StudyMed医師国家試験

診ていない息子に薬は出せない―受診を拒む本人を医療につなぐ第一歩は保健所

第108回医師国家試験 G問題 第52問

国試問題にチャレンジ

第108回 G問題 第52問

父親が自身のかかりつけの医師に悩みを打ち明けた。「今年30歳になる息子はここ3年間ほとんど家から出ない。家族との会話はほとんどなく,独り言,独り笑いがみられる。暴力を振るうことはないが,時たま窓から外に向かってバカヤローと叫ぶ」という。両親が本人に精神科受診を勧めると本人は拒否し,時に口論となる。  父親への助言として適切なのはどれか。

  1. a.措置入院の手続きを警察署に依頼する。
  2. b.救急車による搬送を消防署に依頼する。
  3. c.本人を受診させる方法を保健所に相談する。
  4. d.家族・親戚で本人を身体拘束して病院へ搬送する。
  5. e.家族が医療機関から薬をもらって本人に飲ませる。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、精神疾患が疑われるのに受診を拒んでいる本人を、どうやって医療につなげるかを考える問題だ。大事な前提は、相談に来たのは父親で、医師は本人を一度も診ていないということ。そして、法律と人権の枠組みのなかで何ができるか、という視点で選択肢を見てほしい。まず、父親の話から息子さんの状態をどう考える?
医学生医学生
長くひきこもっていて、独り言や独り笑いがあるので、幻聴に反応しているのかなと思いました。統合失調症でしょうか。
ドクタードクター
いい読みだね。ひきこもり自体は疾患名ではなく状態を表す言葉で、自閉スペクトラム症や抑うつ状態でも起こりうる。ただ、独り言や独り笑いのように幻覚に反応しているような言動はそれだけでは説明しにくい。青年期から徐々に社会から引きこもり、受診を勧めても拒む、つまり病識の欠如がうかがえる経過からは、統合失調症がまず疑われる。とはいえ、本人を診ていない以上、診断は確定できない。
医学生医学生
精神科の実習で、病識がない患者さんへの対応が一番難しいと先生がおっしゃっていました。
ドクタードクター
本当にそうなんだ。ここで押さえたいのは3点。1つ目は、医師は自ら診察しないで治療してはいけないこと。2つ目は、本人の意思に反して入院させたり移動させたりするなら、精神保健福祉法の要件と手続きに従う必要があること。3つ目は、今は暴力もなく自傷の情報もなく、緊急性が高い状況ではないことだ。
医学生医学生
そうすると、家族がもらってきた薬を飲ませるのはまずいですよね。医事法制の講義で習った気がします。
ドクタードクター
その通り。医師法第20条の無診察治療の禁止にあたる。本人を診ないで家族に抗精神病薬などを渡すことはできないし、本人に知らせずに飲ませれば同意のない医療行為になる。診断もついていない状態では効果や副作用も評価できないから、医学的にも危険なんだ。
医学生医学生
措置入院を警察に頼むのはどうですか。強制的にでも入院できれば治療が始められそうですが。
ドクタードクター
そこはよくある誤解だね。措置入院は、精神保健指定医2名の診察で、入院させなければ自傷他害のおそれがあると一致して判断された場合に、都道府県知事の権限で行う入院だ。警察官には自傷他害のおそれがある人を見つけたら保健所長を経て知事に通報する義務があるけれど、警察署が措置入院を決めたり手続きしたりするわけではない。そもそも今回は自傷他害のおそれが明らかでないから、要件を満たさない。
医学生医学生
救急車を呼ぶのも、緊急ではないので違いますね。
ドクタードクター
そう。救急車は急病やけがなど緊急の傷病者を運ぶためのものだ。今回は数年来の慢性的な経過で、身体の急変もない。それに救急隊には受診を拒む人を強制的に運ぶ権限がないから、本人が拒否すれば搬送できない。
医学生医学生
家族や親戚で押さえて連れて行く、というのも許されないですよね。
ドクタードクター
許されないね。身体拘束は精神科病院の入院中に、精神保健指定医が必要と判断した場合に限って厳しい条件のもとで認められるものだ。家族が私的に拘束して連れて行くのは人権侵害で、逮捕・監禁罪などに問われうる。本人との信頼関係も壊れて、その後の治療にもつながりにくくなる。
医学生医学生
残るのが保健所への相談ですね。でも保健所って、感染症や食品衛生のイメージが強いです。
ドクタードクター
公衆衛生の講義だとそちらが目立つからね。でも保健所は精神保健福祉法に基づいて、地域の精神保健福祉相談や訪問指導を担う第一線の機関なんだ。受診を拒む本人の家族からの相談にも応じていて、保健師や精神保健福祉相談員、嘱託の精神科医が家庭を訪問し、本人と関係をつくりながら受診を勧めることができる。だから正解は、本人を受診させる方法を保健所に相談することだ。
医学生医学生
訪問しても本人が受診を拒み続けたら、どうなるんですか。
ドクタードクター
入院が必要と判断されれば、精神保健指定医1名の診察と家族等の同意による医療保護入院という道がある。さらに、指定医の診察で直ちに医療保護入院や応急入院が必要とされたのに本人が病院へ行くのを拒む場合には、都道府県知事の責任で移送する制度もあって、その事前調査を保健所が担う。つまり保健所は、段階的に医療へつなぐ入り口になっているんだ。
医学生医学生
入院形態も整理しておきたいです。任意入院、医療保護入院、措置入院の違いがいつも混ざります。
ドクタードクター
基本は本人の同意による任意入院。医療保護入院は指定医1名の診察と家族等の同意で行い、家族等がいない、または意思表示しない場合は市町村長が同意する。措置入院は指定医2名が自傷他害のおそれを認めた場合の知事の命令による入院。急ぐ場合の緊急措置入院と応急入院は、指定医1名の診察で72時間以内に限られる。相談先としては保健所のほか、都道府県や政令指定都市の精神保健福祉センター、ひきこもり地域支援センターもある。臨床に出ると、家族だけが相談に来る場面は意外と多いから、こうした窓口を案内できるようにしておこう。

