心尖部で鳴り続ける逆流の音―僧帽弁閉鎖不全症の外科治療は「直す」か「替える」か
第108回医師国家試験 A問題 第57問
国試問題にチャレンジ
52歳の男性。階段昇降などの労作時での息切れを主訴に来院した。心臓の聴診にて左鎖骨中線第5肋間を最強とする汎〈全〉収縮期雑音とⅢ音,Ⅳ音を聴取する。心エコー図(A)(B)を別に示す。 治療法として考えられるのはどれか。2つ選べ。

- a.左室形成術
- b.僧帽弁形成術
- c.僧帽弁置換術
- d.僧帽弁交連切開術
- e.冠動脈バイパス手術
対話形式の解説
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ドクターまとめ
心尖部を最強点とする汎収縮期雑音と、カラードプラで左房を広く占める収縮期の逆流ジェット、左房拡大は高度の僧帽弁閉鎖不全症を示し、III音・IV音は容量負荷と充満圧上昇を反映します。症状を伴う高度の慢性一次性僧帽弁閉鎖不全症は外科治療の適応で、術式は自己弁を温存する僧帽弁形成術が第一選択、形成困難な場合は機械弁または生体弁による僧帽弁置換術を選びます。交連切開術は僧帽弁狭窄症、左室形成術は左室瘤などの左室変形、冠動脈バイパス手術は冠動脈疾患が対象で、本例の治療にはなりません。無症状でも駆出率60%以下や左室収縮末期径40 mm以上なら手術が推奨され、駆出率が過大評価されやすい点に注意が必要です。聴診で病態を絞り込み、弁の状態に応じて治療法を選ぶ流れは、弁膜症診療全体の基本となる考え方です。
解答・解説
正解はb, cです
所見の整理
・52歳男性。階段昇降などの労作時の息切れ(NYHA心機能分類II度程度の心不全症状)。 ・左鎖骨中線第5肋間(心尖部=僧帽弁領域)を最強点とする汎収縮期雑音。汎(全)収縮期雑音は、I音からII音まで収縮期全体にわたって一定の強さで続く逆流性雑音で、僧帽弁閉鎖不全症、三尖弁閉鎖不全症、心室中隔欠損症で聴取される。最強点が心尖部であることから僧帽弁の逆流が考えられる。 ・III音: 拡張早期に左房から左室へ大量の血液が急速に流入することで生じる。高度の僧帽弁逆流では、収縮期に左房へ逆流した血液が拡張期に一気に左室へ戻るため、III音が出やすい。IV音: 心房収縮期に硬くなった(あるいは充満圧の上がった)心室へ血液が押し込まれて生じる。いずれも心室の容量負荷・充満圧上昇を示唆する。 ・心エコー図(A): 心尖部四腔像で、左房が著明に拡大している。 ・心エコー図(B): カラードプラ法で、収縮期に左室から左房へ向かうモザイク状の逆流ジェットが左房の広い範囲を占めている。
診断のプロセス
心尖部の汎収縮期雑音と、カラードプラでの左室→左房の逆流ジェット、慢性の容量負荷を示す左房拡大から、高度の僧帽弁閉鎖不全症(mitral regurgitation: MR)と診断する。三尖弁閉鎖不全症であれば雑音の最強点は胸骨左縁下部で吸気時に増強し、逆流は右房に向かう。心室中隔欠損症であれば胸骨左縁第3~4肋間が最強点で、短絡血流は左室から右室へ向かうため、いずれも本例とは合わない。
設問の考え方
症状を伴う高度の慢性MRは、薬物療法だけでは予後を改善できず、外科的治療(弁そのものへの介入)の適応となる。MRの手術は、自己の弁を修復する僧帽弁形成術と、人工弁に取り替える僧帽弁置換術の2つであり、弁の形態から形成が可能であれば形成術が優先される。他の選択肢は、それぞれ別の疾患に対する治療法である。
選択肢考察
- ×a. 左室形成術
左室形成術は、心筋梗塞後の左室瘤や、拡張・変形した左室(虚血性心筋症、拡張型心筋症の一部)に対して、機能しない心筋部分を切除・縫縮して左室の形と容積を正常に近づける手術である(Dor手術、Batista手術など)。本例の病態の中心は僧帽弁の逆流であり、心エコーでも左室瘤や高度の左室拡大・変形を示す所見はないため、適応とはならない。
- ○b. 僧帽弁形成術
自己の弁を温存して修復する手術で、僧帽弁逆流に対する第一選択の術式である。弁尖の逸脱部の切除・縫合、人工腱索による再建、弁輪を縫縮・固定する人工弁輪の装着(弁輪形成)などを組み合わせる。置換術に比べて、左室機能が保たれやすく、術後の長期生存率が良好で、ワルファリンによる生涯の抗凝固療法が原則不要であり、人工弁に伴う感染性心内膜炎・血栓塞栓症のリスクも低い。特に僧帽弁逸脱症(腱索断裂など)による一次性MRでは形成術の成功率が高い。
