居酒屋のおつまみに潜む落とし穴―熱のないけいれんと銀杏中毒
第120回医師国家試験 A問題 第26問
国試問題にチャレンジ
4歳の男児。けいれんを主訴に救急車で搬入された。搬送される2時間前に,両親に連れられて居酒屋で夕食を食べていた。突然,全身のけいれんを認めたため父親が救急車を要請した。病院到着時,けいれんは持続していた。体温36.5℃。心拍数170/分,整。血圧98/50mmHg。呼吸数40/分。SpO2 91%(マスク5L/分酸素投与下)。過去に食事によるアレルギー歴はない。呼吸音の減弱や喘鳴を認めない。皮疹を認めない。 男児が摂取していた食事のうち,けいれんの原因で最も考えられるのはどれか。
- a.枝豆
- b.銀杏
- c.マグロ
- d.焼き鳥
- e.ゆで卵
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
食後数時間で起こった小児の無熱性けいれんで、皮疹・喘鳴・血圧低下といったアナフィラキシーの症状を伴わない場合は、食物アレルギーより食品中の成分による中毒を考え、銀杏中毒を想起します。銀杏に含まれる4'-O-メチルピリドキシンはビタミンB6に拮抗してピリドキサールリン酸を減らし、GABAの合成を低下させることでけいれんを誘発します。加熱しても毒性は失われにくく、小児では少量でも発症しうるため、秋から冬の時期にはとくに注意が必要です。治療は全身管理とベンゾジアゼピン系薬による止痙に加え、ビタミンB6の補充が有効とされます。ヒスタミン食中毒やカンピロバクター腸炎、食物アレルギーとの違いを潜伏期と症状で整理しておくことは、救急外来での食物関連症状の鑑別に役立ちます。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・4歳男児。居酒屋で夕食をとり、約2時間後に突然の全身けいれんが出現し、来院時もけいれんが続いている(けいれん重積の状態)。 ・体温36.5℃で発熱はなく、熱性けいれんや中枢神経感染症は考えにくい(無熱性けいれん)。 ・頻脈(170/分)、頻呼吸(40/分)、酸素投与下でもSpO2 91%と低めだが、これは持続するけいれんに伴う換気不全や酸素消費の増大で説明できる。 ・呼吸音の減弱・喘鳴がなく、皮疹もない。これまでに食物アレルギー歴もない。
診断へのプロセス
小児の無熱性けいれんの原因としては、てんかん、低血糖・電解質異常(低Na血症、低Ca血症など)、頭部外傷・頭蓋内病変、代謝性疾患、中毒などを考える。本例は生来健康で既往がなく、「食事の後」という明確なきっかけがあり、設問も食事内容に原因を求めている。 食物に関連する急性反応として、まず食物アレルギーによるアナフィラキシーが挙がる。しかしアナフィラキシーでは皮膚・粘膜症状(蕁麻疹、紅潮)、呼吸器症状(喘鳴、呼吸困難)、循環器症状(血圧低下)がみられるのが普通であり、本例ではいずれも認めず、けいれんのみが前景に立つ。またアレルギー歴もない。したがってアレルギーより、食品に含まれる成分による中毒を考えるべきである。 選択肢の食品のうち、けいれんを主症状とする中毒を起こすものは銀杏(ぎんなん)である。銀杏には4'-O-メチルピリドキシン(ギンコトキシン)が含まれ、ビタミンB6の働きを妨げて抑制性神経伝達物質GABAの産生を低下させ、けいれんを誘発する。居酒屋の酒のつまみとして提供されやすい食品であり、摂取後数時間でけいれんを起こすという経過、小児で少量でも発症しやすいという特徴も本例に合致する。
設問への考え方
「食後のけいれん+アレルギー症状なし」から中毒を想定し、けいれんを起こす食品として銀杏を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 枝豆
枝豆は未熟な大豆であり、問題となりうるのは大豆アレルギーである。しかし本例はアレルギー歴がなく、皮疹や喘鳴などのアレルギー症状も認めない。また枝豆そのものにけいれんを起こす毒性成分は含まれず、原因とは考えにくい。
- ○b. 銀杏
