瞳は開いたまま、意識は清明―作用機序から読み解くボツリヌス中毒の眼症状
第108回医師国家試験 I問題 第16問
国試問題にチャレンジ
ボツリヌス中毒で認められないのはどれか。
- a.縮瞳
- b.眼瞼下垂
- c.輻湊障害
- d.対光反射消失
- e.眼球頭反射消失
対話形式の解説
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ドクターまとめ
ボツリヌス毒素はコリン作動性神経終末からのアセチルコリン放出を阻害し、神経筋接合部と副交感神経の両方を障害します。骨格筋の麻痺により眼瞼下垂、複視、輻湊障害、眼球運動障害が起こり、外眼筋が動かないため意識清明でも眼球頭反射が消失しえます。副交感神経の障害で瞳孔括約筋が働かず散瞳・対光反射消失となるため、縮瞳は認められず、縮瞳はむしろアセチルコリン過剰となる有機リン中毒やオピオイド中毒の所見です。全身では下行性・対称性の弛緩性麻痺が進み、意識清明・感覚障害なし・無熱が特徴で、呼吸管理と早期の抗毒素投与が治療の柱となります。作用機序から症候を組み立てる考え方は、瞳孔所見による中毒の鑑別にもそのまま応用できます。
解答・解説
正解はaです
ボツリヌス中毒は、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum、嫌気性・芽胞形成性のグラム陽性桿菌)が産生する神経毒素によって起こる。本問は「認められない」症候を選ぶ問題であり、毒素の作用機序から眼症状を理論的に導けるかが問われている。
作用機序から考える
ボツリヌス毒素は、コリン作動性神経の終末に取り込まれ、シナプス小胞からのアセチルコリン(ACh)の放出を阻害する。影響を受けるのは次の2系統である。 1. 運動神経の終末(神経筋接合部):骨格筋が収縮できなくなり、弛緩性麻痺が起こる。外眼筋や上眼瞼挙筋も骨格筋であり、眼瞼下垂、眼球運動障害(複視)が早期から出現する。 2. 副交感神経(および自律神経節):副交感神経の機能が低下し、散瞳、調節障害、口渇、便秘・麻痺性イレウス、尿閉などの抗コリン様症状が出る。 瞳孔は、副交感神経(動眼神経)が支配する瞳孔括約筋が収縮すると縮瞳し、交感神経が支配する瞳孔散大筋が収縮すると散瞳する。ボツリヌス中毒では瞳孔括約筋へのACh放出が止まるため、瞳孔は散大し、光を当てても縮まなくなる(対光反射の減弱・消失)。したがって、縮瞳は本症の所見と逆であり、認められない。 鑑別の観点では、縮瞳をきたす中毒の代表は有機リン中毒・サリン中毒(アセチルコリンエステラーゼ阻害によりAChが過剰になる)やオピオイド中毒であり、ボツリヌス中毒とは逆の病態である点も整理しておくとよい。
選択肢考察
- ○a. 縮瞳
認められない(本問の正解)。ボツリヌス毒素は、動眼神経の副交感神経線維(毛様体神経節から出る節後線維)の終末からのACh放出も阻害する。その結果、瞳孔括約筋が収縮できず、交感神経支配の瞳孔散大筋の作用が相対的に優位となって散瞳する。縮瞳はACh作用が過剰となる有機リン中毒などでみられる所見であり、ボツリヌス中毒とは逆である。
- ×b. 眼瞼下垂
認められる。上眼瞼挙筋は動眼神経支配の骨格筋であり、神経筋接合部でのACh放出が阻害されると筋力が低下して眼瞼下垂となる。眼瞼下垂や複視などの脳神経領域の症状は、ボツリヌス中毒の初発症状として頻度が高い。
- ×c. 輻湊障害
認められる。輻湊(近くを見るときに両眼が内側に寄る運動)には、両眼の内側直筋の収縮が必要である。内側直筋は動眼神経支配の外眼筋(骨格筋)であり、ボツリヌス毒素による麻痺で輻湊が障害される。さらに、輻湊に伴う縮瞳(近見反応)や調節(毛様体筋の収縮)も副交感神経の障害により失われる。
