産褥4日目の「落ち込み」は異常か―正常な産褥経過とマタニティブルーズを見きわめる
第108回医師国家試験 B問題 第45問
国試問題にチャレンジ
34歳の初産婦。産褥4日目で入院中である。授乳がうまくできず落ち込んでおり,授乳中に軽度の下腹部痛があるという。乳房は緊満し乳頭刺激により乳汁の分泌を認める。腟鏡診で赤色悪露を,双合診で新生児頭大の子宮を認める。 褥婦への説明で正しいのはどれか。
- a.「乳汁の色はこれから黄色くなります」
- b.「赤いおりものは今後1か月間続きます」
- c.「子宮はほぼ妊娠前の大きさに戻っています」
- d.「下腹部の痛みは今後強くなることはありません」
- e.「産後に気分が一時的に沈むことはよく起こります」
対話形式の解説
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ドクターまとめ
産褥4日目の褥婦にみられる新生児頭大の子宮、赤色悪露、乳房緊満と黄色い初乳、授乳時の後陣痛は、いずれも正常な産褥経過の範囲内です。子宮が妊娠前の大きさに戻るのは産褥6〜8週、悪露は赤色→褐色→黄色→白色と変化して4〜6週で消失し、乳汁は黄色の初乳から白色の成乳へと変わります。産褥数日以内に始まる一過性の涙もろさや抑うつはマタニティブルーズと呼ばれて頻度が高く、2週間以内に自然軽快するため、傾聴と共感を基本に「よくある一時的なもの」と伝えて支えることが大切です。一方、2週間以上続く抑うつは産後うつ病を疑い、エジンバラ産後うつ病質問票などで評価します。産褥期の正常経過を時間軸で押さえておくことは、異常の早期発見と、褥婦に寄り添った説明の両方の土台になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・34歳の初産婦、産褥4日目で入院中。 ・授乳がうまくいかず落ち込んでいる。 ・授乳中に軽度の下腹部痛がある。 ・乳房は緊満し、乳頭を刺激すると乳汁が分泌される。 ・腟鏡診で赤色悪露、双合診で新生児頭大の子宮を触れる。
評価
産褥期には、子宮が妊娠前の状態に戻っていく変化(子宮復古)、悪露の性状の変化、乳汁分泌の確立、精神面の変化が並行して進む。本例の所見を産褥4日目の標準的な経過と照らし合わせると、次のように整理できる。 ・授乳中の下腹部痛:乳頭刺激により下垂体後葉からオキシトシンが分泌され、子宮が収縮して起こる後陣痛である。子宮復古を促す生理的な現象である。 ・乳房緊満と乳汁分泌:乳汁の産生が本格化する時期にみられる生理的変化であり、この時期には主に初乳が分泌されている。 ・赤色悪露:産褥3〜4日ごろまでは血液を多く含む赤色悪露が普通であり、正常範囲である。 ・新生児頭大の子宮:分娩直後に比べて縮小してきており、産褥4日目としては順調な子宮復古である。 ・気分の落ち込み:産褥数日以内に始まる一過性の軽い抑うつ・涙もろさ・不安感は、マタニティブルーズ(maternity blues)として知られる。 つまり、この褥婦は身体的にはほぼ正常な産褥経過をたどっており、授乳に対する不安をきっかけにマタニティブルーズの状態にあると考えられる。
設問への考え方
「褥婦への説明として正しいもの」を選ぶ問題である。各選択肢の内容が、乳汁・悪露・子宮復古・後陣痛・産後の精神状態について、医学的に正しい経過を述べているかを確認する。加えて、不安を抱える褥婦に対しては、症状がよくある一過性のものであると伝えて安心させ、共感的に支える説明が望ましい。
選択肢考察
- ×a. 「乳汁の色はこれから黄色くなります」
乳汁の変化の方向が逆である。産褥早期(おおむね産褥5日ごろまで)に分泌される初乳は、蛋白質や免疫グロブリン(特に分泌型IgA)、β-カロテンを多く含み、黄色みを帯びて粘稠である。その後、移行乳の時期を経て、産褥2週ごろ以降には脂肪や乳糖を多く含む白色の成乳(成熟乳)となる。したがって今後は黄色から白色へ変化していく。
- ×b. 「赤いおりものは今後1か月間続きます」
