「留め具」が外れた赤血球―GPIアンカー欠損から読み解く発作性夜間ヘモグロビン尿症
第107回医師国家試験 D問題 第17問
国試問題にチャレンジ
発作性夜間ヘモグロビン尿症について正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.Ham試験は陰性である。
- b.直接Coombs試験は陽性である。
- c.GPIアンカーの異常がみられる。
- d.血清ハプトグロビン値が低下する。
- e.遠心分離後の尿の上清は黄色透明である。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
発作性夜間ヘモグロビン尿症は、造血幹細胞のPIG-A遺伝子の後天的変異によりGPIアンカーが合成できず、補体制御因子CD55・CD59を欠いた血球が補体による血管内溶血を受ける疾患です。血管内溶血を反映して血清ハプトグロビンは低下し、ヘモグロビン尿のため遠心後も尿上清は着色したままとなる点で、上清が透明になる血尿と区別できます。自己抗体による溶血ではないため直接Coombs試験は陰性で、補体感受性を見るHam試験や砂糖水試験は陽性、確定診断はフローサイトメトリーによるCD55・CD59欠損血球の検出です。三大徴候は溶血・血栓症・骨髄不全で、治療の柱である抗C5抗体では髄膜炎菌ワクチン接種が必須となります。「GPIアンカー欠損→補体感受性亢進→血管内溶血」という一本の筋から所見を導く考え方は、溶血性貧血全般の鑑別に応用できます。
解答・解説
正解はc, dです
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH: paroxysmal nocturnal hemoglobinuria)は、造血幹細胞に後天的に生じた遺伝子変異を原因とする、補体介在性の血管内溶血を特徴とする疾患である。
病態の要点
X染色体上にあるPIG-A遺伝子は、GPI(グリコシルホスファチジルイノシトール)アンカーの合成に必要な酵素をコードしている。GPIアンカーは、さまざまな蛋白質を細胞膜の外側につなぎとめる「留め具」の役割をもつ糖脂質である。造血幹細胞でPIG-A遺伝子に体細胞変異が起こり、その変異クローンが骨髄内で拡大すると、そこから生まれる赤血球・白血球・血小板はGPIアンカー型蛋白を膜上に発現できなくなる。 GPIアンカー型蛋白には、補体による細胞傷害から自己の細胞を守る補体制御因子であるCD55(DAF: 崩壊促進因子)とCD59(MIRL/HRF: 膜侵襲複合体の形成を抑える因子)が含まれる。これらを欠いた赤血球は補体の攻撃に無防備となり、補体が活性化されるたびに血管内で壊される。
臨床像と検査所見の考え方
血管内で赤血球が壊れると、遊離したヘモグロビンがハプトグロビンと結合して消費され(血清ハプトグロビン低下)、処理能力を超えたヘモグロビンは腎から尿中へ排泄される(ヘモグロビン尿)。睡眠中の相対的なアシドーシスで補体が活性化しやすいことなどから、早朝尿が赤〜黒褐色となるのが名称の由来である(実際には常に溶血している例も多い)。 本症は自己抗体による溶血ではないため、直接Coombs試験は陰性である。一方、補体に対する感受性の亢進を調べるHam試験(酸性化血清試験)や砂糖水試験は陽性となる。現在の確定診断は、フローサイトメトリーで赤血球・顆粒球のCD55・CD59欠損細胞(PNH型血球)を検出することで行われる。 本問は、この病態(GPIアンカー欠損→補体感受性亢進→血管内溶血)から各検査所見を論理的に導けるかを問うている。
選択肢考察
- ×a. Ham試験は陰性である。
Ham試験(酸性化血清試験)は、患者赤血球を弱酸性にした血清中に置き、第二経路(副経路)で補体を活性化させて溶血が起こるかを調べる検査である。PNH赤血球は補体制御因子を欠くため溶血し、Ham試験は陽性となる。同様に、低イオン強度の条件で補体を活性化させる砂糖水試験も陽性となる。なお、現在ではこれらに代わり、フローサイトメトリーによるCD55・CD59欠損血球の検出が診断の標準である。
- ×b. 直接Coombs試験は陽性である。
直接Coombs試験は、赤血球の表面にすでに結合している免疫グロブリン(IgG)や補体成分(C3)を検出する検査であり、自己免疫性溶血性貧血(AIHA)などで陽性となる。PNHの溶血は、自己抗体によるものではなく、赤血球自体が補体制御因子を欠くことによって起こるため、直接Coombs試験は陰性である。この点はAIHAとの重要な鑑別点である。