- ○c. 僧帽弁置換術
病的な弁を切除して人工弁(機械弁または生体弁)に置き換える手術で、弁の変性・石灰化・破壊が高度で形成術が困難な場合(リウマチ性変化、広範な感染性心内膜炎による破壊など)に選択される。機械弁は耐久性に優れるが生涯のワルファリン内服が必要であり、生体弁は抗凝固療法の期間が短く済む(原則として術後一定期間)が、年月とともに劣化して再手術が必要になりうる。患者の年齢や抗凝固療法の可否などを考慮して弁の種類を選ぶ。MRに対する外科治療として、形成術と並ぶ治療選択肢である。
- ×d. 僧帽弁交連切開術
僧帽弁交連切開術は、リウマチ熱の後遺症などで前尖と後尖の接合部(交連)が癒着して弁口が狭くなった僧帽弁狭窄症に対し、癒着した交連を切り離して弁口を広げる手術である(直視下交連切開術。カテーテルによる経皮的僧帽弁交連裂開術=PTMCもある)。僧帽弁狭窄症の聴診所見は、I音亢進、僧帽弁開放音、拡張期ランブルであり、本例の汎収縮期雑音とは異なる。弁の閉鎖不全がある状態で交連を切り開くと逆流がさらに悪化するため、MRには禁忌的な処置である。
- ×e. 冠動脈バイパス手術
冠動脈バイパス手術(CABG)は、狭心症や心筋梗塞などの冠動脈狭窄・閉塞に対して、内胸動脈や大伏在静脈などを用いて狭窄部の先に血流の迂回路を作る手術である。本例では胸痛などの虚血症状や冠動脈病変を示す情報がなく、弁膜症の治療にはならない。なお、心筋梗塞後の乳頭筋機能不全などによる虚血性MRや、弁膜症手術時に有意な冠動脈狭窄を合併している場合には、弁の手術と同時にCABGを行うことはある。
僧帽弁閉鎖不全症(MR)の分類と原因
・一次性(器質性)MR: 弁そのものの異常。僧帽弁逸脱症(粘液腫様変性、腱索断裂)、リウマチ性、感染性心内膜炎、先天性(僧帽弁裂隙)など。現在は僧帽弁逸脱症によるものが最も多い。 ・二次性(機能性)MR: 弁自体は正常だが、左室の拡大や変形(拡張型心筋症、陳旧性心筋梗塞など)によって弁尖が引っ張られたり弁輪が拡大したりして閉じなくなるもの。
病態
慢性MRでは、左室から駆出される血液の一部が左房へ逆流するため、左房・左室に容量負荷がかかり、左房拡大・左室拡大を来す。左房拡大は心房細動の原因となる。代償期は無症状で経過するが、非代償期に入ると肺うっ血による労作時呼吸困難が出現し、左室収縮能が低下する。左室の駆出率(EF)は逆流分を含めて計算されるため、MRでは実際の左室機能を過大評価しやすく、EF 60%以下はすでに左室機能低下と考える。
重症度評価(心エコー)
高度MRの目安: 逆流ジェットが左房の広範囲を占める、有効逆流弁口面積(EROA)0.4 cm2以上、逆流量60 mL以上、逆流率50%以上、縮流部幅(vena contracta)0.7 cm以上など。弁の形態の詳細評価には経食道心エコーが有用である。
治療
・慢性の高度一次性MRで症状がある場合、または無症状でも左室機能低下(EF 60%以下)や左室収縮末期径の拡大(40 mm以上)がある場合に手術が推奨される。心房細動や肺高血圧の出現も手術を考慮する根拠となる。 ・術式は形成術を優先し、困難な場合に置換術を行う。 ・外科手術のリスクが高い患者には、カテーテルで前尖と後尖をクリップで留める経皮的僧帽弁接合不全修復術(transcatheter edge-to-edge repair: TEER)という選択肢もある。 ・薬物療法: 心不全症状に対して利尿薬、二次性MRでは心不全の標準治療(β遮断薬、RAS阻害薬など)を行う。
心音の整理
・III音: 拡張早期の急速流入。高度MR、心不全、健常な若年者でも聴取される。 ・IV音: 心房収縮期。心室のコンプライアンス低下(高血圧性心疾患、肥大型心筋症、虚血など)で聴取される。
POINT
・心尖部の汎収縮期雑音 → 僧帽弁閉鎖不全症。胸骨左縁下部なら三尖弁閉鎖不全症、胸骨左縁第3~4肋間なら心室中隔欠損症。 ・MRの外科治療は僧帽弁形成術(第一選択)と僧帽弁置換術。 ・交連切開術(直視下交連切開術・PTMC)は僧帽弁狭窄症の治療。 ・左室形成術は左室瘤・高度左室拡大、冠動脈バイパス手術は冠動脈疾患が対象。 ・手術適応: 症状のある高度MR、または無症状でもEF 60%以下や左室収縮末期径40 mm以上。