銀杏に含まれる4'-O-メチルピリドキシン(MPN、ギンコトキシン)はビタミンB6(ピリドキシン)と構造が似ており、ピリドキサールキナーゼを阻害して活性型ビタミンB6であるピリドキサールリン酸(PLP)の産生を妨げる。PLPはグルタミン酸からGABAを合成するグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)の補酵素であるため、GABAが不足して中枢神経の抑制が弱まり、けいれんが起こる。摂取から数時間(おおむね1〜12時間)で嘔吐やけいれんが出現し、体重あたりの摂取量が多くなりやすい小児では数粒程度でも発症しうる。食後2時間で無熱性の全身けいれんを起こし、アレルギー症状を伴わない本例に最もよく合う。
- ×c. マグロ
マグロなどの赤身魚では、鮮度が落ちると細菌の働きでヒスチジンからヒスタミンが生成され、ヒスタミン食中毒(アレルギー様食中毒)を起こすことがある。症状は摂取後短時間での顔面紅潮、蕁麻疹、頭痛、嘔吐・下痢などが主体であり、けいれんは典型的でない。魚アレルギー(主要抗原はパルブアルブミン)もありうるが、皮疹・喘鳴を欠きアレルギー歴もない本例には合わない。
- ×d. 焼き鳥
鶏肉、特に加熱不十分な鶏肉ではカンピロバクターによる細菌性食中毒が問題となる。しかしカンピロバクター腸炎の潜伏期は2〜7日程度と長く、症状も下痢・腹痛・発熱が中心である。食後2時間で無熱性けいれんを起こす経過とは一致しない。
- ×e. ゆで卵
鶏卵は小児の食物アレルギーの代表的な原因であり、アナフィラキシーの鑑別として挙がる。しかし本例はアレルギー歴がなく、皮疹・喘鳴・血圧低下といったアナフィラキシーの症状もみられないため考えにくい。なお卵白アレルゲンは加熱で抗原性が低下しやすく、ゆで卵は生卵よりアレルギーを起こしにくい。
銀杏中毒
・原因物質:4'-O-メチルピリドキシン(MPN)。加熱しても分解されにくく、炒る・焼くなど調理した銀杏でも中毒を起こす。 ・機序:ビタミンB6拮抗作用 → ピリドキサールリン酸(PLP)の低下 → GAD活性低下 → GAB A産生低下 → 中枢神経の興奮性増大 → けいれん。 ・好発:小児(特に5歳未満)に多い。小児では数粒〜10粒程度でも発症した例があり、成人でも大量摂取で起こりうる。銀杏が出回る秋〜冬に多い。 ・症状:摂取後1〜12時間程度で嘔吐、めまい、意識障害、全身性の強直間代けいれん(反復・重積しうる)。 ・治療:気道確保・酸素投与などの全身管理と、ジアゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬による止痉。不足したビタミンB6を補うため、ピリドキサールリン酸(またはピリドキシン)の静注が有効とされる。多くは24時間程度で回復する。
小児の食物関連の急性症状の鑑別
・食物アレルギー(アナフィラキシー):摂取後数分〜2時間以内。皮膚・粘膜症状、呼吸器症状、消化器症状、循環器症状。治療はアドレナリン筋注。 ・ヒスタミン食中毒:赤身魚(マグロ、カツオ、サバなど)。摂取後数分〜1時間程度で顔面紅潮、蕁麻疹、頭痛。抗ヒスタミン薬が有効。 ・細菌性食中毒:毒素型(黄色ブドウ球菌:潜伏期1〜6時間で嘔吐主体)と感染型(カンピロバクター:2〜7日、サルモネラ:半日〜3日程度)で潜伏期が異なる。 ・けいれんを起こす食品・中毒の例:銀杏(ビタミンB6拮抗)、フグ毒(テトロドトキシン:けいれんではなく麻痺が主体)なども合わせて整理しておくとよい。
小児の無熱性けいれんの鑑別
てんかん、低血糖、電解質異常(低Na・低Ca・低Mg血症)、頭部外傷(虐待を含む)、頭蓋内出血・腫瘍、先天代謝異常、ビタミンB6依存性けいれん、中毒(薬物・銀杏など)。
POINT
・食後数時間で起こる小児の無熱性けいれんで、アレルギー症状(皮疹・喘鳴・血圧低下)を伴わない → 銀杏中毒を想起する。 ・原因物質は4'-O-メチルピリドキシンで、ビタミンB6拮抗作用によりGABA産生が低下してけいれんが起こる。 ・加熱しても毒性は失われず、小児では少量でも発症する。 ・治療はベンゾジアゼピン系薬による止痉とビタミンB6(ピリドキサールリン酸)の補充。
