挙児希望と網膜症―「まず何をするか」で試される2型糖尿病の治療戦略
第107回医師国家試験 D問題 第47問
国試問題にチャレンジ
32歳の女性。挙児希望のため不妊外来を受診し,その後内科外来へ紹介された。現在妊娠していない。18歳で糖尿病と診断されたがそのままにしていた。身長154 cm,体重62 kg。尿所見:蛋白(-),糖2+,ケトン体(-)。血液生化学所見:血清インスリン8.7 μU/mL(基準5~15),抗GAD抗体0.6 U/mL(基準1.5以下),尿中アルブミン排泄量8.6 mg/gCr(基準30未満)。随時血糖208 mg/dL,HbA1c(NGSP)7.8%(基準4.6~6.2)。眼底検査で網膜黄斑部に点状出血を認める。 まず行うべき治療はどれか。
- a.食事療法
- b.ビグアナイド薬の投与
- c.スルホニル尿素薬の投与
- d.インクレチン関連薬の投与
- e.超速効型インスリンの投与
対話形式の解説
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ドクターまとめ
肥満を伴い、抗GAD抗体陰性でインスリン分泌が保たれ、ケトーシスのない糖尿病は2型糖尿病と考えられ、未治療例ではまず食事療法と運動療法を行います。挙児希望のある女性には、ビグアナイド薬、スルホニル尿素薬、インクレチン関連薬など妊娠中の安全性が確立していない薬剤を新たに導入せず、薬物療法が必要ならインスリンを用います。ただし本例のように高度の代謝失調がなければ直ちにインスリンを導入する必要はなく、網膜症合併例では血糖の急激な改善が網膜症を一過性に悪化させる(early worsening)点にも注意が必要です。糖尿病女性の妊娠は、HbA1cを目標まで下げ、網膜症などの合併症を評価・治療してから計画的に行うことが原則です。患者背景を踏まえて「何を、なぜ最初に行うか」を考える姿勢は、糖尿病診療全般に通じる基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・32歳女性、挙児希望があり、現在は妊娠していない。 ・18歳で糖尿病と診断され、約14年間治療されずに経過している。 ・身長154 cm、体重62 kgからBMI(体格指数:体重kg÷身長mの2乗)を計算すると62÷(1.54×1.54)≒26.1であり、日本の基準(BMI 25以上)で肥満に当たる。 ・血清インスリンは基準範囲内で内因性インスリン分泌は保たれており、抗GAD抗体(グルタミン酸脱炭酸酵素に対する自己抗体で、1型糖尿病の膵島自己免疫の指標)は陰性である。尿ケトン体も陰性である。 ・随時血糖208 mg/dL、HbA1c 7.8%と高血糖が持続している。 ・尿中アルブミンは8.6 mg/gCrで正常範囲であり、腎症は明らかでない(腎症第1期相当)。 ・眼底に点状出血があり、糖尿病網膜症(点状出血のみであれば単純網膜症に相当)を合併している。
診断
肥満を伴い、自己抗体陰性でインスリン分泌が保たれ、ケトーシスもないことから、2型糖尿病と考えられる。合併症としては糖尿病網膜症がある。
治療方針の考え方
本問では「挙児希望」「網膜症の存在」「肥満」「インスリン分泌が保たれ高度の代謝失調がない」という4点を組み合わせて考える。 1) 挙児希望:妊娠成立前後の器官形成期(受精後およそ妊娠4〜10週頃)に高血糖があると、先天奇形や流産のリスクが上がる。そのため妊娠は血糖を十分に整えてから計画的に行う(計画妊娠)。一方、経口血糖降下薬は妊娠中の安全性が確立していない、あるいは添付文書上妊婦に禁忌とされているため、妊娠を希望する女性に新たに導入するのは避ける。薬物療法が必要になった場合はインスリンが原則である。 2) 網膜症の存在:長期間高血糖が続いた患者で血糖を急激に下げると、網膜症が一時的に悪化することがある(early worsening)。また妊娠そのものも網膜症を進行させうる。したがって、血糖は緩やかに改善させる必要があり、並行して眼科での評価と、必要なら妊娠前の光凝固治療を行う。 3) 肥満:肥満はインスリン抵抗性の原因であり、食事療法(適正なエネルギー摂取)と運動療法で体重を減らすことにより血糖改善が期待できる。 4) 高度の代謝失調がない:ケトン体陰性で随時血糖も200 mg/dL台にとどまっており、直ちにインスリンを要するような状態(ケトーシス、著しい高血糖など)ではない。 以上から、未治療の2型糖尿病に対する基本であり、妊娠を希望する女性にも安全で、血糖を急激には下げない食事療法(運動療法を併用)を「まず」開始するのが適切である。食事・運動療法で目標に達しない場合には、経口薬ではなくインスリン療法を追加する。
選択肢考察
- ○a. 食事療法
