片耳の耳鳴りに潜む腫瘍―聴神経鞘腫で「どの神経が、どの検査で」障害されるか
第107回医師国家試験 D問題 第51問
国試問題にチャレンジ
53歳の男性。3か月前からの右耳鳴を主訴に来院した。鼓膜に異常を認めない。頭部造影MRIのT1強調像を別に示す。 この患者の右側の検査所見として予想されるのはどれか。2つ選べ。

- a.混合性難聴
- b.角膜反射消失
- c.半規管機能低下
- d.ティンパノグラムB型
- e.聴性脳幹反応〈ABR〉Ⅰ-Ⅴ波間の潜時延長
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
鼓膜が正常な一側性の耳鳴・感音難聴では、内耳疾患に加えて聴神経鞘腫を鑑別に挙げ、造影MRIで内耳道内の造影される腫瘤を確認します。聴神経鞘腫は多くが前庭神経由来で、温度眼振検査で患側の半規管機能低下を示し、蝸牛神経の圧迫によりABRでⅠ-Ⅴ波間潜時が延長する後迷路性難聴を呈します。外耳・中耳は正常なので混合性難聴にはならずティンパノグラムはA型で、角膜反射低下は腫瘍が小脳橋角部に進展し三叉神経を圧迫してから現れます。語音明瞭度の著しい低下やリクルートメント現象陰性も後迷路性の手がかりであり、両側性なら神経線維腫症2型を考えます。「腫瘍の位置と大きさから障害される神経を推定し、それを検査所見に結びつける」考え方は、小脳橋角部腫瘍に限らず神経局在診断全般の基礎になります。
解答・解説
正解はc, eです
所見の整理
・53歳男性、3か月前から続く右側だけの耳鳴(一側性耳鳴)。 ・鼓膜に異常はなく、外耳・中耳の病変は考えにくい。 ・頭部造影MRIのT1強調像(横断像。画像の左側が患者の右側)では、右内耳道の内部に造影剤で強く染まる腫瘤があり、内耳道から小脳橋角部の入口に達している。腫瘤は小さく、脳幹を圧迫する所見は明らかでない。
診断へのプロセス
一側性の耳鳴や難聴で、鼓膜が正常な場合は、内耳または内耳より中枢(後迷路)の障害を考える。中高年の一側性の感音系の症状では、突発性難聴やMénière病などの内耳疾患に加え、後迷路性の病変、特に聴神経腫瘍を必ず鑑別する必要がある。本例では造影MRIで右内耳道内に造影される腫瘤を認めることから、右聴神経鞘腫(前庭神経鞘腫)と診断できる。
設問の考え方
聴神経鞘腫は内耳道内の第Ⅷ脳神経(内耳神経)に生じるSchwann細胞由来の良性腫瘍で、多くは前庭神経(上または下前庭神経)から発生する。内耳道という狭い骨の管の中で、前庭神経・蝸牛神経・顔面神経が並んで走っているため、腫瘍が大きくなると隣接する神経が圧迫される。 ・蝸牛神経の障害:後迷路性の感音難聴、耳鳴。聴性脳幹反応(ABR)ではⅠ波(蝸牛神経の末梢部に由来)より中枢側の伝導が遅れるため、Ⅰ-Ⅴ波間潜時が延長する。 ・前庭神経の障害:患側の前庭機能が低下し、温度眼振検査(カロリックテスト)で半規管機能低下(canal paresis)を示す。腫瘍の発育は緩やかで中枢による代償が働くため、めまいの訴えは目立たないことが多い。 ・腫瘍が大きくなり小脳橋角部へ進展すると、三叉神経(顔面のしびれ、角膜反射低下)、顔面神経、小脳・脳幹の症状が出現する。 本例は腫瘍が主に内耳道内にとどまる比較的小さなものであり、予想される所見は前庭神経と蝸牛神経の障害による所見、すなわち半規管機能低下とABRのⅠ-Ⅴ波間潜時延長である。
選択肢考察
- ×a. 混合性難聴
混合性難聴は、伝音難聴(外耳・中耳の障害)と感音難聴(内耳・後迷路の障害)が合併したものである。聴神経鞘腫は蝸牛神経を障害するため感音難聴(後迷路性難聴)をきたすが、外耳・中耳には異常がなく伝音難聴は生じない。本例も鼓膜は正常であり、純音聴力検査では気導と骨導の閾値に差のない感音難聴を示すと予想される。
- ×b. 角膜反射消失
角膜反射は、角膜への刺激が三叉神経(第1枝)を求心路として伝わり、顔面神経を遠心路として眼輪筋が収縮し瞬目が起こる反射である。聴神経鞘腫が大きくなり小脳橋角部で三叉神経を圧迫すると角膜反射が低下し、比較的早期の徴候として知られる。しかし本例の腫瘍は主に内耳道内にとどまる小さなもので、三叉神経や脳幹への圧迫は明らかでなく、顔面の感覚障害や顔面神経麻痺の記載もない。したがって現時点で角膜反射が消失しているとは考えにくい。
- ○c. 半規管機能低下
聴神経鞘腫の多くは前庭神経から発生するため、患側の前庭機能が障害される。温度眼振検査(外耳道に冷水・温水を注入して外側半規管を刺激し、誘発される眼振を観察する検査)で患側の反応が低下する半規管機能低下(canal paresis)がみられることが多い。腫瘍の増大が緩やかで中枢での代償が進むため、めまいを初発症状とすることは少ないが、検査をすれば前庭機能の低下が見つかることが多い。
