光で中身を見抜く―乳児の片側陰嚢腫大とペンライト透光試験
第109回医師国家試験 E問題 第49問
国試問題にチャレンジ
3か月の男児。陰嚢の大きさに左右差があることに気付いた母親に連れられて来院した。母親の妊娠中には異常はなかった。在胎38週2日,2,600 gで出生。1か月健康診査では異常を指摘されていない。母乳栄養で嘔吐はない。1週前にオムツの交換の際に右陰嚢が大きいことに気付かれた。意識は清明。体重5,300 g。体温36.5℃。脈拍124/分,整。SpO2 97%(room air)。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。陰茎は包皮に覆われているが尿道口は確認できる。陰嚢は皮膚色に左右差はないが,右側は左側の約2倍の大きさで軟である。肛門に異常を認めない。 診断に有用な診察器具はどれか。
- a.ルーペ
- b.聴診器
- c.打腱器
- d.舌圧子
- e.ペンライト
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
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ドクター
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ドクターまとめ
乳児の、痛みや発赤を伴わない軟らかい片側陰嚢腫大では、まず腹膜鞘状突起の開存に起因する陰嚢水腫と鼠径ヘルニアを考えます。両者を診察室で簡便に見分ける方法がペンライトを用いた透光試験で、液体がたまった陰嚢水腫は光が透けて明るく見え、腸管や大網が脱出した鼠径ヘルニアは透けにくいのが典型です。ただし乳児のヘルニアでも透光性を示すことがあるため、腫大の上端の触知、鼠径部への連続性、還納性を合わせて評価し、超音波検査で確定します。陰嚢水腫の多くは自然消退するため経過観察、鼠径ヘルニアは嵌頓の危険があり手術適応となるので、両者の区別は治療方針と保護者への説明に直結する重要な診察技術です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・3か月の男児で、全身状態は良好(意識清明、バイタルサイン正常、哺乳良好で嘔吐なし、体重増加も順調)。 ・1週前から右陰嚢の腫大に気付かれている。右側は左側のおよそ2倍で、触ると軟らかい。 ・陰嚢皮膚の色調に左右差はなく、発赤や疼痛、発熱を示す記載もない。 ・腹部は平坦・軟で、嘔吐もないため、腸管の嵌頓(かんとん)を思わせる所見はない。
鑑別の考え方
乳児の陰嚢が片側だけ大きくなる場合、まず考えるのは陰嚢水腫(精巣水瘤:精巣の周りを包む精巣鞘膜の内側に液体がたまった状態)と鼠径ヘルニア(腹膜鞘状突起を通って腸管などの腹腔内容が鼠径管・陰嚢へ脱出した状態)の2つである。どちらも、胎生期に精巣が下降する際にできる腹膜の袋(腹膜鞘状突起)が閉じずに残ることが原因となる点で共通しており、乳児期に多い。 一方、精巣捻転・精巣上体炎・精巣炎などでは、陰嚢の発赤、強い痛み、発熱、不機嫌などの炎症や血流障害を示す所見を伴うことが多い。本症例ではこれらがみられないので、可能性は低い。
設問の考え方
陰嚢水腫と鼠径ヘルニアを診察室で見分ける最も簡単な方法が透光試験(トランスイルミネーション)である。部屋を暗くし、ペンライトなどの光源を陰嚢の後ろ側(または側面)から当てる。中身が透明な液体(陰嚢水腫)であれば、光が通って陰嚢全体が赤く明るく透けて見える(透光性陽性)。中身が腸管や大網などの組織であれば、光は通りにくく暗く見える(透光性陰性)。したがって、診断に役立つ器具はペンライトである。 なお、乳児の腸管はガスや液体を含み壁も薄いため、鼠径ヘルニアでも透光性がみられることがあり、透光試験だけで判定すると誤ることがある。実際には、ほかの所見(陰嚢腫大の上端がはっきり触れるか、鼠径部にかけて連続しているか、還納できるか、泣いた時に大きくなるか)も合わせて判断し、最終的には超音波検査で確定するのが現在の標準である。
選択肢考察
- ×a. ルーペ