悪露は時間とともに性状が変わる。産褥3〜4日ごろまでは血液成分の多い赤色悪露、その後1週前後までは血液成分が減った褐色悪露、2〜3週ごろには黄色悪露、その後は白色悪露となり、4〜6週ごろまでに消失する。赤色の悪露が1か月も続くことは通常なく、赤色悪露が長引く場合は子宮復古不全や胎盤・卵膜の遺残などを疑う必要がある。
- ×c. 「子宮はほぼ妊娠前の大きさに戻っています」
妊娠前の子宮は鶏卵大程度であり、本例の新生児頭大の子宮はまだ妊娠前の大きさには戻っていない。子宮は産褥早期に急速に縮小し、子宮底は分娩直後の臍下から日ごとに下降して、産褥10〜14日ごろには腹壁上から触れなくなる。妊娠前とほぼ同じ大きさに戻るのは産褥6〜8週ごろである。産褥4日目に新生児頭大であるのは順調な経過であるが、「妊娠前の大きさに戻った」という説明は誤りである。
- ×d. 「下腹部の痛みは今後強くなることはありません」
授乳中の下腹部痛は、乳頭刺激で分泌されるオキシトシンによる子宮収縮(後陣痛)である。後陣痛は産褥数日を過ぎると次第に軽くなっていくのが一般的であるが、授乳が軌道に乗って乳頭刺激が増えれば授乳時に痛みを強く感じることもあり、個人差も大きい。また、子宮内膜炎などの産褥感染症や子宮内の遺残があれば痛みが増強しうる。痛みが強くならないと断言するのは医学的に根拠がなく、異常の徴候を見逃すことにもつながるため、説明として不適切である。
- ○e. 「産後に気分が一時的に沈むことはよく起こります」
産褥2〜5日ごろに始まる涙もろさ、軽い抑うつ気分、不安、焦燥感、集中力の低下などはマタニティブルーズと呼ばれ、日本では褥婦の約30%(欧米ではさらに高率とする報告もある)にみられる、ほぼ生理的ともいえる一過性の状態である。分娩後のエストロゲン・プロゲステロンの急激な低下などの内分泌変化や、育児への不安・疲労が関与すると考えられている。多くは2週間以内に自然に軽快する。本例の落ち込みはこれに合致し、よく起こる一時的なものであると伝えることは、褥婦を安心させる適切な説明である。対応の基本は、話をよく聞いて共感を示し、家族や医療者で支えることであり、安易な叱咤激励は避ける。
産褥期の正常な経過
・子宮復古:分娩直後、子宮底は臍下2〜3横指程度に触れ、産褥12時間ごろにはいったん臍の高さ付近まで上昇したのち、日ごとに下降する。産褥10〜14日ごろには恥骨結合上に触れなくなり、6〜8週で妊娠前の大きさ(鶏卵大)に戻る。 ・悪露:赤色悪露(〜産褥3、4日)→褐色悪露(〜1週前後)→黄色悪露(2〜3週)→白色悪露→4〜6週で消失。 ・乳汁:初乳(黄色、蛋白質・免疫グロブリンに富む)→移行乳→成乳(白色、脂肪・乳糖に富む、産褥2週ごろ〜)。 ・後陣痛:産褥早期の子宮収縮による下腹部痛。授乳時のオキシトシン分泌で誘発される。一般に経産婦で強く感じやすい。
マタニティブルーズと産後うつ病の違い
・マタニティブルーズ:産褥2〜5日ごろに発症し、2週間以内に自然軽快する一過性の軽い情動不安定。頻度は高く、治療は不要で、傾聴と周囲の支援で対応する。 ・産後うつ病:産後数週〜数か月以内に発症し、2週間以上持続する抑うつ状態。褥婦の約10%前後にみられ、育児への支障や自殺・虐待のリスクがあるため、精神科的治療を要することがある。マタニティブルーズの一部が産後うつ病に移行することがある。 ・スクリーニング:エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)が広く用いられ、日本では9点以上を産後うつ病の疑いとすることが多い。 ・産後精神病:まれ(数百〜千人に1人程度)だが、産後早期に幻覚・妄想・錯乱などで急激に発症し、緊急の精神科治療を要する。
POINT
・産褥4日目の赤色悪露、新生児頭大の子宮、乳房緊満、授乳時の後陣痛はいずれも正常な経過である。 ・乳汁は黄色の初乳から白色の成乳へ変わる。 ・悪露は赤色→褐色→黄色→白色と変化し、4〜6週で消失する。 ・子宮が妊娠前の大きさ(鶏卵大)に戻るのは産褥6〜8週である。 ・マタニティブルーズは産褥数日以内に始まり2週間以内に軽快する一過性の軽い抑うつで、頻度が高い。傾聴と支援で対応し、2週間以上続く場合は産後うつ病を疑う。
