StudyMed医師国家試験

「他人を傷つけた」重さ―労災認定の物差しで測る職場のストレス

第108回医師国家試験 D問題 第14問

国試問題にチャレンジ

第108回 D問題 第14問

職場での心理的負荷による精神障害について,ストレスの度合いが最も強いと考えられるのはどれか。

  1. a.顧客から無理な注文を受けた。
  2. b.同僚に資料の落丁を指摘された。
  3. c.達成困難な業績目標を設定した。
  4. d.大きな説明会で発表せざるを得なくなった。
  5. e.顧客に2か月以上の入院を要する怪我を負わせた。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、職場で起こるさまざまな出来事のうち、どれが最も強い心理的負荷になるかを問う問題だ。感覚で選ぶのではなく、厚生労働省が精神障害の労災認定に使っている「物差し」を知っているかがカギになる。まず、仕事が原因でうつ病になった場合、どうやって労災かどうかを判断するか知っているかな。
医学生医学生
公衆衛生の講義で「心理的負荷による精神障害の認定基準」というのを習った気がします。でも中身はあまり覚えていません。
ドクタードクター
その名前が出れば十分だよ。この基準には「業務による心理的負荷評価表」が付いていて、職場で起こりうる具体的な出来事ごとに、平均的なストレスの強さがⅠ(弱)、Ⅱ(中)、Ⅲ(強)の3段階で示されているんだ。
医学生医学生
人によって感じ方は違うのに、出来事ごとに強さが決まっているんですか。
ドクタードクター
いい疑問だね。だから「平均的な」強度なんだ。本人がどう感じたかではなく、同じ立場の一般的な労働者がどう受け止めるかを基準にする。そのうえで実際の事案では、出来事の中身やその後の対応、長時間労働の有無などを加えて総合的に「強・中・弱」を判断する。
医学生医学生
では選択肢を見ると、顧客から無理な注文を受けるのはかなりきつそうです。正直これかなと最初は思いました。
ドクタードクター
大変なのは確かだね。ただ評価表では、顧客や取引先から対応が困難な注文や要求を受けることは平均的強度Ⅱ、つまり「中」なんだ。達成困難な業績目標、いわゆるノルマも同じくⅡに位置づけられている。しかも今回は目標を「設定した」段階で、まだ結果は出ていない。
医学生医学生
大きな説明会での発表は、OSCEの前みたいにすごく緊張しそうですが……。
ドクタードクター
緊張はするよね(笑)。でも大きな説明会や公式の場での発表を強いられることは、従来の評価表ではⅠ、「弱」の例として挙げられてきた出来事だ。仕事内容の一時的な変化の範囲にとどまる。同僚に資料の落丁を指摘されたのは、すぐに直せる軽いミスの指摘で、Ⅰ程度かそれ未満と考えていい。
医学生医学生
そうすると、顧客に2か月以上の入院を要するけがを負わせた、が一番重いということですね。
ドクタードクター
その通り。業務に関連して他人に重いけがを負わせるのは「重大な人身事故、重大事故を起こした」に当たり、平均的強度Ⅲ。評価表には「強」と判断する具体例として、おおむね2か月以上の入院を要するけがを他人に負わせた場合が挙げられていて、まさにこの選択肢そのものなんだ。
医学生医学生
加害者になってしまった罪悪感に加えて、被害者や会社への責任、法的な責任への不安も重なりますもんね。
ドクタードクター
そう。Ⅲに入るのは、人の生命や身体に取り返しのつかない結果が生じた出来事や、退職の強要、パワーハラスメントのように誰にとっても強い衝撃となる出来事だ。業務上の負担や失敗にとどまるものとは質が違う、と整理しておこう。
医学生医学生
認定にはほかにも条件があったと思うのですが。
ドクタードクター
要件は3つ。対象となる精神障害、つまりICD-10のF0〜F4に当たるうつ病や適応障害、急性ストレス反応などを発病していること。発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷があること。そして業務以外の負荷や個体側の要因で発病したとは認められないことだ。
医学生医学生
業務以外の要因というと、家庭の事情なども見るんですか。
ドクタードクター
そうだよ。業務以外の心理的負荷評価表もあって、離婚や家族の死亡、多額の財産の損失などがⅢの例とされる。それとは別に「特別な出来事」という枠もあって、生死にかかわるけがや、発病直前1か月におおむね160時間を超える時間外労働などがあれば、それだけで総合評価は「強」になる。
医学生医学生
精神科の実習で、仕事のストレスで休職された方を担当したことがあります。こういう基準があると思うと、生活歴や職場の状況を丁寧に聞く意味がよくわかります。
ドクタードクター
まさにそこが臨床で大事な点だ。医師は診断書や意見書を書く立場になることがあるから、いつ、どんな出来事があって、その後どう症状が出たかという時系列を記録しておくことが、患者さんを守ることにもつながる。基準はパワーハラスメントやカスタマーハラスメントの項目が追加されるなど改正が続いているので、最新の内容を確認する習慣もつけておこう。

