後5〜6か月ころに獲得する)があり、先天代謝異常が疑われている。 ・呼吸器感染症を繰り返している。 ・血清セルロプラスミンが低値である。
診断へのプロセス
セルロプラスミンは肝臓で合成される銅結合蛋白で、血清中の銅の大部分(約9割以上)はこれに結合して存在する。鉄を2価から3価に酸化するフェロキシダーゼ活性ももつ。乳幼児でセルロプラスミンが低くなる代表的な先天代謝異常は、銅代謝異常症であるWilson病とMenkes病である。 Wilson病は肝臓から胆汁中への銅排泄が障害されて銅が体内に蓄積する疾患で、症状が出るのは通常3歳以降であり、肝障害が先行し、神経症状は学童期後半〜思春期以降に現れることが多い。1歳の時点で重い発達遅滞と筋力低下をきたすことはまずない。 一方、Menkes病は腸管からの銅吸収と組織への銅輸送が障害されて全身が銅欠乏になる疾患で、伴性(X連鎖)劣性遺伝のため男児に発症し、生後2〜3か月ころからけいれん、筋緊張低下、発達の停止・退行が目立ってくる。銅を必要とする酵素の働きが低下するため、毛髪の異常、低体温、骨粗鬆症、易感染性なども生じる。 乳児期からの重い発達遅滞、筋力低下、反復感染、男児、セルロプラスミン低値という組み合わせからMenkes病と考えられる。
設問への考え方
Menkes病で特徴的な身体所見を選ぶ。Menkes病の最も有名な所見は、銅依存性酵素の障害による毛髪の異常(縮れ毛、kinky hair)である。他の選択肢は、Wilson病や脂質蓄積症などほかの代謝異常症の所見として整理しておく。
選択肢考察
- ×a. 肝脾腫
誤り。Menkes病は銅が足りなくなる疾患であり、臓器に物質がたまって腫大するわけではないので、肝脾腫は特徴的所見ではない。肝脾腫は、Gaucher病やNiemann-Pick病などのリソソーム病、ムコ多糖症、糖原病のような蓄積性の代謝異常症で目立つ。銅が肝臓に蓄積するWilson病でも、肝硬変に伴う門脈圧亢進による脾腫を含めて肝脾腫がみられることがある。
- ×b. 頭囲拡大
誤り。Menkes病では大脳・小脳の神経変性が進むため、むしろ頭囲の拡大は目立たない(小頭傾向となることが多い)。乳児の頭囲拡大は、水頭症、硬膜下水腫・血腫、くも膜嚢胞、脳腫瘍などの頭蓋内病変や、Sotos症候群などの過成長症候群、代謝異常ではムコ多糖症(Hurler症候群など)、Canavan病、Alexander病などでみられる。
- ○c. 毛髪の異常
正しい。Menkes病では、ケラチンの架橋形成に関わる銅依存性酵素(スルフヒドリルオキシダーゼなど)の働きが低下するため、毛髪がもろく、短く、縮れて、色が薄くなる。この特徴的な毛髪はkinky hair(縮れ毛)と呼ばれ、病名の別名(kinky hair病)にもなっている。顕微鏡では毛幹が長軸方向にねじれる捻転毛(pili torti)がみられ、診断の手がかりとなる。チロシナーゼ(メラニン合成に関わる銅依存性酵素)の低下で毛髪や皮膚の色素が薄くなることもある。
- ×d. Kayser-Fleischer輪
誤り。Kayser-Fleischer輪は、角膜の周辺部(Descemet膜)に銅が沈着してできる緑褐色〜金褐色の輪で、Wilson病に特徴的な所見である。細隙灯顕微鏡で確認し、特に神経症状を伴うWilson病ではほぼ全例でみられる。銅が欠乏するMenkes病では生じない。