- ×d. ティンパノグラムB型
ティンパノグラムは外耳道の圧を変えながら鼓膜の動きやすさ(コンプライアンス)を測定する検査で、中耳の状態を反映する。B型はピークがない平坦な型で、滲出性中耳炎などで中耳腔に液体が貯留し鼓膜が動かない状態を示す。聴神経鞘腫は中耳に影響を与えず、本例も鼓膜は正常であるため、ティンパノグラムは正常のA型を示すと予想される。
- ○e. 聴性脳幹反応〈ABR〉Ⅰ-Ⅴ波間の潜時延長
ABRは音刺激後10ミリ秒以内に聴覚路から記録される電位で、Ⅰ波は蝸牛神経の末梢部(内耳に近い部分)、Ⅲ波は上オリーブ核付近、Ⅴ波は外側毛帯から下丘付近に由来するとされる。聴神経鞘腫では蝸牛神経が内耳道内で圧迫されるため、Ⅰ波は保たれてもそれ以降の波が遅れ、Ⅰ-Ⅴ波間潜時が延長する(Ⅱ波以降が消失することもある)。これは後迷路性の障害を示す所見であり、聴神経鞘腫のスクリーニングに有用である。
聴神経鞘腫(前庭神経鞘腫)
・第Ⅷ脳神経のSchwann細胞から発生する良性腫瘍で、小脳橋角部腫瘍の中で最も多い。大部分は前庭神経(上前庭神経または下前庭神経)から発生する。 ・中年に多く、通常は一側性である。両側性の場合は神経線維腫症2型(NF2)を考える。 ・症状:一側性の感音難聴と耳鳴が初発症状として多い。突発性難聴のような急な難聴で発症することもあるため、一側性の感音難聴では聴神経腫瘍を除外する必要がある。めまいは初発症状としては少なく、ふらつき程度のことが多い。 ・進展すると、三叉神経障害(顔面の感覚低下、角膜反射低下)、顔面神経障害、小脳症状(失調)、脳幹圧迫、閉塞性水頭症を生じる。顔面神経は運動線維が障害に強く、腫瘍がかなり大きくなるまで顔面神経麻痺は目立たないことが多い。
検査
・純音聴力検査:患側の感音難聴。高音域から障害されることが多い。 ・語音聴力検査:純音聴力の低下の程度に比べて語音明瞭度(言葉の聞き取り)が著しく低下するのが後迷路性難聴の特徴である。 ・内耳性(迷路性)難聴との区別:内耳性難聴ではリクルートメント現象(補充現象、小さな音は聞こえにくいが大きな音は健側と同じように、あるいはそれ以上にうるさく感じる)が陽性になるのに対し、後迷路性難聴では陰性で、一過性閾値上昇検査などで聴覚の易疲労性がみられる。 ・アブミ骨筋反射:反射の消失や、持続刺激に対する反射の減衰(decay)がみられる。 ・ABR:Ⅰ-Ⅴ波間潜時の延長、患側でのⅤ波潜時延長、Ⅱ波以降の消失など。 ・温度眼振検査:患側の半規管機能低下。前庭誘発筋電位(VEMP)で下前庭神経系の障害を評価することもある。 ・画像:造影MRI(ガドリニウム造影T1強調像)で内耳道内から小脳橋角部に、強く造影される腫瘤として描出される。小さな腫瘍の検出にはMRIが最も有用である。CTでは内耳道の拡大がみられることがある。
治療
・小さく症状が軽い腫瘍は、MRIで経過観察することが多い。 ・増大する腫瘍や大きな腫瘍では、手術(摘出)や定位放射線治療(ガンマナイフなど)を行う。聴力や顔面神経機能の温存が重要な課題である。
ABRの波形と発生源の目安
・Ⅰ波:蝸牛神経の末梢部 ・Ⅱ波:蝸牛神経の中枢部〜蝸牛神経核 ・Ⅲ波:上オリーブ核付近 ・Ⅳ波:外側毛帯付近 ・Ⅴ波:外側毛帯〜下丘付近 ・Ⅰ-Ⅲ波間潜時は蝸牛神経から下部脳幹まで、Ⅲ-Ⅴ波間潜時は脳幹内の伝導を反映する。聴神経鞘腫では主にⅠ-Ⅲ(およびⅠ-Ⅴ)が延長し、腫瘍が大きくなり脳幹を圧迫するとⅢ-Ⅴも延長する。
ティンパノグラムの型
・A型:正常。 ・As型:ピークが低い。耳硬化症など耳小骨の可動性低下。 ・Ad型:ピークが高い。耳小骨連鎖離断など。 ・B型:ピークがない平坦な型。滲出性中耳炎など中耳腔の液体貯留。 ・C型:ピークが陰圧側に移動する。耳管狭窄症など。
POINT
・一側性の感音難聴・耳鳴で鼓膜が正常なら、聴神経鞘腫を鑑別に挙げ、造影MRIで確認する。 ・聴神経鞘腫の多くは前庭神経由来であり、患側の半規管機能低下(温度眼振検査でcanal paresis)を示す。 ・蝸牛神経の障害により後迷路性の感音難聴となり、ABRでⅠ-Ⅴ波間潜時が延長する。語音明瞭度は純音聴力に比べて著しく低下する。 ・伝音系は正常なので混合性難聴にはならず、ティンパノグラムはA型である。 ・腫瘍が大きくなると三叉神経障害(角膜反射低下)や小脳・脳幹症状が加わる。
