術後の夜に叫ぶ高齢者―「困った行動」の裏にある痛みとせん妄
第109回医師国家試験 B問題 第44問
国試問題にチャレンジ
89歳の女性。大腿骨骨折で入院中である。10年前にAlzheimer型認知症と診断され内服治療中である。2日前に室内で転倒し動けなくなり救急車で搬送された。左大腿骨転子部骨折を認め,昨日,骨接合術を受けた。手術当日の経過は順調で夜間も良眠した。術後1日目の夕方から落ち着かなくなり,夜になって立ち上がろうとして一晩中大声で看護師を呼び続けていた。 対応として適切なのはどれか。
- a.強く叱責する。
- b.疼痛管理を見直す。
- c.体幹抑制を終日行う。
- d.ナースコールを取り外す。
- e.同様に叫ぶ患者と同室にする。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
高齢・認知症患者の術後に急に発症し、夕方から夜間に悪化する不穏や興奮はせん妄、とくに過活動型の術後せん妄を考えます。せん妄は準備因子・直接因子・誘発因子で整理でき、治療の基本は原因の除去であって、骨折術後の疼痛の評価と鎮痛の見直しはその代表的な対応です。叱責、終日の身体拘束、ナースコールの撤去、刺激の多い環境は不安と混乱を強めてせん妄を悪化させ、合併症や事故の危険も高めます。非薬物的な環境調整を優先し、必要時に抗精神病薬を少量用い、ベンゾジアゼピン系薬は原則避けます。「困った行動」の背景にある身体的な原因を探る姿勢は、高齢者医療や周術期管理のあらゆる場面で役立ちます。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・89歳という超高齢で、10年来のAlzheimer型認知症がある(せん妄の準備因子:もともと脳の予備能が低い状態)。 ・転倒による大腿骨転子部骨折で緊急入院し、骨接合術を受けた(直接因子:手術侵襲、術後の疼痛・炎症、麻酔薬や鎮痛薬などの薬剤)。 ・入院という環境の変化、ベッド上での安静・不動化、夜間という時間帯(誘発因子)。 ・術後1日目の夕方から急に落ち着かなくなり、夜間に立ち上がろうとし、一晩中大声で看護師を呼び続けた。症状が急に始まり、夕方から夜間に悪化するという経過をとっている。
診断へのプロセス
認知症そのものの症状は年単位でゆっくり進行するものであり、手術の翌日を境に急に行動が変化したことは認知症の自然経過では説明しにくい。急性に発症し、夕方から夜間に増悪する日内変動があり、安静が必要なことを理解できずに立ち上がろうとする(注意・見当識の障害を示唆する)点から、軽い意識障害を基盤とする「せん妄」、とくに術後せん妄と考えられる。興奮して動き回るタイプであり、過活動型せん妄にあたる。 統合失調症や双極性障害、急性一過性精神病性障害なども興奮を呈しうるが、手術という明らかな身体的原因の直後に急性発症していること、89歳という年齢での初発であることから考えにくい。
対応の考え方
せん妄は「身体的な原因によって生じる脳の機能不全」であり、治療の基本は原因(直接因子)の除去と誘発因子の軽減である。薬物で鎮静することは補助的な位置づけにとどまる。本例で見直すべきものとしては、術後疼痛、脱水・電解質異常、低酸素、感染、貧血、尿閉・便秘、せん妄を起こしやすい薬剤(ベンゾジアゼピン系薬、抗コリン作用のある薬剤など)が挙げられる。なかでも骨折術後の疼痛は代表的な直接因子であり、疼痛コントロールを見直すことがまず行うべき適切な対応となる。一方、叱責・身体拘束・孤立化・刺激の多い環境は、患者の不安と混乱を強めてせん妄を悪化させる。
選択肢考察
- ×a. 強く叱責する。
せん妄の患者は意識が軽く混濁し、注意や見当識が障害されているうえに、本例では認知症による記憶障害も加わっている。そのため叱られても理由を理解・記憶できず、恐怖や不安だけが残って興奮がさらに強まる。対応の基本は、穏やかに声をかけ、今いる場所や時間を繰り返し伝えて安心させることであり、叱責は不適切である。
- ○b. 疼痛管理を見直す。