- ×e. 桜実紅斑〈cherry-red spot〉
誤り。桜実紅斑は、網膜神経節細胞に脂質が蓄積して黄斑の周囲が白く混濁し、神経節細胞のない中心窩だけが赤く透見される眼底所見である。Tay-Sachs病、Sandhoff病などのGM2ガングリオシドーシス、GM1ガングリオシドーシス、Niemann-Pick病(A型)、シアリドーシスといったリソソーム蓄積症でみられる。代謝異常以外では網膜中心動脈閉塞症でも生じる。Menkes病の所見ではない。
Menkes病の概要
・原因:X染色体長腕(Xq21.1)にある銅輸送ATPase遺伝子(ATP7A)の異常。伴性(X連鎖)劣性遺伝で、ほぼ男児に発症する。 ・病態:ATP7Aは腸管上皮細胞から血中へ銅を送り出したり、細胞内で銅を酵素に供給したりする。その障害により、腸管からの銅吸収が低下し、銅は腸管上皮内に滞留する。血液脳関門を越えた脳への銅輸送も障害され、全身、とくに脳が銅欠乏となる。 ・銅依存性酵素の低下と症状の対応 シトクロムcオキシダーゼ(ミトコンドリアの呼吸鎖)→ 神経変性、けいれん、筋緊張低下 リシルオキシダーゼ(コラーゲン・エラスチンの架橋)→ 血管の蛇行(脳血管の屈曲蛇行)、膀胱憩室、骨粗鬆症、皮膚・関節の弛緩 チロシナーゼ(メラニン合成)→ 皮膚・毛髪の色素低下 ドパミンβ水酸化酵素(ノルアドレナリン合成)→ 低体温、自律神経症状 ケラチン架橋に関わる酵素 → 縮れ毛(pili torti) ・臨床像:生後2〜3か月ころからけいれん、発達の停止・退行、筋緊張低下、哺乳不良と体重増加不良、低体温。特徴的な顔貌(ふっくらした頬)と縮れ毛。硬膜下血腫や骨幹端の変化がみられ、虐待と誤認されることがある。肺炎などの感染を繰り返しやすい。 ・検査:血清銅・セルロプラスミンの低値(ただし新生児期は生理的に低いため解釈に注意)。頭部MRIで脳萎縮、硬膜下液貯留、MRAで脳血管の蛇行。 ・治療:ヒスチジン銅の皮下注射。経口の銅は腸管で吸収されないため無効である。神経症状が出そろう前、できれば新生児期に開始するほど効果が期待できる。無治療では多くが幼児期までに死亡する。
Wilson病との比較
・Wilson病:ATP7B遺伝子(13番染色体)、常染色体劣性。肝臓から胆汁への銅排泄と、セルロプラスミンへの銅の組み込みが障害される。銅が肝臓、脳(大脳基底核)、角膜、腎臓に蓄積する。肝障害、錐体外路症状、精神症状、Kayser-Fleischer輪、溶血性貧血。血清セルロプラスミン低値、尿中銅増加。治療は銅キレート薬(D-ペニシラミン、トリエンチン)と亜鉛製剤、低銅食。 ・Menkes病:ATP7A遺伝子、X連鎖劣性。全身の銅欠乏。乳児期発症の神経変性と縮れ毛。治療はヒスチジン銅の注射。 ・両者とも血清セルロプラスミンが低いが、銅が「過剰」か「欠乏」かが正反対である。
POINT
・乳児期発症の発達遅滞・けいれん・筋緊張低下+男児+血清銅・セルロプラスミン低値 → Menkes病(ATP7A、X連鎖劣性)。 ・Menkes病の特徴的所見は縮れ毛(kinky hair、捻転毛 pili torti)。ほかに低体温、骨粗鬆症、脳血管蛇行、膀胱憩室。 ・治療はヒスチジン銅の皮下注射(経口は無効)で、早期開始が重要。 ・Kayser-Fleischer輪はWilson病、桜実紅斑はTay-Sachs病などのリソソーム病、頭囲拡大は水頭症やムコ多糖症などと対応させる。