- ×d. 対光反射消失
認められる。対光反射は、光刺激が視神経を経て中脳に入り、動眼神経の副交感神経線維を介して瞳孔括約筋を収縮させる反射である。ボツリヌス毒素はこの遠心路の終末でのACh放出を阻害するため、瞳孔が散大したまま光に反応しなくなり、対光反射が減弱・消失する。
- ×e. 眼球頭反射消失
認められる。眼球頭反射(人形の目現象)は、頭部を回旋させたときに前庭からの入力によって眼球が反対方向へ動き、視線が保たれる反射である。反射弓自体(前庭・脳幹)が保たれていても、最終的に眼球を動かす外眼筋が麻痺していれば眼球は動かないため、ボツリヌス中毒では眼球頭反射が消失しうる。意識障害の評価で脳幹機能の指標とされる反射だが、本症では意識は清明のまま、末梢の筋麻痺によって消失する点が特徴である。
病原体と毒素
ボツリヌス菌は土壌や河川・海の泥に広く分布する嫌気性の芽胞形成菌である。毒素はA〜G型があり、ヒトの中毒は主にA、B、E、F型による(E型は魚介類に関連することが多い)。毒素は神経終末に取り込まれたのち、シナプス小胞の膜融合に必要なSNARE蛋白(SNAP-25、シナプトブレビンなど)を切断してACh放出を阻害する。毒素そのものは易熱性で、十分な加熱(80℃・30分程度、または100℃・数分)で失活するが、芽胞は熱に強い。
病型
・食餌性ボツリヌス症:食品中で産生された毒素を摂取して発症する。日本では、いずし(魚の発酵食品)、真空パックの辛子れんこん、輸入キャビアなどでの発生例がある。海外ではソーセージ、自家製の缶詰・瓶詰などが原因となる。 ・乳児ボツリヌス症:1歳未満の乳児が芽胞を摂取し、腸管内で菌が増殖して毒素を産生する。はちみつが代表的な原因であり、1歳未満の乳児にははちみつを与えない。便秘、哺乳力低下、泣き声が弱い、筋緊張低下(フロッピーインファント)などで気づかれる。 ・創傷ボツリヌス症、成人腸管定着ボツリヌス症なども知られる。
臨床像
摂取後半日〜数日(多くは12〜36時間)で発症する。悪心・嘔吐などの消化器症状に続いて、複視、眼瞼下垂、散瞳、対光反射消失、構音障害、嚥下障害などの脳神経症状が出現し、その後、上肢から下肢へと下行性に進む左右対称性の弛緩性麻痺となる。呼吸筋麻痺が生命予後を左右する。自律神経症状として口渇、便秘・麻痺性イレウス、尿閉がみられる。一方、意識は清明で、感覚障害はなく、通常は発熱もない。
診断と治療
血清・便・原因食品からの毒素検出(マウス試験など)や菌の分離で確定する。神経伝導検査では、低頻度反復刺激で漸減、高頻度刺激で漸増(waxing)を示すことがある。治療は、呼吸管理を含む全身管理と、できるだけ早期の抗毒素(乾燥ボツリヌスウマ抗毒素)投与である。抗毒素は神経終末に結合する前の遊離毒素しか中和できないため、早期投与が重要である。感染症法では4類感染症に分類される。
瞳孔所見で考える中毒の鑑別
散瞳:ボツリヌス中毒、アトロピン・抗コリン薬、三環系抗うつ薬、覚醒剤など 縮瞳:有機リン・カーバメート中毒、サリン、オピオイド、ピロカルピン点眼など
POINT
・ボツリヌス毒素はコリン作動性神経終末からのACh放出を阻害する。 ・骨格筋の麻痺:眼瞼下垂、複視、輻湊障害、眼球運動障害、嚥下・構音障害、下行性・対称性の弛緩性麻痺、呼吸筋麻痺。 ・副交感神経の障害:散瞳、対光反射消失、調節障害、口渇、便秘、尿閉。縮瞳はみられない。 ・意識清明、感覚障害なし、通常は無熱。 ・治療は呼吸管理と早期の抗毒素投与。1歳未満にははちみつを与えない(乳児ボツリヌス症)。
