狭窄した弁は「直す」より「替える」―大動脈弁狭窄症の治療戦略と人工弁の選び方
第109回医師国家試験 A問題 第17問
国試問題にチャレンジ
大動脈弁狭窄症の治療について正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.約6割に自己弁温存手術が行われる。
- b.70歳以上の高齢者には生体弁をまず考慮する。
- c.人工心肺を用いないオフポンプ手術が主流である。
- d.心不全症状を呈する患者は人工弁置換術の適応である。
- e.失神発作を呈する患者はペースメーカ植込みが必要である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
大動脈弁狭窄症は加齢性の石灰化が主な原因で、長い無症状期を経たのち、狭心痛・失神・心不全のいずれかが出現すると予後が急速に悪化するため、症状のある重症例は弁置換術の適応となります。弁は石灰化して硬く変形しているため自己弁の温存や形成は難しく、外科的には人工心肺・心停止下での大動脈弁置換術が標準で、オフポンプが広く行われているのは冠動脈バイパス術です。失神は弁狭窄による労作時の脳血流低下が主因で、治療はペースメーカではなく弁置換です。人工弁は、ワルファリンが生涯必要な機械弁と、抗凝固が短期間で済むものの劣化しうる生体弁を比較し、高齢者や妊娠希望女性では生体弁を選ぶのが基本で、年齢の目安は時代とともに下がっています。TAVIの普及で治療選択は広がっており、症状を見逃さず適切な時期に治療につなげる視点が臨床で重要になります。
解答・解説
正解はb, dです
大動脈弁狭窄症(aortic stenosis:AS)の治療方針を問う一般問題である。
ASの原因と自然経過
現在のASの多くは、加齢に伴う弁尖の変性・石灰化(動脈硬化と共通の危険因子をもつ)によるものであり、若年〜中年では先天性二尖弁の石灰化、かつてはリウマチ性も多かった。弁口が狭くなると左室は圧負荷に対して求心性肥大で代償するため、長期間無症状で経過する。しかし狭心痛、失神、心不全のいずれかの症状が出現すると予後は急激に悪化し、平均余命は狭心痛出現後約5年、失神出現後約3年、心不全出現後約2年とされる。
治療の基本
ASの狭窄を解除できる内科的治療(薬物)はなく、根本治療は弁置換である。弁は厚く硬く石灰化しているため、弁を修復して残す手術(弁形成術)は難しく、狭窄した弁を切除して人工弁に取り替える大動脈弁置換術(surgical aortic valve replacement:SAVR)が標準となる。SAVRは胸骨正中切開のうえ人工心肺を使用し、心停止下で行う。手術リスクの高い高齢者などには、カテーテルで人工弁を留置する経カテーテル大動脈弁留置術(transcatheter aortic valve implantation:TAVI、TAVRともいう)が選択される。
手術適応の考え方
重症AS(弁口通過最大血流速度4.0 m/s以上、平均圧較差40 mmHg以上、弁口面積1.0 cm2未満など)で、上記の症状があれば弁置換の絶対的な適応である。無症状でも左室駆出率の低下(50%未満)があれば適応となる。
人工弁の選択
機械弁は耐久性に優れるが生涯のワルファリン内服が必要であり、生体弁は抗凝固療法が原則不要(術後3か月程度に限る)だが、年月とともに劣化(構造的弁劣化)する。したがって余命が比較的短く出血リスクの高い高齢者や、ワルファリンの催奇形性が問題となる妊娠希望の女性では生体弁が選ばれる。 これらを踏まえて各選択肢を検討する。
選択肢考察
- ×a. 約6割に自己弁温存手術が行われる。
誤り。ASの多くは加齢性変性による高度な石灰化や先天性二尖弁が原因であり、弁尖そのものが硬く変形しているため修復して温存することは困難である。また大動脈弁は左室の出口で高い圧に曝されて開閉するため、修復した弁には強い負荷がかかる。このためASの外科治療の大部分は人工弁置換術であり、自己弁温存手術が6割を占めるということはない。なお、自己心膜を用いて弁尖を新たに作る大動脈弁形成術(大動脈弁再建術)を行う施設もあり、短期成績は良好とされるが、長期成績の評価はまだ途上である。また大動脈弁温存手術(自己弁温存大動脈基部置換術)は、弁尖が正常な大動脈弁閉鎖不全症や大動脈基部拡大に対して行われるもので、ASは対象ではない。
- ○b. 70歳以上の高齢者には生体弁をまず考慮する。
正しい。生体弁(ウシ心膜やブタ大動脈弁から作製)は抗凝固療法が原則不要で出血性合併症の心配が少ないが、10〜15年程度で劣化する可能性がある。高齢者では生体弁の劣化が進む前に寿命を迎えることが多く、また劣化の進行も若年者より緩やかであるため、ワルファリンによる出血リスクを避けられる生体弁が第一選択となる。出題当時は70歳以上が目安とされたが、生体弁の耐久性の向上や、劣化した生体弁の内側にカテーテルで新たな弁を留置する治療(valve-in-valve)が可能になったことから、現在の日本のガイドラインでは65歳以上で生体弁を考慮するなど、適応年齢は下がる傾向にある。高齢者以外では、妊娠・出産を希望する若年女性(ワルファリンには催奇形性がある)や、抗凝固療法を安全に続けられない患者でも生体弁が選ばれる。一方、若年者では耐久性に優れる機械弁が基本となる。
