「さ、た」としか言えないのに指示は完璧―失語のタイプから病巣を描き出すMRI読影
第107回医師国家試験 I問題 第74問
国試問題にチャレンジ
78歳の男性。本日の夕方,風呂から上がった直後から言葉がもつれ,家族に意思がうまく伝えられなくなったため救急外来を受診した。脈拍88/分,不整。血圧120/80 mmHg。意識は清明だが,口数が少なく,「頭は痛いですか」と尋ねると,口ごもるように「い,い」と答え,「さくら」の復唱を指示すると「さ,た」と言う。「目を閉じてから左手を上げてください」と指示すると,間違いなく行う。右口角の動きが不良だが,上下肢の麻痺は明らかではない。頭部MRIを行った。 別に示す頭部MRIの拡散強調像(①~⑤)のうち,この患者の頭部MRIとして考えられるのはどれか。

- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクター
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医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
非流暢な発話・音韻性錯語・復唱障害がありながら言語理解が保たれていればBroca失語であり、責任病巣は優位半球(多くは左)の下前頭回後部、すなわち中大脳動脈上枝の灌流域です。顔面の運動野が隣接するため右口角の中枢性麻痺を伴いやすい一方、上下肢の運動野や錐体路は保たれるため四肢麻痺は目立ちません。中大脳動脈全域の梗塞なら全失語と片麻痺、放線冠の梗塞なら失語のない片麻痺、頭頂葉なら伝導失語やGerstmann症候群、後大脳動脈領域なら同名性半盲や純粋失読と、部位ごとの症状を対応させて鑑別します。不整脈と突発完成の発症は心原性脳塞栓症を示唆し、急性期の再灌流療法と抗凝固療法による再発予防が治療の柱となります。「流暢性・理解・復唱」の3軸で失語を分類し、脳の機能地図と結びつける力は、画像を読む前に病巣を推定する神経診察の基本です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・78歳男性。入浴直後という日中の活動中に、言葉の障害が突然出現した(突発完成型の発症)。 ・脈拍88/分で不整 → 心房細動などの不整脈が疑われ、心臓内でできた血栓が脳動脈に流れて詰まる心原性脳塞栓症を考える根拠になる。 ・意識は清明。 ・言語症状:自発話が少なく、「い,い」と口ごもるようにたどたどしく話す(非流暢な発話)。「さくら」の復唱では「さ,た」と音を言い誤る(音韻性錯語)。一方、「目を閉じてから左手を上げてください」という二段階の口頭指示は正確に実行できる → 言語理解は保たれている。 ・右口角の動きが不良(右の中枢性顔面神経麻痺:額のしわ寄せは保たれ、口元を中心とした下部顔面に目立つ)。上下肢の明らかな麻痺はない。
失語型の判定
発話が非流暢で、言い誤りがあり、復唱も障害されている一方、理解は保たれている。これは運動性失語(Broca失語)の特徴である。Broca失語の責任病巣は優位半球(右利きの大部分では左半球)の下前頭回後部(弁蓋部・三角部)を中心とする前頭葉の弁蓋部〜島周辺で、中大脳動脈(MCA)の上枝(前方の枝)の灌流域にあたる。この近くには顔面を支配する一次運動野の下部があるため、右口角の麻痺を伴いやすい。一方、上下肢を支配する運動野や錐体路は障害されていないため、四肢の麻痺はみられない。
画像の読み方
拡散強調像(DWI)では、発症数時間以内の急性期脳梗塞が高信号(白く)描出される。MRIの横断像は患者の足側から見た向きで表示されるため、画像の右側が患者の左半球である。本例では「左前頭葉の弁蓋部付近に限局し、一次運動野の上肢・下肢領域や錐体路を含まない病変」を探せばよい。
診断
左前頭葉(Broca野周辺)の心原性脳塞栓症によるBroca失語と考えられ、それに一致するのは②である。
選択肢考察
- ×a. ①
左中大脳動脈の灌流域全体(前頭葉・側頭葉・頭頂葉の外側部から基底核周辺まで)に及ぶ広範な高信号域であり、左MCA本幹(M1部)の閉塞による広範な梗塞と考えられる。この場合、Broca野とWernicke野がともに障害されて理解も表出もできない全失語となり、さらに右片麻痺、右半身の感覚障害、右同名性半盲、左への共同偏視などを伴い、脳浮腫による意識障害も起こりやすい。本例のように理解が保たれ、四肢麻痺がないという所見とは合わない。
- ○b. ②