まとめ

仕事による精神障害の労災認定は、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」に基づき、職場の出来事ごとの平均的な心理的負荷がⅠ(弱)・Ⅱ(中)・Ⅲ(強)の3段階で評価されます。業務に関連して他人におおむね2か月以上の入院を要する重いけがを負わせるような重大な人身事故はⅢに当たり、顧客からの無理な注文や達成困難なノルマはⅡ、大きな場での発表や軽微なミスの指摘はⅠ程度と位置づけられます。認定には、対象となる精神障害の発病、発病前おおむね6か月間の業務による強い心理的負荷、業務外の要因によらないことの3要件が必要です。生命・身体に取り返しのつかない結果を伴う出来事が最も重いという考え方を押さえておくと、評価表の細目を暗記していなくても判断できます。患者の生活歴や職場状況を時系列で丁寧に聴取・記録することは、適切な診断や意見書作成を通じて働く人を支えることにつながります。

解答・解説

正解はeです

問われていること

仕事上の出来事が原因でうつ病などの精神障害を発症したとき、それを労働災害(労災)と認めるかどうかは、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」に基づいて判断される。この基準には「業務による心理的負荷評価表」が付いており、職場で起こりうる具体的な出来事ごとに、平均的な心理的負荷(ストレス)の強さが「Ⅰ(弱)」「Ⅱ(中)」「Ⅲ(強)」の3段階で示されている。本問は、この評価表の考え方に沿って、選択肢の出来事のうち最も負荷が強いものを選ばせている。

考え方

評価表で強度Ⅲ(強)に位置づけられるのは、本人や他人の生命・身体に重大な結果が生じた出来事、あるいはその責任を負う出来事(重いけがや病気、重大な人身事故・重大事故の当事者になること)や、退職の強要、ひどいいじめ・嫌がらせなど、誰にとっても強い衝撃となる出来事である。一方、顧客からの無理な注文や厳しいノルマは強度Ⅱ(中)、日常業務の範囲内でのミスの指摘や業務の小さな変化は強度Ⅰ(弱)程度とされる。 選択肢を見ると、a〜d はいずれも誰かの身体に被害が生じたわけではなく、仕事上の負担や失敗の範囲にとどまる。これに対し e は、業務に関連して他人に長期入院を要する重いけがを負わせたという、取り返しのつかない結果を伴う出来事であり、最も強い心理的負荷と判断できる。

選択肢考察

  1. ×a.  顧客から無理な注文を受けた。

    顧客や取引先から無理な(対応が困難な)注文・要求を受けることは、評価表で平均的強度Ⅱ(中)とされる出来事である。業務上の負担は大きいが、人の生命・身体への被害を伴うものではなく、通常はeほど強い負荷とはみなされない。ただし、注文の内容が著しく理不尽で、その対応のために大きな損失や長時間労働が生じた場合などは、個別に「強」と評価されることもある。

  2. ×b.  同僚に資料の落丁を指摘された。

    資料のページ抜けという軽微なミスを同僚から指摘されただけであり、実害は小さく、容易に修正できる。同僚との関係でのちょっとした摩擦にすぎず、心理的負荷は選択肢の中で最も弱い部類(強度Ⅰ程度、またはそれ未満)である。