- ×c. 人工心肺を用いないオフポンプ手術が主流である。
誤り。外科的大動脈弁置換術は、大動脈を切開して弁を交換する手術であるため、人工心肺で全身の循環を維持しながら、心筋保護液で心臓を停止させた状態で行う必要がある。オフポンプ手術(人工心肺を使わず心拍動下で行う手術)が広く行われているのは冠動脈バイパス術(off-pump CABG)であり、弁置換術ではない。人工心肺を用いずに大動脈弁を置換する方法としてはTAVIがあり、出題当時は外科手術が困難な高リスク患者に限られた治療であった。現在は適応が広がり高齢者を中心に急速に普及しているが、外科的弁置換術そのものがオフポンプで行われるわけではない。
- ○d. 心不全症状を呈する患者は人工弁置換術の適応である。
正しい。重症ASで心不全症状(労作時息切れ、起座呼吸など)が出現した場合、無治療での平均余命は約2年と極めて不良であり、速やかに弁置換を行う必要がある。心不全のほか、狭心痛や失神といった症状を伴う重症ASも同様に弁置換術の適応である。ASでは後負荷の除去によって左室機能が回復しやすく、術前に心機能が低下していても、適切な時期に手術を行えば術後に改善する例が少なくない。なお、薬物治療(利尿薬など)はあくまで症状の一時的な緩和であり、血管拡張薬は過度の血圧低下を招くため慎重に用いる。
- ×e. 失神発作を呈する患者はペースメーカ植込みが必要である。
誤り。ASに伴う失神は、主に労作時に末梢血管が拡張しても狭窄した弁のために心拍出量を増やせず、脳血流が低下することで起こる(労作時失神)。心室性不整脈が関与することもある。いずれも原因は弁狭窄そのものであるため、治療は弁置換術であり、ペースメーカで解決するものではない。失神は心不全・狭心痛と並ぶASの三大症状の一つで、出現後の平均余命は約3年とされ、弁置換の適応となる。ペースメーカ植込みが必要となるのは、洞不全症候群や高度房室ブロックなど徐脈性不整脈による失神(Adams-Stokes発作)である。ただし、石灰化が刺激伝導系に及んで房室ブロックを合併した場合や、弁置換術・TAVI後に房室ブロックが生じた場合には、ペースメーカが必要となることがある。
ASの三大症状と予後
・狭心痛:肥大心筋の酸素需要増大と冠血流予備能の低下による。出現後の平均余命約5年。 ・失神:労作時の心拍出量不足による脳血流低下。出現後約3年。 ・心不全:出現後約2年。 症状が出現したら速やかに弁置換を行う。
身体所見・検査
・胸骨右縁第2肋間を最強点とし頸部へ放散する収縮期駆出性雑音。重症ほど雑音のピークが遅れる。 ・遅脈・小脈(脈の立ち上がりが遅く、振幅が小さい)、II音の減弱、奇異性分裂。 ・心電図で左室肥大、心エコーで弁の石灰化・開放制限、左室の求心性肥大。 ・重症度評価(心エコー):重症は最大血流速度4.0 m/s以上、平均圧較差40 mmHg以上、弁口面積1.0 cm2未満(体表面積補正0.6 cm2/m2未満)。
弁置換術の適応(主なもの)
・症状のある重症AS。 ・無症状でも左室駆出率50%未満の重症AS。 ・他の心臓手術(冠動脈バイパス術など)を行う際の重症AS。 ・運動負荷試験で症状や血圧低下が誘発される場合、超重症(最大血流速度5.0 m/s以上など)も考慮される。
SAVRとTAVI
・SAVR:胸骨正中切開、人工心肺・心停止下に弁を切除して人工弁を縫着する。耐久性の実績がある。 ・TAVI:大腿動脈などからカテーテルで折りたたんだ生体弁を運び、自己弁を押し広げる形で留置する。人工心肺は不要で低侵襲。合併症として房室ブロック(ペースメーカ植込み)、弁周囲逆流、血管損傷、脳梗塞などがある。 ・現在の日本のガイドラインでは、おおむね80歳以上ではTAVI、75歳未満ではSAVRが推奨され、その間の年齢や手術リスクの高い例ではハートチーム(循環器内科医・心臓血管外科医など多職種)で検討する。
人工弁の比較
・機械弁:耐久性が高いが、ワルファリンの生涯内服が必要(直接経口抗凝固薬〈DOAC〉は禁忌)。血栓弁・出血のリスク。 ・生体弁:抗凝固は術後短期間のみ。劣化による再手術(またはvalve-in-valve TAVI)の可能性。高齢者、妊娠希望女性、抗凝固療法が困難な患者に選択。
バルーン大動脈弁形成術(BAV)
カテーテルのバルーンで弁口を広げる方法だが、効果が一時的で再狭窄が多く、根治術やTAVIまでの橋渡しなど限られた場面で用いられる。
POINT
・ASの根本治療は弁置換術(SAVRまたはTAVI)。石灰化弁のため自己弁温存・形成はほとんど行われない。 ・症状(狭心痛・失神・心不全)を伴う重症ASは弁置換の適応。無症状でもLVEF低下(50%未満)なら適応。 ・症状出現後の平均余命:狭心痛約5年、失神約3年、心不全約2年。 ・高齢者(出題当時は70歳以上、現在は65歳以上が目安)や妊娠希望女性には生体弁。若年者は機械弁(ワルファリン必須、DOAC禁忌)。 ・SAVRは人工心肺・心停止下で行う。オフポンプが主流なのは冠動脈バイパス術。 ・ASの失神は弁置換で治療する。ペースメーカは徐脈性不整脈による失神が対象。
