その一手を決めるのは遺伝子―進行肺腺癌でEGFRを調べる理由
第109回医師国家試験 D問題 第6問
国試問題にチャレンジ
進行肺腺癌の治療方針を決定する上で,異常の有無を検索することが必要な遺伝子はどれか。
- a.BCR-ABL
- b.EGFR
- c.HER2
- d.KRAS
- e.VHL
対話形式の解説
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ドクターまとめ
進行肺腺癌では、薬物療法を始める前にドライバー遺伝子異常を検索し、分子標的薬の適応を判断することが標準です。日本人で最も多いのはEGFR遺伝子変異で、女性・非喫煙者に多く、陽性ならオシメルチニブなどのEGFRチロシンキナーゼ阻害薬が第一選択となり、副作用として特に間質性肺炎に注意が必要です。BCR-ABLは慢性骨髄性白血病、HER2増幅は乳癌・胃癌、RAS変異は大腸癌での抗EGFR抗体の無効予測、VHLは腎淡明細胞癌やフォン・ヒッペル・リンドウ病と、遺伝子・疾患・治療薬の対応で整理しておきましょう。なお現在の肺癌診療ではKRAS G12CやHER2変異を含む多数の遺伝子が検査対象となっており、遺伝子パネル検査とPD-L1評価を組み合わせて治療を選ぶ流れを理解することが、がん薬物療法全体の土台になります。
解答・解説
正解はbです
進行(切除不能なⅢ期・Ⅳ期や術後再発)の非小細胞肺癌、特に腺癌では、癌の増殖を直接駆動している遺伝子異常(ドライバー遺伝子異常)が見つかることがあり、その異常を狙い撃ちする分子標的薬が従来の殺細胞性抗癌薬よりも高い効果を示す。そのため、薬物療法を始める前に腫瘍組織(または血液)を用いてドライバー遺伝子異常の有無を調べ、その結果で治療薬を選ぶことが標準となっている。このように「その薬が効くかどうかを予測する」目的の検査結果を効果予測因子(コンパニオン診断)とよぶ。 日本人の肺腺癌で最も頻度が高いドライバー異常はEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異であり、肺腺癌の約半数(特に女性・非喫煙者)に認められる。EGFR変異陽性であればEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)が第一選択となる。本問の選択肢のうち、出題当時から肺腺癌の治療方針決定に必須とされていたのはEGFRである。 そのほかの選択肢は、それぞれ別の腫瘍の診断・治療で重要な遺伝子である。ただし、その後の分子標的薬の開発により、KRASとHER2も現在は肺癌で治療標的となっている(各選択肢の解説を参照)。
選択肢考察
- ×a. BCR-ABL
9番染色体と22番染色体の相互転座t(9;22)によって生じるフィラデルフィア(Ph)染色体上の融合遺伝子である。恒常的に活性化したチロシンキナーゼを作り、慢性骨髄性白血病(CML)のほぼ全例と、一部の急性リンパ性白血病(Ph陽性ALL)にみられる。イマチニブなどのBCR-ABLチロシンキナーゼ阻害薬の標的であるが、肺腺癌の治療方針決定には用いない。
- ○b. EGFR
EGFRは細胞表面の受容体型チロシンキナーゼで、変異により恒常的に活性化すると癌細胞の増殖・生存シグナルが持続する。肺腺癌ではエクソン19欠失変異やエクソン21のL858R点変異が代表的で、アジア人・女性・非喫煙者に多い。変異陽性例ではゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブ、オシメルチニブなどのEGFR-TKIが高い奏効率を示し、殺細胞性抗癌薬より無増悪生存期間を延長するため第一選択となる(現在は第3世代のオシメルチニブが初回治療の中心で、第1世代・第2世代薬の耐性機序であるT790M変異にも有効)。EGFR-TKIの主な副作用は皮疹(ざ瘡様皮疹)、下痢、肝障害、爪囲炎、そして致死的となりうる間質性肺炎である。EGFR変異は薬の効果を予測する指標(効果予測因子)であり、進行肺腺癌では治療前に必ず検索する。
