古い薬こそ妊婦の味方―妊娠高血圧症候群で選ぶ降圧薬と「使ってはいけない」薬
第107回医師国家試験 D問題 第13問
国試問題にチャレンジ
妊娠高血圧症候群に対して降圧薬として使用されるのはどれか。2つ選べ。
- a.硝酸薬
- b.α-メチルドパ
- c.塩酸ヒドララジン
- d.サイアザイド系利尿薬
- e.アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬
対話形式の解説
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ドクターまとめ
妊娠高血圧症候群の降圧治療では、母体の血圧だけでなく胎児への安全性と胎盤血流の維持が最優先となるため、妊婦での使用実績が長いα-メチルドパ(中枢性交感神経抑制薬)とヒドララジン(血管拡張薬)が古典的な選択肢です。現在はラベタロールとニフェジピンも経口薬として使え、緊急時にはニカルジピンやヒドララジンの静注が用いられます。ARBやACE阻害薬は胎児腎障害や羊水過少などの胎児毒性から妊婦に禁忌であり、利尿薬は循環血漿量と胎盤血流を減らすため原則として用いません。降圧は母体合併症を防ぐ対症療法で、過度な降圧は胎児を危険にさらすこと、根本治療は妊娠の終結であることも押さえておきましょう。「一般の高血圧とは薬の選び方が違う」という視点は、妊娠可能年齢の女性を診るすべての医師に欠かせない知識です。
解答・解説
正解はb, cです
妊娠高血圧症候群(HDP:hypertensive disorders of pregnancy)は、妊娠中に高血圧(収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上)を認める病態の総称である。現在の日本の分類では、妊娠高血圧腎症、妊娠高血圧、加重型妊娠高血圧腎症、高血圧合併妊娠の4病型に分けられる。 妊婦に降圧薬を使う際は、母体の血圧を下げる効果に加えて、胎児への安全性(催奇形性、胎児腎への影響、胎盤血流の維持)が最優先で問われる。そのため、妊婦への長い使用実績があり、児の長期予後にも悪影響がないことが確認されている薬が選ばれる。 本問の選択肢では、中枢性交感神経抑制薬のα-メチルドパと、血管拡張薬のヒドララジンがこれに当たる。いずれも一般の高血圧診療ではほとんど使われなくなった古い薬だが、妊婦に対しては古くから標準的に用いられてきた。一方、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)やACE阻害薬は胎児毒性があるため妊婦に禁忌であり、利尿薬は循環血漿量を減らして胎盤血流を低下させるおそれがあるため原則として用いない。 なお現在の日本のガイドラインでは、α-メチルドパ、ヒドララジンに加え、ラベタロール(αβ遮断薬)とニフェジピン(Ca拮抗薬)も妊娠中の経口降圧薬として位置づけられている。
選択肢考察
- ×a. 硝酸薬
硝酸薬(ニトログリセリンなど)は体内で一酸化窒素(NO)を放出し、血管平滑筋のcGMPを増やして血管を拡張させる。主に静脈を拡張して前負荷を下げる薬で、狭心症や急性心不全の治療に用いられる。妊婦でも、重症高血圧の緊急時(肺水腫を伴う場合や全身麻酔時の急激な血圧上昇など)に点滴静注で使われることはあるが、妊娠高血圧症候群の血圧管理に用いる標準的な降圧薬ではない。
- ○b. α-メチルドパ
脳内でα-メチルノルアドレナリンに変換され、延髄の血管運動中枢のα2受容体を刺激して交感神経の活動を抑え、血圧を下げる中枢性交感神経抑制薬である。妊婦への長期の使用実績があり、出生後の児の発達を追跡した研究でも悪影響が認められていないことから、妊娠中の経口降圧薬として古くから第一選択の一つとされてきた。副作用として眠気、口渇、肝障害、Coombs試験陽性・溶血性貧血などがある。