ルーペ(拡大鏡)は皮膚の細かい病変や異物などを拡大して見るための器具である。陰嚢水腫と鼠径ヘルニアの違いは陰嚢の中身が液体か組織かという点にあり、表面を拡大しても見分けられない。
- ×b. 聴診器
鼠径ヘルニアで腸管が陰嚢まで脱出している場合、まれに腸の蠕動音(グル音)が聞こえることはある。しかし、聞こえないからといってヘルニアを否定できず、陰嚢水腫の診断にも使えない。診断に有用な器具とはいえない。
- ×c. 打腱器
打腱器は深部腱反射(膝蓋腱反射など)を調べる神経学的診察の器具である。陰嚢の中身の性状を評価することはできない。なお、陰嚢に関係する精巣挙筋反射(大腿内側をこすると同じ側の精巣が挙上する反射)は、打腱器の柄などで皮膚をこすって調べることもあるが、主に精巣捻転を疑うときに確認する反射であり、本症例の診断には役立たない。
- ×d. 舌圧子
舌圧子は舌を押し下げて口腔・咽頭を観察するための器具である。陰嚢の診察には使わない。
- ○e. ペンライト
暗い部屋でペンライトを陰嚢の後ろから当てる透光試験により、陰嚢腫大の中身が液体かどうかを調べられる。陰嚢水腫では透明な液体を光が通り、陰嚢全体が明るく透けて見える。鼠径ヘルニアで中身が腸管や大網の場合は透けにくい。皮膚色の変化や炎症所見がなく、軟らかい片側の陰嚢腫大という本症例では、陰嚢水腫と鼠径ヘルニアを見分ける第一歩として最も有用な器具である。
陰嚢水腫(精巣水瘤)
・胎生期、精巣は腹腔内から鼠径管を通って陰嚢へ下降する。このとき腹膜が袋状に引き出されたもの(腹膜鞘状突起)は、通常は出生前後に閉じ、精巣を包む部分だけが精巣鞘膜として残る。 ・腹膜鞘状突起が細く開いたまま残ると、腹水が流れ込んで精巣鞘膜内にたまり、陰嚢水腫になる(交通性陰嚢水腫)。開いている部分が広いと腸管などが脱出し、鼠径ヘルニアになる。 ・液体がたまる部位が精索の途中であれば精索水瘤と呼ぶ。 ・乳児の陰嚢水腫の多くは1〜2歳頃までに自然に消えるため、原則として経過観察とする。消えない場合、大きさが変動する(交通性)場合、ヘルニアを合併する場合は手術(腹膜鞘状突起の高位結紮など)を考える。 ・成人の陰嚢水腫は、原因のはっきりしない特発性のものが多いが、精巣腫瘍、精巣上体炎、外傷などに続いて起こるものもあるため、超音波で精巣そのものを評価することが大切である。
小児鼠径ヘルニア
・ほとんどが外鼠径ヘルニア(腹膜鞘状突起の開存による)である。低出生体重児・早産児に多い。 ・泣いたり腹圧がかかったりすると膨らみ、寝ると戻ることが多い。腫瘤の上端が鼠径管の方へ連続して触れ、上端をはっきり触れない。 ・嵌頓すると、還納できない有痛性の腫瘤、嘔吐、不機嫌などが出現し、腸管の血流障害につながるため、緊急の対応が必要となる。自然には治らないので、診断がつけば手術を予定する。
陰嚢水腫と鼠径ヘルニアの見分け方
・透光性:陰嚢水腫は陽性、鼠径ヘルニアは陰性が典型(ただし乳児のヘルニアでは陽性になることがある)。 ・腫瘤の上端:陰嚢水腫では上端を触れることができ、鼠径部との間を指でつまめる。鼠径ヘルニアでは鼠径管へ連続し、上端をはっきり触れない。 ・還納性:鼠径ヘルニアは用手的に腹腔内へ戻せることが多い。 ・超音波検査:精巣周囲の液体貯留(無エコー域)か、腸管・大網の脱出かをはっきり区別でき、精巣や精巣上体の大きさ・血流も同時に評価できる。現在の診断の中心である。
急性陰嚢症との区別
陰嚢の急な痛み・腫れ・発赤を示すものを急性陰嚢症といい、精巣捻転(発症後早期の手術が必要)、精巣付属器捻転、精巣上体炎などが含まれる。本症例のように痛みや発赤がなく、全身状態のよい片側陰嚢腫大は、これらとは別に考える。
POINT
・乳児の、痛みや発赤を伴わない軟らかい片側陰嚢腫大では、まず陰嚢水腫と鼠径ヘルニアを考える。 ・両者の簡単な鑑別法は、ペンライトを用いた透光試験である(陰嚢水腫は透光性陽性)。 ・乳児の鼠径ヘルニアでも透光性陽性となることがあるため、確定には超音波検査が有用である。 ・乳児の陰嚢水腫の多くは自然に消えるので経過観察、鼠径ヘルニアは自然治癒しないため手術の適応となる。