左前頭葉の下前頭回後部から弁蓋部・島前方にかけて高信号域がみられ、Broca野を含む左MCA上枝(前方枝)領域の限局性梗塞と考えられる。Broca野の障害で非流暢な発話・音韻性錯語・復唱障害を示す一方、言語理解を担う側頭葉(Wernicke野)は保たれるため、口頭指示には正確に従える。病巣が中心前回の下部(顔面の運動野)に近いため右口角の麻痺を伴うが、上下肢の運動野や錐体路にはかからず、四肢の麻痺は目立たない。病巣が小さいため意識障害もきたしにくい。本例の症状とすべて合致する。
- ×c. ③
左半球の後方、側脳室体部の外側にあたる頭頂葉(縁上回・角回付近)から側頭頭頂移行部に高信号域がみられる。優位半球の頭頂葉の障害では、伝導失語(復唱障害が目立つが理解は比較的保たれ、発話は流暢)や、Gerstmann症候群(角回の障害による手指失認・左右失認・失算・失書の4徴)、観念運動失行などが生じうる。病変が側頭葉のWernicke野に及べば、流暢だが言い誤りが多く、理解が障害される感覚性失語(Wernicke失語)となる。いずれも、非流暢な発話で理解が保たれる本例の症状とは合わない。
- ×d. ④
左側脳室体部の外側、放線冠付近(尾状核体部に接する深部白質)に限局した円形の高信号域で、穿通枝領域の梗塞(ラクナ梗塞や分枝粥腫型梗塞)と考えられる。この部位には大脳皮質から下行する錐体路が集まって走るため、右上下肢の片麻痺が主症状となる(ときに構音障害を伴う)。皮質の言語野は障害されないため、原則として失語は生じない。四肢の麻痺がなく失語が主体の本例とは合わない。
- ×e. ⑤
左後頭葉の内側部(鳥距溝周辺)に高信号域があり、左後大脳動脈(PCA)領域の梗塞である。一次視覚野の障害により右同名性半盲が主症状となる。優位半球の後頭葉内側から脳梁膨大部に及ぶと、字を書くことはできるのに読めない純粋失読(失書を伴わない失読)を生じることがあるが、発話の障害を主体とするBroca失語は起こらない。
失語の主な型と責任病巣(いずれも優位半球)
・Broca失語(運動性失語):下前頭回後部(弁蓋部・三角部)周辺。発話は非流暢でたどたどしく、音韻性錯語や失文法がみられる。復唱は障害、理解は比較的保たれる。右片麻痺(特に顔面・上肢)を伴いやすい。自分の誤りを自覚していることが多い。 ・Wernicke失語(感覚性失語):上側頭回後部。発話は流暢だが錯語が多く、意味の通らない話(ジャルゴン)になることもある。理解・復唱とも障害される。病識に乏しいことが多く、麻痺は目立たないことが多い。 ・伝導失語:縁上回とその深部の弓状束。発話は流暢で理解も比較的良好だが、復唱が著しく障害され、音韻性錯語が目立つ。 ・全失語:Broca野とWernicke野を含む広範な病変(左MCA本幹閉塞など)。理解・表出・復唱のすべてが障害される。 ・超皮質性失語:言語野の周囲の病変。復唱が保たれるのが特徴である。 ・覚え方:「流暢か非流暢か」「理解が保たれるか」「復唱ができるか」の3点で型を分類する。
失語と構音障害の区別
構音障害は発声・発音にかかわる筋や神経の障害で、言語そのもの(語の選択や文法、理解)は保たれる。読み書きも障害されない。失語は言語中枢の障害であり、話す・聞く・読む・書くのすべてに何らかの障害が及ぶ。
心原性脳塞栓症の特徴
・心房細動などで左心房(特に左心耳)にできた血栓が遊離して脳動脈を閉塞する。 ・日中の活動時に突然発症し、発症時点で症状が完成していることが多い(突発完成型)。皮質を含む梗塞となりやすく、失語・失行・半側空間無視などの皮質症状を伴いやすい。 ・閉塞した血管が自然に再開通することがあり、その際に出血性梗塞(梗塞巣内の出血)や脳浮腫の増悪をきたすことがある。 ・急性期治療:発症4.5時間以内で適応があれば rt-PA(アルテプラーゼ)静注による血栓溶解療法、主幹動脈閉塞例では血管内治療(機械的血栓回収療法)を検討する。再発予防には抗凝固療法(直接経口抗凝固薬〈DOAC〉やワルファリン)を用いる。
MRI拡散強調像(DWI)
急性期の脳梗塞では細胞性浮腫により水分子の拡散が制限され、発症後早期(1時間以内のこともある)から高信号となる。CTで梗塞が描出されにくい超急性期の診断に有用である。
POINT
・非流暢な発話+音韻性錯語+復唱障害+理解は保たれる → Broca失語(左下前頭回後部=左MCA上枝領域)。 ・Broca失語は顔面運動野に近いため右口角麻痺(中枢性顔面神経麻痺)を伴いやすい。 ・不整脈+日中活動時の突発完成 → 心原性脳塞栓症を疑う。 ・左MCA全域の梗塞 → 全失語+右片麻痺+意識障害。放線冠の梗塞 → 片麻痺主体で失語なし。PCA領域 → 同名性半盲(左では純粋失読も)。角回 → Gerstmann症候群。 ・MRI横断像では画像の右側が患者の左側。