まとめ

受診を拒む精神障害が疑われる本人について家族から相談を受けた場合、医師は本人を診察していない以上、診断も処方もできず(医師法第20条の無診察治療の禁止)、まずは地域の精神保健福祉の窓口である保健所に相談するよう助言するのが適切です。保健所は保健師や精神保健福祉相談員による訪問などで本人と関係をつくって受診を促し、必要に応じて医療保護入院や移送制度へとつなげます。措置入院は精神保健指定医2名が自傷他害のおそれを認めた場合に都道府県知事が行うもので警察署が決めるものではなく、救急搬送や家族による私的な身体拘束、無断での投薬はいずれも不適切です。ひきこもりの背景には統合失調症などの精神疾患が隠れていることがあり、独り言・独り笑いなど幻覚を思わせる言動があれば医療につなげる必要があります。入院形態の要件と地域の相談機関を正しく理解しておくことは、本人の人権を守りながら治療を始めるための基本です。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

相談者は父親であり、医師は問題の当事者である息子を一度も直接診察していない。これが本問を考えるうえでの前提になる。父親の話から読み取れる息子の状態は次のとおりである。 ・30歳男性で、約3年間ほとんど外出せず、家族ともほとんど話さない(ひきこもり・自閉的な生活) ・独り言や独り笑いがある(幻聴に反応している可能性がある) ・ときどき窓の外に向かって「バカヤロー」と叫ぶ(奇異な言動。幻聴や被害的な思い込みへの反応も考えられる) ・暴力はふるわない(他害のおそれは現時点で乏しい)。自傷をうかがわせる情報もない ・精神科の受診を勧めると拒み、口論になる(病識の欠如が疑われる)

考えられる病態

ひきこもりの背景にはさまざまな状態がありうる。社会的な引きこもりは自閉スペクトラム症(ASD)や抑うつ状態でもみられるが、独り言・独り笑いのように幻覚に反応しているような症状はそれだけでは説明しにくい。青年期から徐々に社会的に引きこもり、幻覚への反応を思わせる言動があり、病識を欠く、という経過からは統合失調症がまず疑われる。とはいえ、本人を診ていない以上、診断は確定できない。

設問の考え方

問われているのは、受診を拒否している本人を、法律と人権の枠組みのなかでどう医療につなげるかである。押さえるべき点は3つある。 1. 医師は自ら診察しないで治療(投薬・処方)をしてはならない(医師法第20条の無診察治療の禁止)。 2. 本人の意思に反して入院させたり移動させたりする手段は、精神保健福祉法の要件と手続きに従って行う必要がある。家族が私的に拘束することは許されない。 3. 現時点では自傷他害のおそれが明らかでなく、緊急性の高い状況でもない。 したがって、まずは地域の精神保健福祉の相談窓口である保健所に相談し、保健師や精神保健福祉相談員の訪問などを通じて、本人が受診できるよう段階的に働きかける方法が最も適切である。

選択肢考察

  1. ×a.  措置入院の手続きを警察署に依頼する。

    不適切である。措置入院は、精神保健指定医2名の診察で「精神障害者であり、医療と保護のために入院させなければ自傷他害のおそれがある」と一致して判断された場合に、都道府県知事(政令指定都市では市長)の権限で行われる強制入院である。警察官には、自傷他害のおそれがある精神障害者を発見したときに保健所長を経て知事へ通報する義務があるが、警察署が措置入院を決めたり手続きをしたりするわけではない。そもそも本例は暴力がなく、自傷の情報もないため、措置入院の要件である自傷他害のおそれを満たしていない。

  2. ×b.  救急車による搬送を消防署に依頼する。

    不適切である。救急車は急病やけがなど緊急の傷病者を搬送するためのものである。本例は数年来の慢性的な経過で、生命にかかわる身体の急変も、差し迫った自傷他害のおそれもない。また、救急隊には受診を拒む人を強制的に搬送する権限がなく、本人が拒否していれば搬送はできない。