2型糖尿病の治療はどの患者でも食事療法と運動療法が土台であり、未治療例でまず始めるべきものである。本例はBMI約26の肥満があり、適正なエネルギー摂取による減量でインスリン抵抗性が改善し、血糖が下がることが期待できる。胎児への薬剤の影響がなく挙児希望と両立する点、血糖を穏やかに改善させるため網膜症の急激な悪化(early worsening)を起こしにくい点でも、最初に行う治療として最も適している。
- ×b. ビグアナイド薬の投与
ビグアナイド薬(メトホルミン)は肝臓での糖新生を抑え、インスリン抵抗性を改善する薬で、体重が増えにくく低血糖も起こしにくいため、肥満2型糖尿病では有力な選択肢である。しかし日本の添付文書では妊婦または妊娠している可能性のある女性には禁忌とされ、妊娠を計画している女性に新たに導入する薬ではない。本例ではまず食事療法を行い、薬物療法が必要になればインスリンを用いる。
- ×c. スルホニル尿素薬の投与
スルホニル尿素(SU)薬は膵β細胞に作用してインスリン分泌を促進する薬である。妊娠中の安全性が確立されておらず、胎盤を通過して新生児低血糖を起こす懸念もあるため、挙児希望の女性には用いない。さらに体重増加や低血糖を起こしやすく、肥満例の最初の治療としても適さない。血糖を比較的強力に下げるため、網膜症のある患者で急激に血糖を改善させるおそれもある。
- ×d. インクレチン関連薬の投与
インクレチン関連薬(DPP-4阻害薬、GLP-1受容体作動薬)は、血糖値に応じてインスリン分泌を促しグルカゴン分泌を抑えるため、単独では低血糖を起こしにくい。DPP-4阻害薬は体重に中立的であり、GLP-1受容体作動薬は体重減少効果もある。しかし妊娠中の安全性は確立しておらず、妊婦や妊娠を計画している女性には使用を避け、インスリンに切り替えるのが原則である。したがって本例で最初に行う治療ではない。
- ×e. 超速効型インスリンの投与
インスリンは胎盤をほとんど通過せず、妊娠中や妊娠を計画している女性に用いる血糖降下薬の基本である。しかし本例は内因性インスリン分泌が保たれ、ケトーシスや著しい高血糖(空腹時250 mg/dL以上、随時350 mg/dL以上など)もないため、直ちにインスリンを導入する必要はない。食事療法を行わずにインスリンを始めると体重増加を招きやすく、血糖が急に下がって網膜症が悪化するおそれもある。食事・運動療法で血糖目標に届かない場合に、次の段階としてインスリン療法を検討する。
糖尿病と妊娠
・妊娠前から糖尿病がある女性が妊娠すると、器官形成期の高血糖による先天奇形や流産、妊娠中の巨大児、羊水過多、妊娠高血圧症候群、新生児低血糖などのリスクが高まる。 ・このため、血糖コントロールが整うまで避妊し、目標に達してから妊娠する計画妊娠が重要である。妊娠前の目標としてはHbA1c 7.0%未満(可能であれば6.5%未満)が目安とされる。 ・妊娠前に網膜症・腎症を評価しておく。増殖網膜症や増殖前網膜症があれば、妊娠前に光凝固治療などで安定させておく。
妊娠中・妊娠希望時の薬物療法
・経口血糖降下薬やGLP-1受容体作動薬は妊娠中の安全性が確立していないため用いず、インスリン療法を行うのが原則である。 ・経口薬で治療中の女性が妊娠を希望した場合は、妊娠前にインスリンへ切り替える。 ・インスリンでは、超速効型(リスプロ、アスパルト)や中間型、持効型の一部(デテミルなど)の使用経験が蓄積されている。持効型インスリン グラルギンは、かつては妊娠中の使用を控えるよう指導されていたが、その後の知見の蓄積により、現在は妊娠中も使用されることが多い。
急激な血糖改善と網膜症
・長期間高血糖が続いた患者(特に網膜症をすでに合併する例)で血糖を急速に改善させると、網膜症が一過性に悪化することがある(early worsening)。 ・網膜症のある患者では、眼科と連携して網膜症の状態を確認しながら、血糖を段階的に改善させる。
糖尿病網膜症の病期(改変Davis分類)
・単純網膜症:毛細血管瘤、点状・斑状出血、硬性白斑など。 ・増殖前網膜症:軟性白斑、静脈の数珠状拡張、網膜内細小血管異常など。網膜の虚血を示す。 ・増殖網膜症:新生血管、硝子体出血、牽引性網膜剝離など。
1型と2型の鑑別の目安
・1型:抗GAD抗体などの膵島関連自己抗体が陽性、インスリン分泌が低下または枯渇し、ケトーシスを起こしやすい。 ・2型:自己抗体陰性、肥満やインスリン抵抗性を伴うことが多く、インスリン分泌はある程度保たれる。
POINT
・未治療の2型糖尿病では、まず食事療法と運動療法を行う。 ・妊娠を希望する女性や妊婦には経口血糖降下薬やGLP-1受容体作動薬を用いず、薬物療法が必要な場合はインスリンを用いる。 ・網膜症を合併する例で血糖を急激に下げると、網膜症が一過性に悪化することがある。 ・BMI=体重(kg)÷身長(m)の2乗。日本では25以上を肥満とする。 ・糖尿病女性の妊娠は、血糖コントロールと合併症の評価を済ませてから計画的に行う。