- ×c. HER2
HER2(ERBB2)はEGFRと同じHERファミリーに属する受容体型チロシンキナーゼである。乳癌や胃癌では遺伝子増幅・蛋白過剰発現がトラスツズマブなど抗HER2薬の適応判定に用いられ、治療方針決定に不可欠である。出題当時、肺腺癌では治療方針決定に必須の遺伝子とはされていなかった。ただし現在は、肺癌の一部(約2〜4%)にみられるHER2遺伝子変異に対してトラスツズマブ デルクステカンが承認され、肺癌の遺伝子検査の対象に含まれるようになっている。
- ×d. KRAS
RAS蛋白はEGFRの下流でシグナルを伝える分子で、KRAS変異があるとEGFRより下流が恒常的に活性化する。大腸癌では、RAS(KRAS・NRAS)変異陽性例に抗EGFR抗体薬(セツキシマブ、パニツムマブ)が無効であるため、投与前に変異の有無を調べることが必須である。出題当時、肺癌ではKRAS変異に対する有効な薬剤がなく、治療方針決定に必須の遺伝子ではなかった。なお現在は、KRAS G12C変異陽性の非小細胞肺癌(既治療例)に対してソトラシブが承認されており、肺癌でも検索対象となっている。
- ×e. VHL
VHL(von Hippel-Lindau)遺伝子は3番染色体短腕にある癌抑制遺伝子で、低酸素誘導因子(HIF)の分解に関わる。異常があるとHIFが蓄積し、血管内皮増殖因子(VEGF)などが過剰に作られる。孤発性の腎淡明細胞癌の多くでこの遺伝子の不活化がみられ、生殖細胞系列変異はフォン・ヒッペル・リンドウ病(網膜・小脳の血管芽腫、腎細胞癌、褐色細胞腫、膵嚢胞などを生じる)の原因となる。肺腺癌の治療方針決定には用いない。
非小細胞肺癌の主なドライバー遺伝子と分子標的薬(現在)
・EGFR遺伝子変異:日本人肺腺癌の約40〜50%。オシメルチニブ、ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブ、ダコミチニブなど。 ・ALK融合遺伝子(EML4-ALKなど):約3〜5%、若年・非喫煙者に多い。アレクチニブ、ロルラチニブ、ブリグチニブ、クリゾチニブなど。 ・ROS1融合遺伝子:約1〜2%。クリゾチニブ、エヌトレクチニブなど。 ・BRAF V600E変異:ダブラフェニブ+トラメチニブ。 ・MET遺伝子エクソン14スキッピング変異:テポチニブ、カプマチニブ。 ・RET融合遺伝子:セルペルカチニブ。 ・KRAS G12C変異:ソトラシブ。 ・HER2遺伝子変異:トラスツズマブ デルクステカン。 ・NTRK融合遺伝子:エヌトレクチニブ、ラロトレクチニブ。 これらは互いにほぼ重複しない(相互排他的)ため、次世代シークエンサーを用いた遺伝子パネル検査で一括して調べることが多い。あわせて、免疫チェックポイント阻害薬の効果予測のため、腫瘍細胞のPD-L1発現を免疫染色で評価する。
ドライバー異常陰性の場合
PD-L1発現の程度などに応じて、免疫チェックポイント阻害薬(ペムブロリズマブなど)単独、またはプラチナ製剤併用化学療法との併用療法が選択される。
他の選択肢の遺伝子と代表的な疾患の対応
・BCR-ABL:CML、Ph陽性ALL → イマチニブなど ・HER2増幅:乳癌、胃癌 → トラスツズマブなど ・RAS変異:大腸癌 → 陽性例では抗EGFR抗体薬が無効 ・VHL:腎淡明細胞癌、フォン・ヒッペル・リンドウ病
POINT
・進行肺腺癌では治療前にドライバー遺伝子異常を検索し、分子標的薬の適応を判断する。 ・日本人で最も多いのはEGFR遺伝子変異(女性・非喫煙者・腺癌に多い)。陽性ならEGFR-TKI(オシメルチニブなど)。 ・EGFR-TKIの重要な副作用は間質性肺炎、皮疹、下痢、肝障害。 ・遺伝子と疾患の対応:BCR-ABL→CML、HER2増幅→乳癌・胃癌、RAS変異→大腸癌で抗EGFR抗体無効、VHL→腎淡明細胞癌。 ・現在はALK、ROS1、BRAF、MET、RET、KRAS G12C、HER2、NTRKも肺癌の検査対象である。
