ポリペク当夜の腹痛―「おとなしい腹部所見」に潜む穿孔を見逃さない
第108回医師国家試験 B問題 第43問
国試問題にチャレンジ
67歳の女性。腹痛を主訴に来院した。本日,自宅近くの診療所で大腸の内視鏡的ポリープ切除術を受けた。帰宅後,深夜に突然左下腹部痛が出現し,2時間ほどしても軽快しないため救急外来を受診した。意識は清明。体温36.2℃。脈拍72/分,整。血圧112/70 mmHg。呼吸数14/分。腹部は平坦で,左下腹部に圧痛を認める。筋性防御と反跳痛とは認めない。 血液検査に加え,まず行うべきなのはどれか。
- a.腹部MRI
- b.注腸造影
- c.試験開腹
- d.胸腹部エックス線撮影
- e.下部消化管内視鏡検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
大腸ポリペクトミー当日の腹痛では、代表的な偶発症である出血と穿孔のうち、血便がなく痛みが主体であれば穿孔をまず疑います。発症早期や後腹膜穿孔では腹膜刺激徴候が乏しいことがあり、身体所見だけで穿孔は否定できず、free airの有無を確認する胸腹部エックス線撮影が最初の検査として適切です。注腸造影や下部消化管内視鏡は腸管内圧を上げて穿孔を悪化させる恐れがあり、特にバリウムは禁忌で、バイタルが安定し腹膜炎所見がない段階での試験開腹も過剰な侵襲です。実臨床では感度の高い腹部CTが併用されることも多く、ポリペクトミー後凝固症候群や送気残存との鑑別も意識します。「疑う病態を、病態を悪化させない方法で、素早く確かめる」という考え方は、検査後の偶発症対応全般に通じる基本です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・67歳女性。当日に大腸の内視鏡的ポリープ切除術(ポリペクトミー)を受けている。 ・帰宅後の深夜、突然に左下腹部痛が出現し、2時間経っても改善しない。 ・意識清明、体温36.2℃、脈拍72/分、血圧112/70 mmHg、呼吸数14/分とバイタルサインは安定している。 ・腹部は平坦で左下腹部に圧痛があるが、筋性防御・反跳痛といった腹膜刺激徴候はない。 ・血便の記載はない。
診断へのプロセス
内視鏡治療の当日に発症した腹痛であるから、まず処置に伴う偶発症を考える。ポリペクトミーの代表的な偶発症は出血と穿孔である。本例では血便がなく、痛みが主体であるため、出血よりも穿孔を第一に疑うべき状況である。左下腹部の痛みは、S状結腸から下行結腸付近の処置部位に一致すると考えられる。 腹膜刺激徴候がないことは穿孔を否定する根拠にはならない。大腸の穿孔は発症早期には所見が軽いことがあり、特に後腹膜側への穿孔や小さな穿孔では腹膜炎の症状が遅れて現れる。また、通電による熱が腸管壁の深層に及んで局所的な炎症を起こすポリペクトミー後凝固症候群(post-polypectomy electrocoagulation syndrome)や、検査時に送り込んだ空気の残存による腹部膨満・疼痛も鑑別に挙がる。これらと穿孔とを区別するうえで決め手になるのは、腹腔内遊離ガス(free air)の有無である。
設問への考え方
問われているのは「血液検査に加えて、まず行う検査」である。穿孔が疑われる場面で最初に選ぶ検査は、短時間・低侵襲で施行でき、かつfree airを検出できるものでなければならない。さらに、穿孔を悪化させる恐れのある検査(腸管内に圧をかける検査)は避ける必要がある。この条件を満たすのが胸腹部エックス線撮影である。血液検査では白血球数やCRP(C反応性蛋白)などの炎症所見、貧血の有無を確認する。 なお実臨床では、少量のfree airや後腹膜気腫の検出感度が高い腹部CTが併用・優先されることも多いが、選択肢の中ではまずエックス線撮影が適切である。
選択肢考察
- ×a. 腹部MRI
