守秘義務は絶対か?―刺創患者の通報から学ぶ医師の法と倫理
第108回医師国家試験 G問題 第3問
国試問題にチャレンジ
医師の対応として正しいのはどれか。
- a.ナイフで刺された患者について警察に通報した。
- b.患者を診ずに家族と話しただけで処方箋を交付した。
- c.輸血を拒否している成人患者に予定手術で輸血した。
- d.患者の意識がなかったので,病状を患者の上司に説明した。
- e.患者の家族に依頼され,死亡診断書に虚偽の死因を記載した。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
医師の守秘義務(刑法134条)は「正当な理由がない」漏示を罰するもので、本人の同意、法令上の届出、第三者への危害防止などの正当な理由があれば解除されます。刃物による刺創のように犯罪被害が疑われる場合の警察への通報は、義務ではないものの守秘義務違反とならない正当な行為です。一方、本人を診察しない処方箋の交付は医師法20条の無診察治療に、判断能力のある成人の輸血拒否を無視した輸血は自己決定権の侵害に、上司への無断の病状説明は守秘義務違反に、死亡診断書への虚偽記載は刑法160条の虚偽診断書等作成罪に当たります。感染症届出や児童虐待通告など法令による守秘義務の解除例、年齢別の輸血拒否対応もあわせて整理しておくと、臨床で迷ったときの判断の拠り所になります。
解答・解説
正解はaです
テーマ
医師が守るべき法律上・倫理上のルールを、具体的な場面で判断させる問題である。関係するのは次の四つの論点である。 1. 守秘義務とその解除(刑法134条) 2. 無診察治療の禁止(医師法20条) 3. 患者の自己決定権とインフォームド・コンセント(十分な説明を受けたうえでの同意) 4. 虚偽診断書等作成の禁止(刑法160条)
考え方
各選択肢について、「どの法規・原則に関わるか」「その行為を正当化する事情があるか」を順に確かめる。 守秘義務は医師の基本的な義務だが、絶対ではない。本人の同意がある場合、法令で届出や報告が義務づけられている場合、そして第三者や社会に及ぶ危険を防ぐなどの正当な理由がある場合には、秘密を明かしても違法とはならない。刃物による傷害は犯罪によって生じた可能性が高く、さらなる被害を防ぐために警察へ知らせることは正当な理由に当たる。 これに対し、診察せずに処方箋を出す、本人が拒否している輸血を予定手術で行う、家族以外の第三者に無断で病状を話す、依頼されて死因を偽って書く、はいずれも法律または倫理上の原則に反する。
選択肢考察
- ○a. ナイフで刺された患者について警察に通報した。
適切な対応であり、これが正解である。刃物による刺創は傷害や殺人未遂などの犯罪で生じた可能性が高い。警察に知らせることは、加害者による新たな被害を防ぎ、患者本人の安全を確保するためにも意味がある。医師には守秘義務(刑法134条の秘密漏示罪)が課されているが、同条は「正当な理由がないのに」秘密を漏らした場合を処罰するものである。犯罪被害の可能性が高い事例での通報は正当な理由に当たり、守秘義務違反にはならない。なお、日本の法律には一般の医師に対して傷害事件の通報を一律に義務づける規定はない。本選択肢は「通報しなければならない」という義務ではなく、「通報しても許される」正当行為として理解するのが正確である。
- ×b. 患者を診ずに家族と話しただけで処方箋を交付した。
誤りである。医師法20条は、医師が自ら診察しないで治療をしたり、診断書や処方箋を交付したりすることを禁じている(無診察治療等の禁止)。家族の話だけでは患者の状態を正しく判断できず、誤った投薬につながる危険があるためである。慢性疾患で状態が安定している患者に限り、家族からの伝言で同じ処方を続けることを例外的に認めた行政の見解はあるが、原則として本人を診察せずに処方することは許されない。なお、オンライン診療はリアルタイムの映像と音声で本人を診察するものであり、この禁止に当たらない。
- ×c. 輸血を拒否している成人患者に予定手術で輸血した。
