飢餓に適応する体、とらわれる心―神経性食思不振症の「正しい姿」を見極める
第108回医師国家試験 D問題 第19問
国試問題にチャレンジ
神経性食思不振症について正しいのはどれか。3つ選べ。
- a.強迫行為を示すものが多い。
- b.安静時にも頻脈であることが多い。
- c.過食・嘔吐を伴うものは含まない。
- d.抑うつの合併が高率に認められる。
- e.我が国では10年以内に約10%の患者が死亡する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
神経性食思不振症(神経性やせ症)は、やせ願望・肥満恐怖とボディイメージの歪みから食事を制限し、著しい低体重に至る摂食障害で、思春期〜青年期の女性に多くみられます。精神面では強迫的な性格傾向や強迫行為、抑うつの併存が高率で、身体面では飢餓への適応として徐脈・低血圧・低体温やlow T3症候群を呈し、頻脈にはなりません。病型には摂食制限型と過食・排出型があり、過食・嘔吐を伴うものも含まれ、低体重の有無で神経性過食症と区別します。死亡率は精神疾患の中でも高く、わが国では長期経過で約1割が身体合併症や自殺で死亡するとされるため、再栄養時のリフィーディング症候群への注意も含めた心身両面の管理が重要です。
解答・解説
正解はa, d, eです
【テーマ】神経性食思不振症(現在の診断名は神経性やせ症、anorexia nervosa:AN)の臨床像・病型・合併症・予後に関する基本知識を問う問題である。
疾患の要点
ANは、やせ願望や体重増加・肥満への強い恐怖、ボディイメージ(自分の体型の認識)の歪みのために食事摂取を制限し、著しい低体重に陥る摂食障害である。思春期〜青年期の女性に多い。
正解を導く考え方
・精神面:食事や体重・カロリーへの頑なな「とらわれ」があり、強迫的な行動や強迫性の性格傾向、抑うつ・不安などの精神症状の併存が多い。 ・身体面:飢餓に対して身体はエネルギーを節約する方向(低代謝状態)に適応する。そのため徐脈・低血圧・低体温がみられ、頻脈にはならない。 ・病型:食事制限だけでやせる「摂食制限型」と、過食や自己誘発性嘔吐・下剤乱用を繰り返す「過食・排出型」の2つがあり、過食・嘔吐を伴うものもANに含まれる。 ・予後:精神疾患の中でも死亡率が高く、長期経過で約1割前後が死亡するとされる。 この整理から、強迫、抑うつの合併、高い死亡率の3つが正しい記述となる。
選択肢考察
- ○a. 強迫行為を示すものが多い。
ANの患者は完璧主義・頑固・几帳面といった強迫的な性格傾向をもつことが多い。カロリー計算や体重測定を繰り返す、食べ物を細かく刻む、決まった順序や量でしか食べない、過剰な運動を自ら止められないなど、食行動や体重に関連した強迫的な行動が目立つ。また、手洗いや確認などの強迫症状を示す例や、強迫症(強迫性障害)の併存も一般人口より多い。低栄養そのものが思考の硬さやとらわれを強めることも知られている。
- ×b. 安静時にも頻脈であることが多い。
ANでは、飢餓状態に適応して基礎代謝が低下し、甲状腺ホルモンのうち活性型のT3が低下する(low T3症候群)など、交感神経活動も抑えられる。その結果、安静時には徐脈(しばしば50/分未満)、低血圧、低体温を呈するのが典型である。著しい徐脈は入院治療を考慮する指標の一つとなる。なお、再栄養開始後や脱水・電解質異常(低カリウム血症など)に伴う不整脈には注意が必要である。
- ×c. 過食・嘔吐を伴うものは含まない。