骨接合術の翌日であり、術後の疼痛は強い時期である。痛みはそれ自体がせん妄の直接的な原因となるうえ、認知症の患者は痛みを言葉でうまく訴えられず、落ち着きのなさや大声として表出することも多い。したがって、鎮痛が十分かどうかを評価し直し、鎮痛薬の種類・量・投与のタイミングを調整することは、せん妄の原因に対する対応として適切である。なお、鎮痛薬を見直す際には、オピオイドの過量など薬剤そのものがせん妄を悪化させていないかにも注意する。
- ×c. 体幹抑制を終日行う。
身体拘束は患者の恐怖や興奮を強め、せん妄を悪化・遷延させる。さらに長時間の拘束は、下肢の深部静脈血栓症とそれに続く肺血栓塞栓症、褥瘡、筋力低下、誤嚥、拘束具による外傷や窒息など多くの合併症の原因となる。身体拘束は、生命や身体に危険が迫っており、ほかに代わる方法がなく、一時的であるという条件を満たす場合に限って最小限行うものであり、「終日」行うことは不適切である。
- ×d. ナースコールを取り外す。
看護師を呼び続けることは、不安や痛み、排泄の欲求などを伝えようとする行動である可能性がある。ナースコールを取り外すと、患者は助けを求める手段を失ってさらに不安が強まり、せん妄が悪化しうる。また、容体が急変した際や転倒した際に発見が遅れる危険もある。呼び出しが頻回であれば、訪室の回数を増やし、要求の背景にあるものを探ることで対応する。
- ×e. 同様に叫ぶ患者と同室にする。
せん妄の患者には、騒音や光などの過剰な刺激を避けた静かで落ち着いた環境を用意することが大切である。興奮して叫ぶ患者どうしを同じ部屋にすると、互いの声や行動が刺激となって双方の不穏が強まり、睡眠も妨げられる。管理上の都合で集めることは、せん妄の改善にはつながらない。
せん妄とは
せん妄は、身体疾患や薬剤などを原因として急性に起こる脳の機能不全であり、軽い意識障害を基盤として、注意の障害(注意を向け、保ち、切り替えることの困難)、見当識障害、記憶障害、幻視などの知覚障害、睡眠覚醒リズムの乱れがみられる。数時間から数日の単位で急に発症し、1日の中で症状が変動する(夕方から夜間に悪化しやすい)のが特徴である。興奮が目立つ過活動型のほか、ぼんやりして活動性が落ちる低活動型、両者が混ざる混合型がある。低活動型はうつ病と誤られたり見逃されたりしやすい。
せん妄の3つの因子
・準備因子(もともとの脆弱性):高齢、認知症、脳血管障害の既往、アルコール多飲など ・直接因子(直接の原因):手術侵襲、感染症、脱水、電解質異常、低酸素血症、低血糖、臓器不全、薬剤(ベンゾジアゼピン系薬、抗コリン薬、ステロイド、オピオイドなど)、アルコール離脱など ・誘発因子(引き金・増悪因子):疼痛、入院などの環境変化、不動化、身体拘束、睡眠障害、視覚・聴覚の障害、ルートやカテーテル類、便秘や尿閉など
対応
1. 直接因子の検索と除去(疼痛の管理、脱水・電解質の補正、感染症の治療、原因となる薬剤の減量・中止など) 2. 環境調整などの非薬物的対応:時計やカレンダーを置いて日時を繰り返し伝える、眼鏡や補聴器を使ってもらう、日中は明るく夜間は静かにして睡眠覚醒リズムを整える、家族の面会を促す、早期離床を進める、不要なルート類を減らす 3. 薬物療法:非薬物的対応で不十分で、興奮により危険がある場合に、抗精神病薬(ハロペリドール、クエチアピン、リスペリドンなど)を少量使用する。ベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬はせん妄を悪化させうるため、アルコール離脱などの場合を除き原則として避ける。
認知症との違い
認知症は緩徐に進行し意識は清明であるのに対し、せん妄は急に発症して日内変動があり、意識障害を伴う。認知症はせん妄の最大の危険因子の一つであり、両者は合併しやすい。認知症の患者に急な行動変化が起きたときは、まずせん妄とその身体的原因を疑う必要がある。
POINT
・高齢・認知症患者の術後に急に発症し、夕方から夜間に悪化する不穏・興奮はせん妄を考える。 ・せん妄の治療の基本は原因(直接因子)と誘発因子の除去であり、術後疼痛の管理はその代表である。 ・叱責、長時間の身体拘束、ナースコールの撤去、刺激の多い環境はせん妄を悪化させる。 ・薬物療法は補助的に抗精神病薬を少量用い、ベンゾジアゼピン系薬は原則避ける。