  3. ○c.  本人を受診させる方法を保健所に相談する。

    適切である。保健所は精神保健福祉法に基づき、地域で精神保健福祉に関する相談や訪問指導を行う第一線の機関であり、受診を拒む精神障害者の家族からの相談にも応じる。保健師や精神保健福祉相談員、嘱託の精神科医が家庭を訪問して本人と接触し、関係をつくりながら受診を勧めることができる。そのうえで入院が必要と判断されれば、家族等の同意による医療保護入院につなげる道もある。さらに、指定医の診察で医療保護入院が必要とされたのに本人が移動を拒む場合には、都道府県知事による移送制度(精神保健福祉法第34条)もある。本人の人権に配慮しつつ、法に沿った方法で医療に結びつける入り口として最も妥当である。

  4. ×d.  家族・親戚で本人を身体拘束して病院へ搬送する。

    不適切である。身体拘束は患者の自由を大きく制限する行為であり、精神保健福祉法では精神科病院の入院中に精神保健指定医が必要と判断した場合にだけ、厳しい条件のもとで認められている。家族や親戚が私的に本人を拘束して連れて行くことは人権侵害であり、逮捕・監禁罪などに問われうる。かつては家族が無理に連れて行くこともあったが、現在は許されない。本人との関係を悪化させ、その後の治療にもつながりにくくなる。本例は緊急性も乏しく、自主的な受診を促す努力を続けるべき段階である。

  5. ×e.  家族が医療機関から薬をもらって本人に飲ませる。

    不適切である。医師法第20条は、医師が自ら診察しないで治療をしたり、処方箋や診断書を交付したりすることを禁じている(無診察治療の禁止)。本人を診ないで家族に抗精神病薬などを渡すことはこれにあたる。さらに、本人に知らせずに薬を飲ませることは同意のない医療行為となり、診断もついていない状態で効果や副作用を評価できないという医学上の危険もある。

精神保健福祉法による入院形態

・任意入院:本人の同意に基づく入院。基本となる入院形態である。 ・医療保護入院:精神保健指定医1名が診察し、医療と保護のために入院が必要だが本人の同意に基づく入院が行える状態にないと判断した場合に、家族等のいずれかの同意で行う入院。家族等がいない、または全員が意思表示できない場合には市町村長が同意する。2022年の法改正(2023〜2024年施行)で、家族等が同意・不同意の意思を示さない場合にも市町村長の同意で入院できるようになり、入院期間の定めと更新の手続きも設けられた。 ・措置入院:精神保健指定医2名の診察で、入院させなければ自傷他害のおそれがあると一致して判断された場合に、都道府県知事(政令指定都市では市長)の命令で行う入院。 ・緊急措置入院:急速を要し通常の措置入院の手続きがとれない場合に、指定医1名の診察で行う。期間は72時間以内に限られる。 ・応急入院:急速を要し家族等の同意が得られない場合に、指定医の診察に基づき応急入院指定病院で72時間以内に限って行う。

警察官の通報

警察官は、職務中に異常な挙動などから自傷他害のおそれがあると認められる者を発見したとき、最寄りの保健所長を経て都道府県知事に通報しなければならない(精神保健福祉法第23条)。通報を受けた知事が調査のうえ指定医の診察を行わせ、措置入院の要否が判断される。

移送制度(精神保健福祉法第34条)

指定医の診察で直ちに医療保護入院または応急入院が必要と判断されたのに、本人が病院へ行くことを拒む場合、都道府県知事の責任で本人を応急入院指定病院へ移送できる。事前調査は保健所が担う。

地域の相談機関

・保健所:地域の精神保健福祉相談、訪問指導、措置・移送に関する事務などを担う。 ・精神保健福祉センター:都道府県・政令指定都市に設けられ、保健所への技術指導、複雑な事例の相談、精神医療審査会の事務などを担う。 ・ひきこもり地域支援センター:ひきこもりに特化した相談窓口である。

ひきこもりと精神疾患

ひきこもりは疾患名ではなく状態を表すことばである。その背景には統合失調症、気分障害、不安症、発達障害などが隠れていることがあり、特に幻覚妄想をうかがわせる言動がある場合は精神病性障害を念頭に置いて医療につなげる必要がある。

POINT

・本人を直接診察していない段階では診断も処方もできない(医師法第20条の無診察治療の禁止)。 ・受診を拒む精神障害者の家族からの相談は、まず保健所(や精神保健福祉センター)につなぐ。訪問支援を通じて受診を促す。 ・措置入院の要件は自傷他害のおそれであり、指定医2名の診察に基づいて都道府県知事が決める。警察署が決める手続きではない。 ・医療保護入院は指定医1名の診察と家族等の同意で行う。 ・家族による私的な身体拘束や搬送は人権侵害であり許されない。 ・ひきこもりの背後に統合失調症が隠れていることがある。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。