ANには、食事制限や過活動のみで体重を減らす摂食制限型と、むちゃ食い(過食)や自己誘発性嘔吐、下剤・利尿薬の乱用などの排出行動を繰り返す過食・排出型の2病型がある。したがって過食・嘔吐を伴うものもANに含まれる。経過中に制限型から過食・排出型へ移行することも多い。低体重を伴わず過食と代償行動を繰り返すものは神経性過食症(神経性大食症)として区別される。
- ○d. 抑うつの合併が高率に認められる。
ANでは抑うつ気分、意欲低下、不眠、易刺激性などの抑うつ症状が高率にみられ、うつ病の併存も多い。低栄養自体が気分や認知に悪影響を与え抑うつを強める一方、病初期のやせが著しい時期にはむしろ過活動で周囲の制止を聞かないこともあり、過食・排出行動が出現する時期に抑うつが強まることが多い。抑うつは自殺のリスク因子でもあり、評価が重要である。
- ○e. 我が国では10年以内に約10%の患者が死亡する。
ANは精神疾患の中でも死亡率が高い疾患であり、わが国の報告では死亡率は6〜20%程度とされ、長期経過で約1割が死亡するとされる。主な死因は、低栄養に伴う身体合併症(不整脈・心不全、感染症、低血糖、電解質異常など)による衰弱・飢餓死と自殺である。再栄養開始時に起こるリフィーディング症候群(低リン血症などによる心不全・不整脈)も致死的となりうる。
疾患概要
・好発:10代〜20代前半の女性。思春期やせ症とも呼ばれてきた。 ・心理的特徴:やせ願望・肥満恐怖、ボディイメージの障害、病識の乏しさ(やせを問題と感じない)、成熟拒否、完璧主義・負けず嫌いなどの性格傾向。
診断
・DSM-5(米国精神医学会の診断基準):①必要量に比べてエネルギー摂取を制限し、年齢・性別・発達・身体的健康に対して有意に低い体重に至る、②体重増加や肥満への強い恐怖、または体重増加を妨げる持続した行動、③体重・体型の体験の仕方の障害、自己評価への過剰な影響、低体重の深刻さの認識の欠如。成人の重症度はBMIで評価し、17以上を軽度、16〜16.99を中等度、15〜15.99を重度、15未満を最重度とする。以前の基準(DSM-IV)で必須であった無月経は、DSM-5では診断基準から外された。 ・旧厚生省研究班の診断基準:標準体重の−20%以上のやせ、食行動の異常(不食・大食・隠れ食いなど)、体重や体型についての歪んだ認識、発症年齢30歳以下、女性では無月経、やせの原因となる器質性疾患がないこと、の6項目。
身体所見・検査所見
・徐脈、低血圧、低体温、無月経(視床下部性、低ゴナドトロピン・低エストロゲン)、うぶ毛の密生、皮膚乾燥・柑皮症(カロテン血症による手掌の黄染)、浮腫、骨粗鬆症 ・過食・排出型では唾液腺(耳下腺)腫脹、吐きだこ(Russell徴候:手背の胼胝)、歯のエナメル質侵食、低カリウム血症・代謝性アルカローシス ・検査:貧血・白血球減少、低血糖、AST・ALT上昇、高コレステロール血症、low T3症候群(T3低下、TSHは正常)、コルチゾール高値、GH高値・IGF-I低値、LH・FSH低値
治療
栄養療法(体重回復)と心理療法(認知行動療法、家族療法など)が中心である。著しい低体重、重度の徐脈・低血圧、電解質異常、低血糖などがあれば入院治療を行う。再栄養は少量から開始し、リフィーディング症候群(低リン血症、低カリウム血症、心不全など)に注意して電解質を頻回にモニターする。
POINT
・ANは飢餓に適応した低代謝状態:徐脈、低血圧、低体温、low T3症候群。頻脈ではない。 ・病型は摂食制限型と過食・排出型。過食・嘔吐を伴ってもANに含まれる。 ・強迫傾向・強迫行為、抑うつの併存が多い。 ・死亡率は精神疾患の中でも高く、長期で約1割。死因は身体合併症と自殺。 ・再栄養時のリフィーディング症候群(低リン血症)に注意。