誤りである。判断能力のある成人が、宗教上の信念などから明確に輸血を拒否している場合、その意思は自己決定権として尊重される。最高裁判所は平成12年(2000年)の判決(エホバの証人輸血拒否事件)で、輸血以外に救命手段がない場合には輸血するという方針を説明せずに手術を行い輸血した医師側について、患者が手術を受けるかどうかを自分で決める権利を奪ったとして、損害賠償責任を認めた。予定手術では事前に説明と話し合いの時間が十分にある。医療機関は、無輸血で手術を行うのか、必要な場合には輸血するのかといった方針を事前に説明し、患者に選択の機会を与えなければならない。対応できない場合は、転院を勧めることも検討する。
- ×d. 患者の意識がなかったので,病状を患者の上司に説明した。
誤りである。患者本人に意識がなく説明を受けられない場合、病状を説明し治療方針を話し合う相手は、本人の意思を推定できる家族などの近親者(代諾者)である。職場の上司は患者の個人的な医療情報を知る立場になく、本人の同意なしに病状を伝えると守秘義務違反や個人情報保護法違反に問われうる。家族と連絡がとれない場合でも、職場には家族の連絡先を尋ねるなど、必要最小限の情報のやりとりにとどめるべきである。
- ×e. 患者の家族に依頼され,死亡診断書に虚偽の死因を記載した。
誤りである。医師が公務所(役所などの公的機関)に提出すべき診断書、検案書、死亡証書に虚偽の記載をすると、刑法160条の虚偽診断書等作成罪に当たる。死亡診断書は死亡届に添えて市区町村に提出され、人口動態統計の基礎資料にもなる公的な証明書である。家族の意向(例えば自殺や特定の疾患であることを隠したいという希望)があっても、医学的に判断した事実と異なる死因を書くことは許されない。なお、公務員である医師の場合は、虚偽公文書作成罪(刑法156条)が問題となる。
守秘義務が解除される主な場合
1. 本人の同意がある場合 2. 法令に基づく場合 ・感染症法による感染症の届出 ・児童虐待防止法による通告(守秘義務に優先することが法律で明記されている) ・麻薬及び向精神薬取締法による麻薬中毒者の届出 ・食品衛生法による食中毒の届出 ・医師法21条による異状死体等の警察署への届出 ・裁判所での証言など 3. その他の正当な理由がある場合 ・第三者への重大な危害を防ぐ必要がある場合(犯罪被害が疑われる外傷の通報など) ・チーム医療のため、医療従事者間で情報を共有する場合
医師法に定められた主な義務
・応招義務(19条1項):診察を求められた際に、正当な事由なく拒んではならない。 ・診断書等の交付義務(19条2項):求めがあった際に、正当な事由なく拒んではならない。 ・無診察治療等の禁止(20条) ・異状死体等の届出義務(21条):24時間以内に所轄の警察署に届け出る。 ・処方箋の交付義務(22条) ・療養方法等の指導義務(23条) ・診療録の記載・保存義務(24条):保存期間は5年。
宗教的輸血拒否への対応
関連学会の合同委員会による「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」(2008年)は、年齢と判断能力に応じた対応を示している。 ・18歳以上で判断能力がある患者:本人の意思を尊重する。医療機関は、無輸血を貫くか、必要なら輸血するかの方針を明示し、同意が得られなければ転院を勧める。 ・15歳未満の患者:親が拒否しても、救命に必要なら輸血を行うことができる。親権の濫用として、児童相談所を通じた親権停止などの法的手段が用いられることもある。 ・15歳以上18歳未満の患者:本人と親権者の意思の組み合わせによって対応が分かれる。
POINT
・守秘義務(刑法134条)は、本人の同意、法令上の届出義務、第三者の危害防止などの正当な理由があれば解除される。 ・犯罪被害が疑われる外傷の警察への通報は、守秘義務違反にならない。 ・無診察での治療、処方箋や診断書の交付は、医師法20条で禁止されている。 ・判断能力のある成人の輸血拒否は、自己決定権として尊重する(最高裁平成12年判決)。 ・死亡診断書に虚偽を記載すると、刑法160条の虚偽診断書等作成罪に当たる。 ・意識のない患者の病状説明は、家族などの近親者に対して行う。