MRIは撮像に時間がかかり、夜間救急で直ちに施行できる施設も限られる。また腸管外ガスの検出はエックス線やCTの方が得意であり、穿孔の初期評価として最初に選ぶ検査ではない。
- ×b. 注腸造影
注腸造影は肛門から造影剤と空気を注入して大腸を膨らませる検査である。穿孔がある場合、腸管内圧の上昇により穿孔部が広がり、腸内容や造影剤が腹腔内へ漏れ出す危険がある。特にバリウムが腹腔内に漏れると重篤なバリウム腹膜炎を起こすため、穿孔が疑われる状況ではバリウム注腸は禁忌である。最初に行う検査として不適切である。
- ×c. 試験開腹
バイタルサインが安定し、腹膜刺激徴候もない段階で、画像検査による評価を行わずにいきなり開腹するのは過剰な侵襲である。内視鏡治療に伴う小さな穿孔は、絶食・輸液・抗菌薬投与による保存的治療や内視鏡的クリップ閉鎖で対応できることも多い。手術は汎発性腹膜炎の所見がある場合や保存的治療で改善しない場合などに検討するものであり、まず行うものではない。
- ○d. 胸腹部エックス線撮影
簡便・迅速に行える低侵襲の検査で、穿孔の有無を判断する重要な手がかりであるfree airを検出できる。free airは立位の胸部エックス線写真で横隔膜直下に三日月状の透亮像として描出されやすく、立位がとれない場合は左側臥位正面像(デクビタス像)で肝臓の外側に確認する。腹部単純写真では腸管内ガスの分布や残存の程度、後腹膜気腫の有無なども評価でき、穿孔と送気の残存などとの鑑別に役立つ。血液検査と組み合わせて、最初に行うべき検査として適切である。
- ×e. 下部消化管内視鏡検査
内視鏡検査では観察のために腸管内に送気を行うため、穿孔があれば腸管内圧の上昇により穿孔部を広げ、腸内容の腹腔内漏出や気腹を悪化させる恐れがある。穿孔を否定できない段階で、診断目的に最初に行う検査ではない。内視鏡的に穿孔部を閉鎖する治療を検討する場合も、まず画像検査で状況を把握してからとなる。
大腸ポリペクトミー・内視鏡治療の主な偶発症
・出血:処置直後に起こる即時性出血と、数日から2週間程度後に起こる遅発性出血がある。血便(鮮血便)で気付かれることが多い。抗血栓薬の内服、大きな病変、右側結腸の病変などが危険因子とされる。 ・穿孔:処置中に起こる術中穿孔と、処置後に遅れて起こる遅発性穿孔がある。腹痛、腹部膨満、発熱などで発症し、進行すると腹膜刺激徴候(筋性防御、反跳痛)が出現する。 ・ポリペクトミー後凝固症候群:通電による熱が固有筋層から漿膜側に及び、穿孔はないものの局所の腹膜炎様の症状(腹痛、圧痛、発熱、白血球増多)を呈するもの。画像でfree airを認めない点が穿孔との鑑別点であり、多くは絶食・抗菌薬などの保存的治療で改善する。
free airの検出方法
・立位胸部エックス線写真:横隔膜下の遊離ガスの検出に優れる。数分間立位を保ってから撮影すると検出しやすい。 ・左側臥位正面像(デクビタス像):立位が困難な患者で、右側腹部(肝臓の外側)に上昇したガスを確認する。 ・腹部CT:少量のfree airや後腹膜気腫、穿孔部位周囲の変化まで評価でき、感度が最も高い。
大腸穿孔が疑われるときに避ける検査
・バリウムを用いた消化管造影(バリウム腹膜炎の危険)。造影が必要な場合は水溶性造影剤(ガストログラフイン)を用いる。 ・送気を伴う内視鏡検査(診断目的では避ける)。
POINT
・ポリペクトミー後の腹痛では、まず穿孔を疑う。代表的な偶発症は出血と穿孔である。 ・穿孔の初期評価は、低侵襲で迅速な胸腹部エックス線撮影によるfree airの確認(必要に応じてCT)である。 ・発症早期や後腹膜穿孔では腹膜刺激徴候が乏しいことがあり、身体所見だけで穿孔は否定できない。 ・穿孔が疑われる場合、注腸造影(特にバリウム)や下部消化管内視鏡のように腸管内圧を上げる検査は避ける。 ・バイタルが安定し腹膜炎所見がなければ、いきなり開腹はしない。