- ○c. GPIアンカーの異常がみられる。
PNHの本態は、造血幹細胞におけるPIG-A遺伝子の後天的変異によるGPIアンカーの合成障害である。その結果、GPIアンカーで膜に結合するはずのCD55(DAF)やCD59などの補体制御蛋白が血球表面から失われ、補体による血管内溶血が生じる。フローサイトメトリーでこれらGPIアンカー型蛋白を欠く血球を証明することが確定診断につながる。
- ○d. 血清ハプトグロビン値が低下する。
ハプトグロビンは、血中に遊離したヘモグロビンと結合して複合体を作り、肝臓で処理されるように運ぶ血漿蛋白である。溶血で大量のヘモグロビンが放出されるとハプトグロビンが消費され、血清値が低下する。特にPNHのような血管内溶血では著明に低下する(血管外溶血でも低下しうる)。LDH上昇、間接ビリルビン上昇、網赤血球増加とともに溶血を示す代表的な所見である。
- ×e. 遠心分離後の尿の上清は黄色透明である。
PNHでは血管内溶血によるヘモグロビン尿がみられる。ヘモグロビンは尿中に溶けているため、遠心分離しても沈殿せず、上清が赤色〜赤褐色〜黒褐色(コーラ色)に着色したままとなる。これに対し、血尿(赤血球が尿中に出ている状態)では赤血球が沈渣として沈むため、遠心後の上清は黄色透明に戻る。この違いがヘモグロビン尿と血尿の簡便な鑑別法となる。なおPNHでは、尿細管上皮細胞に取り込まれたヘモグロビン由来の鉄が沈渣中にヘモジデリンとして排泄される(ヘモジデリン尿)こともあり、慢性的な血管内溶血の指標となる。
血管内溶血と血管外溶血
溶血の場によって、所見に違いが生じる。 ・共通してみられる所見: 貧血、網赤血球増加、LDH上昇、間接ビリルビン上昇(黄疸)、血清ハプトグロビン低下、尿中ウロビリノゲン増加 ・血管内溶血に特徴的: ヘモグロビン血症、ヘモグロビン尿、ヘモジデリン尿 ・血管外溶血に特徴的: 脾腫(主に脾臓のマクロファージで赤血球が処理されるため)、胆石(ビリルビン結石) 代表的な血管内溶血: PNH、発作性寒冷ヘモグロビン尿症、寒冷凝集素症(冷式AIHA)、G6PD欠損症の溶血発作、赤血球破砕症候群(血栓性微小血管症、人工弁など)、不適合輸血 代表的な血管外溶血: 遺伝性球状赤血球症、温式AIHA、サラセミア、ピルビン酸キナーゼ欠損症
PNHの三大徴候
1. 補体介在性の血管内溶血(ヘモグロビン尿、溶血性貧血) 2. 血栓症: 特に肝静脈(Budd-Chiari症候群)、門脈・腸間膜静脈、脳静脈など通常まれな部位の静脈血栓が特徴で、主要な死因の一つである。 3. 骨髄不全: 再生不良性貧血と密接に関連し、再生不良性貧血の経過中にPNH型血球が出現したり、PNHから再生不良性貧血に移行したりする(AA-PNH症候群)。まれに骨髄異形成症候群や急性白血病へ移行する。
PNHの検査所見
・溶血所見(LDH著増、ハプトグロビン低下、網赤血球増加など) ・直接Coombs試験陰性 ・Ham試験、砂糖水試験陽性 ・フローサイトメトリーによるCD55・CD59欠損血球の検出(確定診断) ・好中球アルカリホスファターゼ(NAP)スコア低値(NAPもGPIアンカー型蛋白であるため) ・慢性的な尿中への鉄喪失による鉄欠乏を合併しうる
治療
補体C5に対するモノクローナル抗体(エクリズマブ、ラブリズマブ)が溶血と血栓症を強力に抑える。補体活性化を阻害する薬であるため、髄膜炎菌感染症のリスクが高まり、投与前に髄膜炎菌ワクチンの接種が必要である。近年はC3阻害薬(ペグセタコプラン)や補体第二経路の阻害薬(イプタコパンなど)も用いられる。根治療法は同種造血幹細胞移植である。溶血発作時の対症療法、輸血、血栓症の予防・治療、鉄欠乏への鉄補充なども行われる。
POINT
・PNHは造血幹細胞のPIG-A遺伝子の後天的変異によるGPIアンカー欠損が本態である。 ・補体制御因子CD55(DAF)・CD59が欠損し、補体による血管内溶血が起こる。 ・Ham試験・砂糖水試験は陽性、直接Coombs試験は陰性である。 ・確定診断はフローサイトメトリーでのCD55・CD59欠損血球の検出である。 ・血管内溶血によりハプトグロビン低下、ヘモグロビン尿、ヘモジデリン尿を認める。 ・ヘモグロビン尿は遠心後も上清が着色したまま、血尿は上清が透明になる。 ・三大徴候は溶血、血栓症(Budd-Chiari症候群など)、骨髄不全である。 ・治療は抗C5抗体(エクリズマブ等、髄膜炎菌ワクチン必須)、根治は造血幹細胞移植である。