  3. ×c.  達成困難な業績目標を設定した。

    達成困難なノルマ(業績目標)が課されたり、それを達成できなかったりすることは、評価表で平均的強度Ⅱ(中)とされる。達成できなければ評価や処遇に影響しうるため一定の負荷はあるが、他人の生命・身体に関わる出来事ではない。しかも本肢は目標を「設定した」段階であり、結果はまだ生じていない。

  4. ×d.  大きな説明会で発表せざるを得なくなった。

    大きな説明会や公式の場での発表を強いられることは、緊張を伴う出来事ではあるが、仕事内容の一時的な変化の範囲にとどまる。従来の評価表でも平均的強度Ⅰ(弱)の出来事として例示されており、eに比べて負荷ははるかに小さい。

  5. ○e.  顧客に2か月以上の入院を要する怪我を負わせた。

    業務に関連して他人に重いけがを負わせることは、評価表で「重大な人身事故、重大事故を起こした」に当たり、平均的強度Ⅲ(強)の出来事である。評価表では「強」と判断する具体例として、おおむね2か月以上の長期入院を要するような重いけがを他人に負わせた場合が挙げられており、本肢はまさにこれに該当する。加害者となった罪責感、被害者や会社への責任、法的責任への不安などが重なるため、選択肢の中で心理的負荷が最も強い。

精神障害の労災認定の枠組み

厚生労働省は、業務による心理的負荷を原因とする精神障害や自殺の労災請求の増加を受け、1999年に「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」を定めた。2011年にこれを改めた「心理的負荷による精神障害の認定基準」が策定され、その後もパワーハラスメント(2020年)、カスタマーハラスメントや感染症等の危険業務(2023年)などの項目が追加・改正されている。

認定の3要件

1. 認定基準の対象となる精神障害(ICD-10のF0〜F4に分類されるもの。うつ病、急性ストレス反応、適応障害など)を発病していること 2. 発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること 3. 業務以外の心理的負荷や個体側の要因(既往歴、アルコール依存など)により発病したとは認められないこと

心理的負荷の評価の仕方

・「特別な出来事」:生死にかかわる業務上の病気やけが、業務に関連して他人を死亡させたり生死にかかわる重大なけがを負わせたりしたこと、発病直前1か月におおむね160時間を超えるような極度の長時間労働など。これに該当すれば、それだけで総合評価は「強」となる。 ・「具体的出来事」:評価表に列挙された出来事ごとに平均的強度(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)が示されている。実際の事案では、出来事の内容や事後対応、長時間労働の有無などを加味して「強・中・弱」を総合評価し、「強」であれば業務上と判断される。

平均的強度の例(職場の出来事)

・Ⅲ(強):重度の病気やけがをした、業務に関連し重大な人身事故・重大事故を起こした、退職を強要された、上司等から身体的攻撃や精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた など ・Ⅱ(中):会社で起きた事故・事件の責任を問われた、達成困難なノルマが課された、顧客や取引先から対応が困難な注文や要求を受けた、仕事内容・仕事量の大きな変化があった、配置転換・転勤、上司や同僚とのトラブル、セクシュアルハラスメント など ・Ⅰ(弱):大きな説明会や公式の場での発表を強いられた、昇進で先を越された、部下が増えた、上司が替わった など

職場以外の出来事

業務以外の心理的負荷評価表もあり、離婚や別居、自分の重い病気やけが・流産、配偶者・子ども・親・きょうだいの死亡、多額の財産の損失、天災・火災・犯罪に巻き込まれた、などが強度Ⅲの例とされる。業務以外に強い負荷がある場合は、それが発病の原因でないかを慎重に検討する。

POINT

・精神障害の労災認定は「心理的負荷による精神障害の認定基準」による ・出来事の心理的負荷は Ⅰ(弱)・Ⅱ(中)・Ⅲ(強)の3段階で評価する ・他人に重大なけが(おおむね2か月以上の入院など)を負わせる重大な人身事故は Ⅲ(強) ・無理な注文、達成困難なノルマは Ⅱ(中)、発表や軽微なミスの指摘は Ⅰ(弱)程度 ・発病前おおむね6か月の業務上の強い負荷があり、業務外の要因で発病したといえないことが要件

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。