- ○c. 塩酸ヒドララジン
細動脈の平滑筋に直接作用して血管を拡張させる降圧薬である(詳細な作用機序は十分に解明されていない)。妊婦への使用経験が長く、経口薬に加えて注射薬もあるため、妊娠高血圧症候群の重症高血圧に対する緊急降圧にも用いられる。副作用として、反射性頻脈・動悸、頭痛、狭心痛、長期使用による薬剤性ループス(ループス様症状)などに注意が必要である。
- ×d. サイアザイド系利尿薬
妊娠高血圧症候群、特に妊娠高血圧腎症では、すでに循環血漿量が減少し血液が濃縮していることが多い。利尿薬はこれをさらに悪化させ、子宮・胎盤血流量を減らして胎児発育不全などを助長するおそれがある。また新生児の高ビリルビン血症や血小板減少、電解質異常などとの関連も指摘されている。このため妊娠高血圧症候群の降圧目的では原則として用いない(肺水腫や心不全を合併した場合にはループ利尿薬を使うことがある)。
- ×e. アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬
ARBやACE阻害薬などレニン-アンジオテンシン系阻害薬は妊婦に禁忌である(禁忌肢)。特に妊娠中期以降の使用で、胎児の腎血流が低下して尿量が減り、羊水過少となる。その結果、胎児・新生児死亡、新生児の低血圧・腎不全、頭蓋骨の形成不全、羊水過少に伴う四肢の拘縮・顔面の変形・肺低形成などが報告されている。服用中の女性が妊娠を希望する、あるいは妊娠が判明した場合には速やかに他剤へ変更する。
妊娠高血圧症候群の病型(日本産科婦人科学会)
・妊娠高血圧腎症:妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、蛋白尿、または蛋白尿がなくても肝・腎機能障害、神経障害、血液凝固障害、子宮胎盤機能不全などを伴うもの。分娩後12週までに正常に復する。 ・妊娠高血圧:妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、上記の臓器障害を伴わないもの。 ・加重型妊娠高血圧腎症:高血圧や腎疾患が妊娠前または妊娠20週までにあり、妊娠20週以降に妊娠高血圧腎症の所見が加わるもの。 ・高血圧合併妊娠:妊娠前または妊娠20週までに高血圧が存在し、加重型妊娠高血圧腎症を発症していないもの。 重症は収縮期160mmHg以上または拡張期110mmHg以上。
妊娠中に使われる主な降圧薬
経口:α-メチルドパ、ヒドララジン、ラベタロール、ニフェジピン徐放錠 注射(重症高血圧の緊急降圧):ニカルジピン、ヒドララジン、(状況により)ニトログリセリン ラベタロールとニフェジピンは海外で広く使われており、日本でもかつては妊婦禁忌とされていたが、安全性・有効性のデータが蓄積され、添付文書の改訂を経て正式に使えるようになった。
妊婦に避ける降圧薬
ACE阻害薬、ARB、直接的レニン阻害薬(胎児毒性のため禁忌)、利尿薬(胎盤血流低下のおそれ)。
降圧治療の位置づけ
降圧は脳出血や子癇などの母体合併症を予防するための対症療法であり、病態そのものを治す根本治療は妊娠の終結(胎児・胎盤の娩出)である。急激・過度な降圧は胎盤血流を減らし胎児機能不全を招くため、降圧目標は正常血圧まで下げることではなく、重症域を避ける程度とされる。子癇の予防・治療には硫酸マグネシウムを用いる。
POINT
・妊娠中の降圧薬:α-メチルドパ、ヒドララジン(古典的2剤)に加え、ラベタロール、ニフェジピン。緊急時の静注はニカルジピン、ヒドララジン。 ・ACE阻害薬・ARBは胎児毒性(羊水過少、胎児腎障害、頭蓋形成不全など)のため妊婦に禁忌である。 ・利尿薬は循環血漿量と胎盤血流を減らすため、原則として用いない。 ・根本治療は妊娠の終結であり、降圧は母体合併症予防のための対症療法である。
